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低重心プロジェクトに巻き込まれた件

このスバルカテゴリーの一連の記事としては最近はちょっと突発的に毛色の異なる
えがおのあそびば」@イオンモール太田とS:HEV 試乗の記事を挟んでしまいましたが、
再度2000年代前半のころのボクがサラリーマン時代に携わっていたことの回想に戻り、
重心高目標値設定アプローチ」の話に続いて低重心プロジェクトなるものに巻き込まれた件について
当時を振り返って思い出しながら少し書いていこうと思います。

2つ前の記事の「重心高目標設定アプローチ」というのは、
車両全体の諸元のひとつである重心高についての目標値を提案するアプローチ方法を
当時、操縦安定性乗り心地の実験担当者にすぎなかったボクがひとりで勝手に考えたのですが、


そんなことをほざいているのが目に留まったからなのかどうかは知らないけど
しばらくして低重心プロジェクトというのを先行開発でやるとの話がでて、
有無を言わさずにというかなし崩し的にという感じでボクも参画させられるハメになっちゃいました。

この低重心プロジェクトは確かリーダーが当時の技術部門のH副本部長が直々にやっていて
(実は当時副本部長だったか、実験総括部長か技術開発部部長か兼任だったか記憶が曖昧ですが、
 後々STI社長としてもボクの上司になっていた色んな意味でパワーある方です(汗))
そこそこ予算もついて大々的なプロジェクトという様相となってました。

その低重心プロジェクトがどうして突然降って湧いたように始まったのかは詳しく知りませんが、
以前の記事でも少し触れたように、おそらくNHTSA(米国運輸省道路交通安全局 )が
ロールオーバー(転覆)のしにくさを情報公開しようという動きがあったことが直接のきっかけでしょう。

なお、そのNHTSAのロールオーバーのしにくさの情報公開ではいろいろ検討はあったものの
最終的には車両諸元だけで決まるSSF(Static Stability Factor)=トレッド÷重心高÷2の値と
動的なロールオーバー試験(Fish-Hook=釣り針試験法)の結果を基にする案に落ち着いています。

ちょいと脱線しますが、ロールオーバーのしにくさ(しやすさ)は車両特性、ドライバー操作、
道路環境、さらには他車両との兼ね合いなど実に様々な要因が複合的に関与するのですが、
それでも例えばベンツAクラスのエルクテスト(スウェーデンTeknikens Värld 誌)での結果や
スズキ・サムライ(ジムニー)のWレーンチェンジ(コンシュマーレポート誌)の結果などは論外で、
そのくらいはメーカーでテストして車両が転覆しないように作るべきとは思いますが、

それでも何かに乗り上げて転覆とか、逆に嵌って転覆とか、横滑りして引っ掛かって転覆とか、
あるいは他車にぶつけられて転覆とかまぁある意味不可抗力って場合もあるわけで、
それでもそんな場合でもざっくりとはSSFの値が大きければ
つまり低重心でトレッドが広いほど転覆するリスクは低くなるから
そのSSFの値で代用しましょうという考えです。当たらずも遠からずでしょうね。

 

話を戻しますが、しかもその情報公開では衝突安全性能とかとひっくるめて総合的な安全性として
TSP(Top Safty Pick)とかTSP+とかとして選定・公表するということのようなので、
いくら衝突安全性能が優秀であっても重心が高くてロールオーバーりリスクが高いと
そのTSPとかに選定してもらえなくなり、安全性の高いクルマとは呼ばれなくなってしまいます。

社内的にもいくら衝突安全性の実験部署が(設計部署とともに)頑張って優秀な成績を収めても
重心が高い故に安全性の高いクルマの称号が得られなければ、なんだかなぁとなっちゃうし、
対外的にもスバルは水平対向エンジンで低重心とか謳っていながら
実際にはそうじゃなかったというのがバレてしまうとブランドの毀損にも繋がりかねないわけです。

そんなこんなも含めてこれは真面目に低重心についての検討をしなくちゃいけないとなったんですね。
まぁ外圧みないなものがきっかけとなってるわけなので決して誉められた話ではないですし、
その前から疑問を呈して自ら低重心化などの進め方を模索していたボクからすると
なにを今さら、とかやっと気づいたのかよという思いもありましたが、方向性としては正しいし、
ボク自身が取り組んできたことが認められてやりやすくなるかなという期待も持てますしね。

 

それで、その低重心プロジェクトでの取り組みは大きく分けると3つありました。
ひとつは低重心のメリットの明確化・数値化、2つ目は他車比較でスバル車の重心高の要因分析、
3つ目は(新車開発時の)重心高管理の仕組みづくりというところでしたかね。

このうち、1つ目の低重心のメリットの明確化・数値化はプロジェクトといいつつ
すべて操縦安定性乗り心地の実験担当者だったボクにだけ完全に丸投げされました。
丸投げされたことよりも、低重心のメリットなんて猿でもわかるのに何を今さらって呆れましたな。
だいたい、それまでもさんざんとスバルは水平対向エンジンで低重心で……って謳ってたのに(呆)

もちろん転覆に対する重心高の影響はNHTSAが提示しているのでそれ以外の操安乗への影響で、
しかも当時のスバルで流行ってた(?)NBR最速とか筑波アタックとかの限界走行領域の話ではなく、
普通の人が普通に走る領域での操縦安定性と乗り心地への影響・メリットを数値で示せと。

