読書

ボクの読書記録です。ただし早期リタイア以降。

新書「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を読了

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集英社新書の「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」三宅香帆著を読みました。

タイトルだけで気になったので買ってきて読んだのですが、
気になったのは「なぜ」の答えが知りたかったのではなくて
えっ、働いていると本が読めないの? と疑問に思ったからです。

そりゃぁ確かに寝る暇もないほどの長時間労働なら読書もままならないのは分かりますが、
それだけのことで一冊の本になるほどの話ではありませんし、
そもそもボクは働いている時でもまぁまぁ本を読んでいましたから
どうして働いていると本が読めなくなるということになるのか不思議に感じたんですよね。

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新書「味なニッポン戦後史」を読了

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料理研究家のリュウジが発端となって味の素(うま味調味料)論争が再燃しているらしいですが、
本書の帯にも「『味の素はヤバい』ってどうして信じたの?」なんて書いてあるので
その味の素論争に関する本かなと思い、手に取ってみました。

ただ、本書の「はじめに」では冒頭から次のように書かれています。
                                   (以下引用)
 昭和生まれの私には、もはやついていけない味なのだろうか。初めて魚介豚骨系のラー
メンを食べたとき、そう思った。
(中略)   分厚い脂の膜でコーティングされたうま味の濃縮液は、舌や喉に貼りつくよ
うだった。鶏ガラスープのあっさりした、昭和の醤油ラーメンに慣れ親しんできた私にと
って、そのおいしさは過剰に感じられた。
 こってりしたラーメンといえば、一九六八年(昭和四三)創業の「ラーメン二郎」(創業
当時は「ラーメン次郎」)や、一九八〇年代にブレイクした「背脂チャッチャ系」が浮かぶ。
この手のラーメンは、そこからさらに自分の舌では味わいがたい領域へと突入したのかも
しれない。                             (引用終わり)

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新書「甲子園球場100年史」を読了

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KAWADE夢新書の「甲子園球場100年史」工藤隆一著を読みました。

シーズン中は阪神タイガースに関する本は読まないでおこうと決めていたのですが、
まぁこれは阪神タイガースの本拠地であることは事実ですけど
いちおう阪神タイガースに関する本ではなくあくまでも甲子園球場についての本ですし、

その甲子園球場が今年(の8月1日)で100年目を迎えるということなので
タイムリーに読まないわけにはいきませんよね。

で、まぁ本書の「はじめに」ではいきなり昨シーズンのタイガースの日本一の話から始まるのですが
かといって本書は阪神タイガース一辺倒の流れで書かれているわけではなく
むしろ甲子園と言えば高校野球という方に主軸が置かれているように感じます。

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新書「組織不正はいつも正しい」を読了

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光文社新書の「組織不正はいつも正しい ソーシャル・アバランチを防ぐには」中原翔著を読みました。

“不正”が“正しい”とはどういうこと? というのも引っ掛かったところですが、
それ以上に帯に「三菱自動車・スズキの燃費不正」などと書かれていることから
どういう指摘をしているのか興味があり、買って読んでみました。

もちろん、本書は三菱自動車・スズキの燃費不正だけを取り上げているのではなく
帯に書いてあるように「東芝の不正会計、製薬会社の品質不正、軍事転用不正」の事例を紹介し、
(軍事転用不正は警視庁公安部による冤罪事件なので、会社企業だけでなく“組織”不正)
それらの事例を題材としてどうしてこのような組織不正が起こるのか、
起きないようにするにはどうすべきなのかなどについて論じています。

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新書「クルマの未来で日本はどう戦うのか?」を読了

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星海社新書の「クルマの未来で日本はどう戦うのか?」島下泰久著を読みました。

著者の島下氏は「間違いだらけのクルマ選び」を徳大寺有恒氏から引き継ぐ形で毎年著している
モータージャーナリストです。

ボクはその「間違いだらけのクルマ選び」を毎年購読していた時もありましたが、
だんだんと飽きてきて、2015年版の徳大寺氏・島下氏の共著のを最後に買っていません。
徳大寺氏は2014年に死去されてますから、2016年版からは島下氏単独での執筆となってます。

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BLUE BACKS「生命と非生命のあいだ」を読了

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講談社 BLUE BACKS の「生命と非生命のあいだ 地球で『奇跡』は起きたのか」小林憲正著を読みました。

