新書「人は生きてきたように死んでいく」

光文社新書「人は生きてきたように死んでいく 『死の準備』してますか?」坂口幸弘著を読みました。
前回紹介の「棺桶まで歩こう」に続いて人間の死を扱っている本になります。
購入したのも2冊同時でしたが、発刊時期は本書の方が新しくなりますし、特に関連はないですかね。
タイトルからは、生きてきたのと逆回しのように死んでいくという意味なのかなとも思いましたが、
もっと素直に「死に様は生き様」ということのようですね。
そういう意味ではそれほど突拍子もないことや目からうろこみたいな内容ではなく
全体を通してよく巷で言われていようなことが書かれている本ではありました。
本書の「はじめに」ではこんなことが書かれています。
(以下引用) 大学進学後に恩師との出会いを通じて初めて死を
学ぶという発想に触れ、デスエデュケーション(死の準備教育)という取り組みや、死生学
という学問領域があることを知った。そこでの学びを通して、死や生についての理解を徐々
に深めていくことができたと感じている。
本書は、こうした学びの流れを受け継いで、構想されたものである。研究データや関連資
料を通して、自分なりの答えを導き出すヒントを提供し、死と向き合うための 礎 となるこ
とを目的としている。自らや家族の死について想いを巡らせ、人生をよりよく生きるための
手がかりを得ることが本書の狙いである。 (中略)
本書は、葬儀や墓、遺言、相続といった実務的な手続きのハウツーを解説するものではな
い。取り上げるのは、自分自身や大切な人の死にまつわるさまざまなトピックである。
(中略) 思いどおりにならないことも多いとしても、死を見据え
て生きることは、自分なりに良かったと思える生き方への道標となるはずである。本書がそ
の一助となることを願っている。 (引用終わり)
うむうむ、なかなか真面目というかお堅い感じの文体で、
内容的にもデータなどに基づいて真面目に書かれている感じです。
そんな中で少しだけ気になったことを紹介しておきたいと思います。
まずは積極的安楽死や尊厳死についての話です。
(以下引用)
オランダでは2〇〇1年に世界で初めて積極的安楽死が合法化され、現在では12歳以上で
保護者の同意があれば未成年でも実施可能となっている。合法化の動きは徐々に広がってお
り、ベルギー、カナダ、スペイン、ニュージーランドなどでも自殺幇助や積極的安楽死が法
律で認められている。
自殺幇助や積極的安楽死を望む背景には、「死にたいほどに苦しい」という患者の切実な
思いがある。 (中略) しかし、同調圧力が強いとされる日本では、これらが
制度化されることで「家族や社会に迷惑をかけてはならない」という心理的圧力が患者の意
思決定に影響を与え、死の選択へと誘導される可能性を否定できない。 (引用終わり)
うーん、考え過ぎじゃねぇ、というかそんな屁理屈みたいな話で積極的安楽死を否定するの?
ってのがボクの正直な感想ですね。
そもそも前回紹介の「棺桶まで歩こう」でも多くの日本人が実は延命治療は望んでなくて
むしろその家族の方がいざとなると延命治療を病院に要求するという話がされており、
本書でも似たような話があるなかで、こういうことだけ日本の同調圧力を持ち出すのは嫌ですねぇ。
ってかさ、本当にそもそもの話として、せめて死ぬときくらい本人の意思が尊重されるべきであり、
それができないような「日本の同調圧力」こそ是正すべきものだと思うんですけどね。
それに、日本の「死」についてはこんなことも書かれています。
(以下引用)
日本では、一般的に、心臓死が医学的にも法的にも人の死とされている。(中略)
法律で明確に規定しているかどうかの違いはあるが、多くの国では「脳死は人の死」と一
律に定めている。日本のように、法律上の死の基準が人によって異なり、患者や家族に選択
の余地があるのは、世界的に見ても珍しいといえる。 (引用終わり)
本人が死んだかどうか判断して申告することは不可能なんだけど
家族に選択の余地があるってやっぱり変な話ですよねぇ。困ったもんです。
次に「あの世」を信じているかどうかという話です。
(以下引用)
同財団の2〇18年調査では、「あなたは『あの世』というものを信じていますか」との
質問に対し、「信じる」と回答した人は全体の18・3%であったのに対し、「信じてはいな
い」と答えた人は35・6%と、約2倍の割合となった。年齢層別に見ると、高齢になるほど
「あの世を信じていない」と答える傾向があり、60代では45・6%、70代では46・6%が
「信じてはいない」と回答している。 (引用終わり)
へぇーですねぇ。まぁ「信じる」ってのもいろいろな意味合いがあるとは思いますが……
当然ながらボクはまったくもってこれっぽっちも信じていませんが、
かといって宗教というか“物語”としての「あの世」というものはあってもよいとは考えています。
宗教も空想の“物語”の一種ですからね。
それにしても多くが無宗教とも言われる日本人のしかも若い人たちの方があの世を信じているとは
ちょっとボクには衝撃的というか、あの世と同じくらいにわかには信じがたい話でしたね。
小さな子がサンタさんやコウノトリを信じるのとは違うんだからねぇ。
最後に、著者の言葉ではないのですが、面白い話がありましたので紹介しましょう。
(以下引用)
死を過度に恐れるのではなく、健全に恐れることが大切なのだろう。小谷みどり氏は、年
齢を重ねるにつれて「自分の死が怖い」という感覚は薄れていく傾向があると述べている。
(中略) 小谷氏の言葉を借りれば、死が怖くて死ねなかった人はいない。その
ときが来れば、死を恐れようが恐れまいが、誰もが死を迎えることができるのだろう。
(引用終わり)
さすがに死を「健全に恐れることが大切」と言われてもじゃぁどうすれば……となりますが、
年齢を重ね、死期が近くなればおそらくそういう心境にもなるんでしょうかね。
それにしても「死が怖くて死ねなかった人はいない」って、
当たり前にも聞こえますが名言ですね。
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