海外旅行・出張

北海道出張から帰ったら、スウェーデンへ。2001年冬のこと。

このスバルカテゴリーの前回までの記事で、2000年11月にベルギー&スウェーデン出張し、
翌2001年1月下旬にはGM-AWD大会に参加のためアメリカ出張し、
その1週間後の2月初旬には国内ですけど北海道美深テストコースでのオペル合同試験に参加し、
さらに、2週間ほど美深テストコースで各種評価試験をし、帰還して1週間も経たないうちに、
今度はまたスウェーデン出張するという、その頃はほんとうに慌ただしい状態となっていました。

貿易会社や商社の人なら年中、世界各国を飛び回っているって人でも珍しくはないでしょうけど、
いくらグローバルに展開している自動車メーカーだとは言え、
担当(係長クラス)の一介の開発エンジニア(この時はAWDという要素開発エンジニア)であるボクが
なんでこんなにあちこち行かされなくちゃいかんのか、と少々やけになってしまうほどでしたよ。

あっ、そうそう、これらの出張はすべてボク自らが望んで手を挙げて行ったのではなく
あくまでも上司からあるいは他部署の人からの依頼で上司を通じて出張を命じられたものです。
というか、これらに限らず、ボクは現役会社員時代に自ら望んで海外出張したことは皆無です。
部下や後輩に出張イッテとお願いしたことは何度かありましたけどね。

 

もちろん、そもそも出張というものが自分が行きたいとか行きたくないで決まるものではなく
会社や上司から命じられて行くものだ、というのが大前提なわけですが、表向きはそうであっても、
中には個人の意向で出張するしないが決まるという部分もなきにしもあらずというところもありましたが。

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GM-AWD大会の前には、ベルギー&スウェーデン出張

前回記事では、2001年1月にGMがアメリカ・ミシガン州で開催した
「AWD車雪氷上乗り比べ大会」みたいなイベントに
スバルの一員として出張・参加したことを書きました。

その出張とは時間が前後しますが、その前年の2000年11月には
ゼクセル・トルセン@ベルギーとハルデックス@スウェーデンをハシゴするという出張がありました。
その出張でのトピックスはあまりないのですが、本日はさらっとそのことを書いてみましょう。

 

トルセンは言わずもがなトルク感応式のLSD(機能のあるデファレンシャル)を作っている会社ですが
元は米国のGleason Works社が事業化したのを、日本のヂーゼル機器(後のゼクセル)が買収して、
それが2000年にボッシュ傘下に入っています。
なお、ヂーゼル機器はもともとボッシュのライセンスを受けて燃料噴射を製造した会社ですね。
さらに、なお、トルセンはその後2003年に豊田工機(後のジェイテクト)が買収しています。

この記事にも書いたように、2代目ザフィーラのAWD開発の話があって
そのAWDシステムのひとつとして挙がったのがそのトルセン・センターデフを使ったものでした。
そのために、スバルとしてトルセン・センターデフのAWDを知っておくためにも
ベルギーにあるゼクセル・トルセンに出向いてプレゼンを聴いて
さらに工場見学をして、実車評価をしようということです。

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GM主催のAWD車雪氷上乗り比べ大会@ミシガン

この時の記事この記事でも少しだけ触れたのですが、2001年1月にGMがミシガン州で開催した
「AWD車雪氷上乗り比べ大会」みたいなイベントにスバル代表の一人として出張・参加しました。
スバルからは日本から4名、アメリカ駐在所から2名(うち1名はアメリカ人)で
GMの人は24人いたようでよく覚えていませんが、中にサーブから出向している人もいました。

まずはデトロイトにあるGMまで出向いて
とある建物のとある会議室でGMとスバルの人たちが初顔合わせをして
概要が説明されて、もちろん全部ネイティブ英語で、
なので英語が苦手なボクはチンプンカンプンな状態のままですが
いきなり「ハイ、スタート」って感じです。

どうやらGMのエンジニアと企画部門の人など2~3人に対して
スバルのエンジニアがそこに1人づつ加わって1チームとなって
駐車場のどこかに停めてある指定された各車を見つけて、まずは勝手にスタートするようです。
スタートしてから各車の無線で緩く連絡取りながら、途中で落ち合うってやり方です。

