低重心プロジェクト前の勝手に重心高目標設定アプローチ
このスバルカテゴリーの記事では前回はASFの先行開発の話を書きました。
(気づいたらスバルカテゴリーはもう1ヶ月半も記事更新してませんでしたorz)
そこでの予告通りに今回は低重心プロジェクトの話を書こうと思いましたが
まずはその前段ということで、、、
スバル車の開発において、重心高と操安乗(操縦安定性と乗り心地)との関係としては
過去にも初代フォレスター(79V)開発の嵩上げ廃止の記事とか
B9トライベッカ(SGX→00X)開発の台車段階までの記事とかでも触れていて
それらと重複する部分もあるかと思いますが、再度整理して書いておきます。
当時のスバルでは(たぶん今もそんなに変わりないでしょうけど)
実車の実験段階ではまず最初に台車と呼ばれる前モデルなどをベースに改造した試験車を用います。
初代レガシィ開発では3代目レオーネをベースにオーバーフェンダーを付けたりして
中身は新たなEJエンジン、サスペンションは4輪ストラットなど開発車用のものを付けています。
ただ、初代フォレスター(79V)の時は前モデルはないので、
というか初期構想では初代インプレッサ(55N)のモデルチェンジということだったので、
その台車は初代インプレッサをベースにして嵩上げして大径タイヤを履かせたりしたものでした。
この台車の段階でボクは79Vの形になった時の重心高を簡易計算にて予測して
それに合うように台車のルーフにバラスト(重り)を載せて台車試験をするようになったのですが、
おそらくそんなことやったのはスバルでボクが最初の人間だったはずです。自慢じゃないけどね。
ボクはこう見えて(って実物を知らない人もいるでしょうけど)過去の車種の開発経緯といいますか、
それらの関連する先輩方の報告書はほぼすべて読み返しています。
といっても、スバル360やスバル1000時代のものは残念ながら社内には残っておらず、
2代目レオーネの時代のが僅かで3代目レオーネ、初代レガシィ以降くらいしかありませんでしたが。
それらの過去報告書では同様に台車の重心高合わせをして実験をしたという記録は皆無でしたからね。
なお、その重心合わせも社内のテストコースで試験走行するときはルーフにバラストを載せて
ただロープで縛っておくだけでやってましたけど、
いちおう社外走行するには目立つし法的な問題もあるのでスーリーのルーフボックスを購入し
その中にバラストを載せるというやり方にしたのもボクがスバルで初めてのはずです(笑)
もっとも、レオーネ→レガシィにしろ、レガシィ→インプレッサにしろそんなに重心高は変わらないから
そうやって重心高を合わせるという必要性もほぼなかったし、だからそんな発想もなかったのでしょう。
初代のアウトバックは重心高は上がるけど、形はレガシィのままなので台車≒量産車みたいなもんだし。
そんなだから、当時は、開発車の重心高が幾つになるか(どれだけ高くなるか)なんて誰も考えてないし、
当然ながら重心高の目標値・管理値なんて誰も設定しないから
何故か操安乗(操縦安定性乗り心地)のいち実験者のボクが簡易計算で推測しなければならなかったし
それに基づいて台車の重心高合わせも独自でやらなければならなかったということですが。
そして、00Xの初期開発でもその79Vでの経験をそのまま活かして
重心高の簡易計算をして台車の重心高合わせもやったわけです。
しかし、そもそも重心高って車両の基本的な諸元のうちのひとつなんですから、
それを操安乗のいち実験担当者が簡易計算することもおかしな話であるわけですし
(前にも書いてるけどスバル360の開発では重心高は諸元値として目標設定されてたようですし
前身が中島飛行機だったから重心位置を決めるのは飛行機設計の基本中の基本であるはずですが)
また、たとえ簡易計算しても本当にその通りの重心高に仕上がる保証はどこにもないし、
例えば79Vの苦汁の記事でも書いたように開発途中で重心高が高くなりましたとなっても
誰も他人事で影響を受ける実験部員が尻拭いをさせられるだけということになりかねないわけです。
そんなのやってらんねぇよ、というか開発体制としてそして企業としてそれじゃぁマズイだろうと。
特に、時代の潮流として車高の高い=重心高が高くなる車種が今後増えてくると予想されてたし、
一方で開発期間の短縮(開発予算の削減に直結)が叫ばれ
台車段階でのより精度のよい実験が重要になりつつあるというのに
重心高の目標値もなければ管理もないというのはさすがにあり得ないでしょうというのがボクの考え。
とはいえ、誰も重心高の目標値なんて設定してくれないので、
そこで当時(2004年頃から)あくまでも操安乗の実験部門から重心高の目標値を提案するには
どのようなロジックで設定するのが妥当なのかという検討をしはじめました。
もちろん、誰に指示されたわけでもなくボクひとりで勝手にやりはじめたことです。
もちろん、操安乗としては基本的には重心高が低ければ低いほど性能は良くなるというか
少なくとも重心高が低いほど性能を確保する(目標性能を達成する)のは容易になるのですが、
やみくもに低い重心高を提案するだけでは誰も聞き入れてくれないのでその妥当性が問われます。
そこで、先ずはスバル車も含めて他社の重心高がどのようになっているのか、
それも過去から現在(その当時)までのより多くの車種の重心高がどうなっているのか、