なんか数年前にも同じようなタイトルの新書を読んだ気がしますが……
あぁそれは「生物と無生物のあいだ」、福岡伸一著でしたね。
そちらは生命とは何か?という問いに対して考察しているような内容でしたけど、

本書はサブタイトルから類推できるように生命の起源について、
特に地球で生命が誕生したならばその奇跡が起きたのか? などを考察した内容となっています。

その意味では、先日読んだ「宇宙になぜ、生命があるのか」戸谷友則著とも繋がる内容ですし
(実際に本書でも戸谷氏の論文内容を引き合いに出しています)、
地球外生命」と対比する内容とも言えます。

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新書「動的平衡ダイアローグ」を読了

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小学館新書「新版 動的平衡ダイアローグ 9人の先駆者と織りなす『知の対話集』」福岡伸一著を読みました。

福岡伸一氏の本は「動的平衡」、「動的平衡2」、「動的平衡3」他何冊も読んできましたので、
その続編というか最新版というか「動的平衡4」とでも言えるような内容かと思いましたが、違いました。

というか、「ダイアローグ」って書いてあるのに恥ずかしながらその意味がピンと来ていませんでした。
パソコンのダイアログボックス(画面)なら分かりますけど、ナニソレと思ってしまいましたが、
dialogue=対話という意味で、それ故にダイアログボックスと言われるようになったんですね。
モノローグがひとりで喋るので、それに対してダイアローグで対話ってわけですな。
今さらひとりで勝手に合点してました(恥)

つまり、本書は福岡氏と他の9人の方とそれぞれ対話をしたのを本にしたというものなわけです。

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新書「ダーウィンの呪い」を読了

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講談社現代新書の「ダーウィンの呪い」千葉聡著を読みました。

著者は進化生物学・生態学を専門とする研究者・東北大学教授とのことなので、
ダーウィンが非業な死を遂げて誰かに呪いをかけたとか、
あるいは逆にダーウィンが呪いをかけられていたとか、
もちろん本書はそんなオカルトめいた小説物語ではありません。

かといって、生物の進化や生態について専門家としての最新科学を紹介している本というわけでもなく、
ましてやダーウィンの進化論が間違っているとか呪われているとかという話でもありません。
まぁ、比喩的に呪われてしまっているとも言えるところはなきにしもあらずですが。

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BLUE BACKS「疲労とはなにか」を読了

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講談社BLUE BACKS 「疲労とはなにか すべてはウイルスが知っていた」近藤一博著を読みました。

もう早期リタイアしてからは疲れて帰ってくるとか疲れが取れないなんてことはないし、
運動するにしてもヘトヘトになるほど追い込むこともないので、疲労とは無縁なんですが、
MPS(筋筋膜性疼痛症)となっていた頃にはちょっとした筋肉疲労が元となって
歩けないほどの疼痛が続くことにもなっていたので、「疲労」には関心があります。

なんですが、何故かサブタイトルに「ウイルス」なんて出てくるので、どうして?となって、
逆にそっちの方がよけいに気になって買って読んでみることにしました。

なお、著者は疲労・うつ病・新型コロナ後遺症などの研究している方ですが
一方で医科大学のウイルス学の教授でもあるとのことです。
なので、本書では一見繋がりがなさそうな、それらが実は大いに関係があるという驚きの内容です。

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新書「現実とは?」を読了

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ハヤカワ新書の「現実とは? 脳と意識とテクノロジーの未来」藤井直敬著を読みました。

著者の藤井氏は本書の略歴には「株式会社ハコスコ代表取締役社長。医学博士・脳科学者。
などと書かれていますが、本書の「はじめに」では次のような経緯も書かれています。

(以下引用)                              眼科医として
働いていたときもものを見るということは結局は神経の問題に帰着するという問題意識はあ
って、そこから始まって最終的には脳にすべての認知機能が帰着するのだろうと考えるよう
になった。(中略)
 しかし、その後のマサチューセッツ工科大学(MIT)でのポスドクから理化学研究所
(理研)での研究員を経て、社会性というものに目覚め、特に自分自身が苦手な社会的な適
応行動というものを理解することへと興味の中心が移っていった。そこでは、脳の中に完結
しない社会というものがヒトの脳と一体であること、そしてそれを含めて理解しないことに
はヒトを理解できないだろうと考えていた。               (引用終わり)

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