スバルの場合だと、全車両をあらかじめ順番に並べておいて、順番に乗車して、
そのままの隊列でスタートという感じなのですが、
GM流はかなり緩いというかいい加減というか、各々が適当にやるというやり方みたいです。
それはそれでいいんですけど、まったく土地勘もないところでほぼ言葉が通じない状態では大変でした。
まぁ、言葉が通じないのはボクの英語能力に責任があるんですけど……

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44S開発でも北米走行試験に参加した

いちおう前回からの続きということになりますが本日の記事は内容がほとんどありません。
まぁいつも大した内容はなくて単なるジジイの昔話なんですが
本日はほんとうに単なる備忘録程度のことなのであしからず。

44S(2代目スバル・インプレッサ)の操安乗り心地の開発に携わったのですが
正式な試験車ではない旧型を改造しただけの試験車までしか関与しなかったので
走りの味付け、いわゆるチューニング部分など含めて細かな部分はまだまだの段階まででした。
タイヤ開発で揉めていてそちらに精力を削がれていた面もありますが(汗)

そんな段階ですから海外走行試験をして些細な部分まで確認するのはまだ早かったのですが
商品力検討という意味合いでプロジェクトチーム・メンバーが北米走行試験をするということで
何故だか一介の操安乗り心地の実験担当者であるボクにも召集がかかったので
その北米走行試験に参加したというわけです。

本来はそういう企画部分のコンセプトワーク的なものは目標性能立案前の
もっと早い段階でやるべきだなんですけどねぇ。

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パスポートが期限切れだが、そのまま放置

今年7月20日をもってパスポートの期限が切れました。
サラリーマン時代にはいつなんどきでもすぐに海外出張に行けるように
パスポートは期限切れとならないように早めに更新(切替)しておくように会社から言われてました。
もちろん、更新費用は会社負担ということになります。

退社間近に切替えることができたら無職となってもしばらくはパスポートの期限切れにならずに
なんだか得した気分にもなったかもしれませんが
こればかりはタイミング次第ですからしかたないですね。

ところで、パスポートって期限切らしちゃって必要になってから再度新規で取得するのと
更新(切替)にするのとどっちが得になる、というかどんな差があるんでしょうか。

ということで、ちょいと調べてみました。
調べたのは昨日今日ではなく先月の某日ですけどね。

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79V発売後ですがターボ仕様車で欧州走行試験

前回記事で新車開発時の海外走行試験での意義などについて書いてしまいましたので
今回は79V(初代スバル・フォレスター)の発売後のことなので時系列的にズレてますけど
71Gでの欧州走行試験の思い出を書いておきましょう。

なお、その頃のスバルの開発符号のつけ方は数字二桁+アルファベット1文字なんですが
いちおう意味はなくランダムにつけることになってましたが
年次改良については最初の数字固定で次の数字をひとつづつ繰り上げていき
アルファベットは逆にひとつづつ繰下げていくのいう暗黙のルールがありました。
数字の0は使わないので79Vの一年目年次改良は71〇ですが
何故かアルファベットはいきなりGで71Gになってしまってるんですよね。

で、79Vは日本国内ではターボ仕様だけといういびつなグレード展開でしたが
逆に欧州ではターボ仕様なしで2.0LのNAだけというしょぼいグレード展開でのスタートで
1年目の年次改良からターボ仕様を追加販売するということになっていたのです。

別に技術的に問題があってターボ仕様が遅れたわけではなくて
欧州でのスバルは安くないと売れないから先ずはターボ仕様は要らないと
販売ディーラーに言われたからというのがその理由です。
欧州の販売ディーラーはスバル直営ではなく他のメーカーのクルマと併売なので
価格の高いスバル車は他のメーカーの価格帯と重なるので売り辛いと言われるのです。
まぁそんな状態ですから欧州でスバルが商売になるはずないんですけどね(悔)

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79V 1試車での欧州走行試験について

前回は79V(初代スバル・フォレスター)の操安乗り心地開発における
先試車でのアメリカ走行試験について書きましたので
今回はその次の1試車(1次試作車)での欧州走行試験について書くことにします。

1試車はもうフォレスターのカッコウをしている試作車になります。
まだ世に出ていないクルマですからスクープ写真を撮られると今なら大問題になるところですが、
当時はそれほど神経質になっていなかったしスマホや携帯のカメラも普及してない時代ですし
79Vそのものが大して目立つカッコウのクルマでもなかったことなどから
大胆にもほとんどスッピンのままで昼間でも欧州各地を走行していました。