それを調べて統計的に見える化しましょうということで、700台以上のデータを集めています。
これには自分たち(先輩たちも含めて)で計測したものもありますが
多くはNHTSA(米国運輸省道路交通安全局)のデータを入手したものになり、
それでも計測方法や計測設備の違いなどもあってその差を補正したりとかなり手間がかかってます。
そして、第1弾としてそれら統計データから車両全高と重心高の関係を見てみると、
まぁ当然のことながら全高が高ければ重心高も高くなり、一次近似できて高い相関係数となります。
この時の標準偏差も計算されるので、これらの式・数値を用いれば、
全高が決まれば、他車並みの重心高なら幾つ、他車より圧倒的に低重心を謳うなら幾つという
妥当性のある重心高目標値の提案ができるということになります。
なお、ここで面白いのは、ボクはすでにこの時点で2WD車より4WD(AWD)車は
それだけで重心高が10~20mm低くなることを試算して指摘していることなんですが、
その何が面白いってまぁそれはまた話が先に進んで行った時のお楽しみということで……(謎)
次に、同様に統計データからトレッド(前後の平均)と重心高の関係も整理していくと、
これはセダン型乗用車なのかSUVなのか(フレーム付)トラックなのかミニバンなのかなどにもよるが
それらをある程度カテゴライズしてやるとだいたい群れになって塊になっているんですよね。
まぁ、これもある程度は当然と思え、だからそういう仮説をもって統計処理したわけですが、
統計データからグラフで示すことで説得力がでるというのもエンジニアとしては当然の手法です。
で、この頃からNHTSAでロールオーバー(転覆)のしにくさを情報公開しようという動きがあり
(これが低重心プロジェクトのきっかけになっていくのですが)、
NHTSAは最初はSSF(Static Stability Factor)=トレッド÷重心高÷2
の値から範囲を区切って☆~☆☆☆☆☆までレイティングしようということでしたので、
ボクもそれに倣って車種(車系)ごとに☆幾つを目標とすべく提案をしましょうという考えになります。
乗用車系(セダン、ワゴン)なら☆幾つでSSF幾つ以上、SUV系なら☆幾つでSSF幾つ以上とかですね。
なお、ここでも面白いのは、ボクはすでにこの時点でスバル車は他車よりトレッドが狭い傾向なことを
指摘していることなんですが、何が面白いかはこれも話が先に進んでからのお楽しみで……(笑)
最後に、これが唯一操安乗の実験からの提案らしいアプローチではあるんですが、
正直に告白すると、GMが規定していたSM(Stability Margin)という考え方を真似させてもらいました。
なので、ここであまり具体的に書いてしまうといろいろとヤバイかもしれないので
かなり端折って書きますが、一方でかなり専門的な内容になるので端折ると分けわかんないかもorz
なお、GMのSMについては、これを知っているスバル関係者はボク以外ではたぶん1人か2人くらい、
ボクの上司たちは誰も知らなかったはずです(呆)
というのも、これはこの記事のようにGMとの共同開発車の目標性能(GMではVTS)すり合わせの中で
教えてもらったもので、もちろんボクが秘密にして上司に教えなかっわけでもないのですが、
上司たちは誰も興味がないというか首を突っ込みたくないから知らんぷりしてただけなんですけどね(笑)
このSMを簡単に言えば、重心高とトレッドの関係から単純に転覆(ロールオーバー)してしまう限界を
その車両の限界横加速度よりある一定分だけマージンを確保しましょうということです。
その際には車両のロールの大きさも計算に考慮するようにしましょうということも加わりますが。
それで、GMとまったく同じじゃ能がないので、ボクはROM(Roll-Over Margin)という言葉を使い、
ROM=(ロール補正SSF)×ℊ-(限界横加速度)≧□ ※□には実際には具体的な数値が入ります。
また、ロール補正SSFとは上述のSSF(Static Stability Factor)に
車両のロール率によって変化する項を加えた数式で表せますが、それも詳細は割愛します。
いずれにせよ、重心高、トレッド、限界横加速度、ロール率の関係がこれにより制限されます。
車両の目標性能を立案する時には、操安乗として限界横加速度もロール率も目標設定しますから、
それを達成するためには最低でも重心高とトレッドはこれこれでなければならないと言えるし、
逆に重心高とトレッドがこうならば、限界横加速度とロール率の目標はここまでと決まるわけです。
ということで、最終的にはこの3段ステップで操安乗の実験部署から重心高の目標値を提案しましょうと
その手順もTS(Technical Standard)で規定して発行までしています。
もっともその後しばらくして部署異動となったので、どうなったのかはもう知りませんけどね(爆)
と、ここまではボクがほぼひとりで勝手にかつ地道にやっていたことなんですが、
それとは別に(なのか、それを横目で見ていた人がいたからなのか知らんけど)
「低重心PT(プロジェクトチーム)」みたいなのが発足して、
いつの間にかボクも引きずり込まれることになってしまったのでした。
それについて次回以降に書いてみましょうかね。
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