単行本「日本の右翼と左翼がわかる本」を読了
宝島社の「日本の右翼と左翼がわかる本」別冊宝島編集部編を読みました。
本書は2016年5月発行となっていますが、いつごろに購入したのか、
それも本屋で購入したのか中古本として購入したのかまったく覚えていませんが、
少なくとも早期リタイアしたころには既に積読状態になっていたような気がします。
なんとなく機を逃した感じがあり、それなりに厚みもある本なので、
ずーと積読状態になったままだったわけですが、
まぁなんとなく前書からの繋がりも無きにしも非ずということで読み始めてみました。
実際に読みだすと内容的には難しさはなく結構すらすらと読めちゃったんですけどね。
ただ、本書の「まえがき」には次のようなことが書かれています。
(以下引用)
「政治の季節」というより、「人それぞれが立ち位置を確かめる季節」が到来し
ているように見える。自分はどの場所に立っているのか。他者からの安易なレ
ッテル貼りではなく、自ら進んで宣言できるぐらいの確信を持てるか否か。
なにげなく使っている分類でも、実はあまり知らないのではないか。わかっ
ているようでわかっていない言葉の代表かもしれない。そこには歴史的な背景
とともに、国家観や人間観に関わる思想の大きな潮流がある。(中略)
有識者による解説、現役活動家へのインタビュー、そして現代史における人
物・事件の紹介などで、おおまかな「右翼」「左翼」の全体像を把握してもらえ
たら幸いである。 (引用終わり)
確かに、ボクも「わかっているようでわかってない」のかもしれないし、
「全体像を把握」するくらいの意味合いで本書を買ったのだろうし、
特に「現代史における人物・事件」についてはあまりよく分かっていないので
本書を読むのは一般常識レベルの知識の習得には有意義なことだとは思っていたわけですが……
それでも、別に「自分はどの場所に立っているのか」なんてのはどうでもいいじゃんとは思ってます。
もちろん、「他者から安易なレッテル」を貼られることも
他者に安易なレッテルを貼ることも論外であることはいうまでもないですが、
自分で自分自身にそれを決めつける必要もないのではないかなと。
そして、その「まえがき」に続く「第一章」の冒頭で右翼・左翼の簡単な説明がされています。
(以下引用)
左翼とは、ヨーロッパ近代に生まれた「個人の尊厳(=人権)」と、その帰結である「自由」
「平等」をどこまでも実現してゆこうとする思想です。(中略)
ですから、現実に、王侯貴族や独裁者や軍部、企業などによる支配や抑圧があったら、それ
らから個人を解放し「自由」を実現するために、批判し闘って改革、革命するのが「左翼」の
使命です(中略)
右翼とは、以上のような「個人の自由・平等」をどこまでも実現してゆこうとする左翼の考
え方を否定し、左翼的な「改革」「革命」を阻止しようとする思想です。
(中略) 人間を、理屈では割り切れない、やむにやまれぬ情動や意志によって動き(主
情主義、主意主義)、世代を超えて積み上げられてきた伝統や習慣のなかで生きる存在だと考えま
す。 (引用終わり)
まぁ、なんとなく習っていたこと、今までそう捉えていたことと大差ないのですけど、
例えばボクは人権・自由・平等の理念には完全に同意しますが
一方で、人間は「やむにやまれぬ情動」によって動くものだというのも同意するわけですし、
だからといって「左翼の考えを否定」することはないし、
逆に「批判し闘って改革、革命」とか考えないです。
というか、それがほとんどの普通の人なんじゃないかなと思いますが……
ボクは基本的に中立というかニュートラルな立場でいたいという考えがありますが、
だからといって、右翼がこうで左翼がこうだからその中間でこういう立場を採ろうというわけではなく、
あくまでも自分の考えとして、それぞれの案件についてどう考えて行くかということです。
なので、個別の案件については左翼的な傾向だったり右翼的な傾向だったりまちまちです。
それぞれの人は多様な考えをもっているはずなのでそうなるのが当然なんだと思っています。
なのに、右翼・左翼どちらかに自分を当てはめようとする人、ましてや他人を当てはめようとする人、
結局そういう二極構造でしか捉えられない人たち、それによって排除や対立しか生まない人たち、
そういう人たちが右翼でもあり同時に左翼でもあるのでしょうね。
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