ただ、当時も新型車がスクープされるとそれを理由に営業部門が現行車が売れなくなり
在庫処理ができなくなるとかなにかと難癖つけて開発部門に責任を押し付けてくるので
日本国内での一般公道での走行試験はほとんど出来ない状況になっていて
夜間にこっそりと前後をガードして走るしかないくらいでしたから、
むしろ海外走行試験の方が充実していたと言えるかも知れないですね。

今では海外走行試験でもすぐにスクープ画像が撮られて瞬時にネットで拡散してしまうので
ますますもって公道での走行試験はやりにくくなってしまってますね。
本当はこういう実路で徹底的に走り込むというのが乗り味・走り味の熟成には必要不可欠なんですが……
まぁ今のクルマはそういう乗り味・走り味に拘るというモノでもなくなってきちゃいましたけどね(哀)

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79V先試車でのアメリカ走行試験について

これまで79V(初代スバル・フォレスター)の操安乗り心地開発についてあれこれ書いてきましたが、
今回は海外走行試験について書いておきましょう。
79Vは海外にも輸出して販売するいちおうグローバル車種でしたから
当然ながら現地での走行試験もしておく必要がありました。

試験車を輸送したり比較のためのレンタカーを用意したりと手間もお金もかかりますし
現地駐在員が同行する日程などの制約もありますから
いろいろな実験部署の人が何人か寄せ集めでチームを組んで海外走行試験をすることがよくあります。

ボクは79Vではインプレッサを改造しただけの台車・先試車と呼ばれる試験車の時にアメリカに
そして1試車と呼ばれるフォレスターの形をした試験車の時にヨーロッパに走行試験に行きました。
2代目ドミンゴの69D開発で欧州走行試験を経験済みとはいえ
本格的な海外走行試験としてはほぼ初めてのことになりますから
ある程度は試行錯誤的な形になってしまっているのはいたし方ない事かなと思ってますが、どうでしょう。
確かその後1試車か次の3試車(2試車はなかった)の頃にもう一度アメリカ・カナダの
海外走行試験をしましたが、その時はボクは行かずに一緒にやっていた後輩に行ってもらいましたね。

今日はその2つの海外走行試験のうち最初のアメリカでの走行試験について
その模様や裏話などを書いてみようと思います。
まっこの時にもそのアメリカ走行試験での動画を載せてますけどね。

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2代目ドミンゴの操安乗開発に携わった

前回の記事で、スバルの操安乗り心地を開発・実験する部署に異動しても
コロコロと担当車種が変わったり途中でプロジェクトが中止になったりして
腰を落ち着けて仕事をしている気持ちを持てずに
フラフラしていたことを書きました。

今回はその後の昔話をしてみたいと思います。

幻の2代目ジャスティ(77S)の操安乗開発に携わっている時も
いちおうサンバー&ドミンゴの操安乗開発も兼任するという形でした。
ただし、その頃はサンバーは5代目が発売された後なので
フルモデルチェンジなどの企画もまったくない状況だったので
VAと市場不具合対応がメインの業務でした。
また、(2代目)ドミンゴの開発もまだ本格化していなかったので
ひとりで兼任という形でもそれほど大変だったわけではありませんでした。

ところが77S開発は1年ほどで中止となり
替わりに2代目ドミンゴの開発が本格化することになります。

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レガシィ10万km速度記録の真記憶

前回、途中までしか書けませんでしたので今日はその続きです。
本番でのトピックスを思い出して書いてみます。

アリゾナ州フェニックス周辺は避寒地になるほど
冬場でもあまり寒くならない地域と言われてますが、
(その分、夏場は灼熱となるそうでだからこそそこにテストコースが造られたんですが)
夜は予想外に気温が下がり、
エンジンの吸入空気も下がってガソリンが気化しにくくなり
エンジン内部でも液体のままのガソリンがシリンダー壁面に付着し
それがエンジンオイルに混入するというオイルダイリューションが発生してしまいました。

というのは、記録達成のドキュメンタリー番組でも放送されてましたし
今でもダイジェスト版などをYouTubeでも見ることができる内容です。

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