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新書「子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由」

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光文社新書「子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由」岡嶋裕史著を読みました。

世界各国では子ども=未成年のSNS禁止に動き出しているところも多いですが、
個人的にはまぁどっちでもいいというか、
政府が法律で一律に禁止するのもどうかとも思うし、それで効果があるのかも疑問だし、
一方で親(と一部は教育機関)がある程度は管理すべきものではないかとも思いますが、、、

となると、子どもより親=大人の規制というかリテラシーが問われるよなとなるわけで、
そんな話をしているのかなと思って、本書を読んでみました。が……

と中身の話の前に、まず著者の岡嶋氏についてですが、1972年生まれの中央大学国際情報学部教授、
中央大学政策文化総合研究所所長、学校法人神戸学園顧問という肩書で、
でもそれではチンプンカンプンですが(汗)、Wiki.によると
情報セキュリティ、ネットワークを専門とする情報学研究者、システムエンジニアとなっています。
なんとなくは掴めたかも(笑)

 

で、本書の中身ですが、まず「子どものSNS禁止をすべきかどうか」を議論してはいませんし、
「大人のSNSを禁止すべき」と主張されているわけでもありません。
ただ、「子どもにも大人にもXはなんらかの規制はすべき」ということになります。
注意が必要なのは、本書ではSNSとX(旧ツイッター等)は別物という前提で書かれていることです。

その点についてはボクも完全に両者を混同というかXもSNSの一種という認識を持ってましたので
最初はボタンの掛け違いが生じていて混乱してしまいました。

なお、本書の「はじめに」ではこんなことが書かれています。
                                    (以下引用)
 本書は、手にしてくださった方が、日々のニュースやタイムラインに疲弊し、「なぜ、私
たちの社会はこんなにも息苦しくなってしまったのか」と感じたときに、その理由を考える
ためのきっかけや手がかりを提供できればと願って著したものです。
 本書で示したのは、あくまで一つの視点に過ぎません。この本をきっかけに、読者の皆さ
まがご自身の言葉でこの問題を考え、語り始める一助となれたなら、著者としてこれ以上の
喜びはありません。                          (引用終わり)

 

まず、SNSとXは別物ということですが、それについて専門用語などを用いて詳しく書かれてますが、
まぁ次のようなことだと言えます。もっともSNSの定義が何かにもよりますが。
                                    (以下引用)
 Xに限らず伝播させることを主眼に設計されているサービス(YouTubeやTikT
ok、インスタグラム等)は、まさに世界を分け隔てなく結びます。こうした拡散系サービ
ス(Amplification-Oriented Services:AOSとしておきます)の存在価値はその利用者数
と拡散性、アテンション獲得能力です。SNSの力の源泉がリテンション(維持)にあるの
と対照的です。そして、そのアテンションを得るよく知られた、極めて効率的なやり方は人
の怒りです。                             (引用終わり)

SNSはある程度閉じた空間(社会)の中のものでフィルターバブルによるエコーチェンバー効果で
極端な意見に偏ってしまいそれを信じてしまうという弊害はありますが、
閉じた空間(社会)なのでそれ以上の大きな問題に発展することはないということでしょう。

一方のXなどの拡散系サービスはある程度エコーチェンバー効果もあるけど
人間の怒りの感情をエネルギーとしてアテンションをかき集め続け、さらに
全世界に開けたものなので際限なく荒れて炎上し個人に社会に深刻な被害を生み出しいると。
だから、SNSを規制するのではなくXなど拡散系サービスの規制をすべきだし、
それは子どもだけでなく大人も含めてすべての利用者が対象になるということなわけです。

と書くともうネタバレみたいになっちゃいますが、これで興味を持った人は本書を読んでくださいね。

 

また、本書では「拡散系サービスの歴史」としてインターネット黎明期からの変遷なども辿り、
2chなども詳しく解説されてますが、個人的にはその前にパソコン通信・NIFTY-Serveがあったんですが
それについてはSNSだけど拡散系ではないとの判断からかスルーされてたのは少しモヤモヤします。

それにホームページやブログについてもあくまで通過点のひとつとして捉えられているようで、
まぁ確かにこのブログなんかももうオワコン(この言葉自体がオワコンか)と自覚はしてますが(汗)、
それでもどういう位置付けになるのかなど個人的には気になるところなんですけどねぇ。