限界走行領域での話をしなかったのはリーダーのH氏の意向でもあるし、
ボク自身もその考えには賛成ではあったんですが、
これって意外ととらえどころが難しくて面倒くさいことなんですよねぇ。
というのもひと言で操安乗といっても単一の指標で表現できないわけですから。
LMS社へ委託していた「ハンドリング評価手法」などが確立してればまだしもですし)

例えば、低重心ならロールは小さくなります(ロールが小さければ良いとも言い切れないです)が
それでもサスペンションを固めればロールは抑えられるし、でもそれだと乗り心地が悪化するし、
ならバネじゃなくてスタビを太くすれば……、それでもダンパー減衰力は上げないと……などなど。

まぁそれでもそこはなんとかそれなりにまとめ上げましたし、それをここでは披露しませんがね。
ただ、プロジェクトの役員プレゼンの場で、GMから派遣されていたアメリカ人の役員されから、
「そんなに大切なら重心高下げなくてトレッド広げればいいじゃん?」と質問されたのには笑ったね。

それはそうなんだし、その前からボクはスバル車は全般的に幅狭傾向にあることは指摘済みですが、
無暗にトレッドを広げられるわけにもいかないし、個人的にも幅広車は運転して楽しくないのですが、
いかにもアメリカ人の発想ですね。(まっ、ワザとそういう質問をしたのかもしれませんが)

 

2つ目の取り組みの他車比較でのスバル車の要因分析についてですが、
過去の既販車も含めた世の中の多くの車とスバル車の重心高の統計的な関係については
ボクが調べ上げていたので、それはそのままプロジェクトチームが横取りしていきましたが(笑)、
ここでは部品(コンポーネント)要素ごとにどれだけ重心高に影響していて
それが他車と比べるとどう違っているのか(あるいは似たようなものか)を調べましょうということです。

当然ながらそこには水平対向エンジンで低重心なんて謳ってるけど本当にそうなの?
という検証も含まれることになるわけですが、
これまたさんざんとそう謳っていたのに誰も本当かどうか検証もなにもしてなかったということですな。

それで、何故か比較車としてトヨタ・アルテッツァ(FR)が選ばれて(まだGMと提携していた時代ですよ)
スバル・レガシィと比較しながら、各部品の重心高の影響を測定することになります。
部品毎に質量・重心とその車両への取付け位置を測って集計するのかと思いきや、
車両全体を垂直に立てて、そこから順次部品を外していって重心高変化を測定していくという
かなり原始的かつ大がかりなことをやることになり、これは子会社に丸投げされることに(笑)

たしかここでその測定というか作業をしていたんだと記憶してますが、
ボクは当事者ではなかったので一度プロジェクトメンバー全員で視察しただけだったかな。

それで、その結果は、ぶっちゃけて言えば、
・レガシィは水平対向エンジンだけど搭載高さ(クランク軸中心)が高いので低重心ではない。
・レガシィはAWDでFRのアルテッツァより駆動系部品が重いために低重心になってる。
というものでした(笑)。まぁ想像通りというかそうなるでしょうね。

ボクがやっていた統計的な調査でも、スバルは他車比でAWDの分だけ低重心だけど
2WD同士で比較すれば他社並みの重心高でしかないことは明確になってたわけですしね。

とはいえ、いちおうこういう面倒な計測をやったことで、要因分析と言う意味ではなく
社内的にはそれぞれの部品およびそれを受け持つ設計部署ごとに重心高への寄与度が明確になり
それ後に新車開発時に重心高を設計部署ごとに管理するのに役立っていくことに繋がりましたが。

 

それが3つ目の取り組みの新車開発時の重心高管理に繋がっていくわけですし、
これがこのプロジェクト最終的な目的でもあり、ボクもそれを最も望んでいたことなんですけど。
というか今まで重心高の目標値も管理値もなく誰もそれに責任も取らずに
出来なりでしかなく、なのにスバルは低重心だなんて謳ってたんだから何をかいわんやなんですが。

で、最終的には新車開発時に質量(重量)管理と同様に重心高も管理する部署が定められて、
同時に各設計部・設計者も図面段階で各部品の質量と重心位置を明記するよう決められました。

これでやっと(新型車のカッコウをした試作車)が完成する前から重心高が推計され管理され、
出来上がったら重心高くなっちゃいましたってことはなくなり、
同時にその重心高推計値を使って精度よくシミュレーションや台車試験ができるようになりましたとさ。
おそらく5代目レガシィ=EZ5以降の新車開発からこのような仕組みが整ったということですが。


ただねぇ、ボクがひとりで勝手に重心高が出来なりなんておかしいとほざいていた時から、
実は衝突安全性能とかブレーキ性能とかの机上検討やシミュレーションでも重心高の推定が重要だと
それぞれの部署の担当者は認識していたけど、それまで黙って何もしてなかったんです。
で、これが決まった後から、あぁ助かりましたって話を訊いたんですよね。

まぁ、スバルの実験部では“言いだしっぺがやらされる”という伝統があるので仕方ないのですが(汗)

 

というわけで、この低重心プロジェクトの話は終わりにしましょう。
次回はどうしましょうかねぇ。重心高と来たのでヨー慣性モーメントの話をチラッとしますかね。
あっ、「スバル水平対向エンジン車の軌跡」という本の話になっちゃうかも。

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