ボクなんかはXはイーロク・マスクが大嫌いというかまったく信用してないのでさっさと降りましたし
YouTubeは動画をブログで紹介するために動画サーバーとしてのみ利用してますし、
他のTikTokもインスタも一切使ってませんし、たとえYouTubeで炎上してもただ無視するだけなんで、
炎上被害うんぬんというだけで大幅な規制をする必要があるのかは判断しかねるとこもありますけど。

炎上被害の話をするなら全体に規制をかけるというより執拗に悪質な攻撃する特定の個人に対して
あるいはあきらかなウソ情報やフェイク情報を捏造・発信する特定の個人・団体に対して
厳しく取り締まるという方向の方が有効なんじゃないかという気がしますし。

でも、それが政治的な内容について、特に民主主義のあり方を否定するようなものになるとすると
それはそれで話は別なので悪質な特定の人間の取り締まりだけでなく
利用者全体に関わるプラットフォームの規制が必要になってくるとも言えます。

ネット上の意見こそオールドメディアに洗脳されていない真の民意だと主張する人もいますが、
次のような話からすれば、ネット上の意見も相当に偏見に満ちていると言えるでしょうし。
                                    (以下引用)
 Xはプラットフォームとして荒れているので、批判に耐えうる強靭なメンタルや強固な
動機を持つ人が発信しを続けることになります。そうした利用者は、多様な意見に触れても
自分の意見が中和、緩和されることはなく、却って偏った意見を強固にするケースが多くあ
ります。
 これが繰り返されると、プラットフォーム上から(支持する人数は多いはずの)おだやか
な意見が消えていく傾向を示します。                  (引用終わり)


ただし、選挙だから民主主義的かというとそうとも言い切れず、
シルバー民主主義はさておくとして(若い人も選挙に行けばいいだけのことですから)
金(うらがね)や(カルト)宗教やら不透明(隠ぺい・改竄や忖度などなど)も大いに非民主的ですしねぇ。

 

とこれ以上書き続けるのも読んでる人もボクも面白くなくなってくるので(笑)
最後にちょっと毛色の異なる与太話みたいなことを紹介して終わりにしましょう。
                                    (以下引用)
 技術者はもともとフラットな組織や生活が好きな人が多いので、こうした移行を後押しす
るツールとしてのフラットなネットワーク(インターネット)やワールドワイドウェブ(w
ww)という表現装置、ブロックチェーンを作ってきたとも言えます。多くの人にとっても、
基本的にはこの移行は歓迎だったと思うのです。             (引用終わり)

統計データとか根拠は示されていませんし、ここでいう技術者はIT技術者を念頭に置いてるのでしょうが、
それでもボクの肌感覚としても機械系・電気系など含めても技術者はフラットな感覚の人が多いと思うし、
ボク自身も技術者=エンジニアらしく思考するとおのずとフラットな思考になるなと感じてました。

逆に、同じく技術部門で働いてても主観的で自己擁護・自己顕示の強い人はフラットな思考ができず
傍から見ていてもあの人は真の技術者じゃないなぁと感じてたということですけどね(爆)

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コメント

示唆に富む話しですね
自分も特に旧ツイッターの割れ窓理論状態には辟易としていますが、それでもアルシオーネのリアルタイムな情報源としては相当有益なので目が離せず
その余波で見たくもない陰謀論に引きずられるのが辛いところです

最後の「技術者はフラットな感覚の人が多い」ですが、根底に理屈の積み重ねが技術分野なので理にかなってないのは気持ちが悪いからなのではないでしょうか
そういう意味では、一つの事象についてネタ元の確認から始まり、右から左から双方向から確認しないと気持ち悪いのかと

投稿: 五条銀吾 | 2026-02-14 23:27

>五条銀吾さん

確かにそのような理由で「技術者はフラットな感覚の人が多い」ということになるのでしょうね。

ただ、一方でオウム真理教で問題視されたように
理屈を超えた未知の部分にころっと騙されて暴走する(青い?)技術者も多いし、
さらにはそれら騙す側につく似非技術者もいるにはいるので要注意なのかなとも思いますけどね。

まぁでも、そういうことはSNSとかXとかが出現する以前からもあったわけですが。

投稿: JET | 2026-02-15 05:42

> 理屈を超えた未知の部分にころっと騙されて

確かに
邪な想いを抱く人は一部に限られるのでしょうけど、それに引き摺られる人が少なくないのは人として潜在的な弱さが潜んでいるのかもしれませんね

どう思い通りに生きるか
賢明にいきたいものです

投稿: 五条銀吾 | 2026-02-15 22:27

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