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新書「数学的思考トレーニング」を読了

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PHPビジネス新書の「数学的思考トレーニング 問題解決力が飛躍的にアップする48問
深沢真太郎著を読みました。

ボクは理系人間なのでいちおう数学的思考というか論理的思考は身に着いているはずだし、
(でも、理系出身のハズなのになんでこいつ論理的に考えられないんだって人もいますが)
というかリタイアした今はそんな数学的思考(ロジカルシンキング)はもうあまり必要なしい、
むしろ非論理的というかラテラルシンキングが足りないんじゃないのと言われそうですが、
ボク自身の数学的思考が著者のいう数学的思考と合っているかどうか
答え合わせみたいな感覚でこの本を読んでみました。

まっ、その答えが合っていようが違っていようが、もうどうでもいいんですけどね(笑)

 

本書の「はじめに」には次のように書いてあります。
                                   (以下引用)
 とにかくスピードが必要な世の中になったと感じています。(中略)
 そんな時代に私たちは「正解」を探してはいけないと思います。そもそも「正解」など
存在しない。そうではなく、自ら深く、正しく、考えることで答えを出すことが必要な時
代になったのです。答えは探すものではなく自ら作るもの。(中略)
 答えを出すために自ら深く、正しく、考える。実はこの行為を皆さんはかつて「数学の
授業」で経験しています。
 だからといって、「大人になった今から数学をまた勉強しましょう」と提案するわけで
はありません。「学問」が目的の人でなければ、いまさら数学の問題を解く必要はない。
でも、数学の問題を解くときに使った「頭の使い方」は身につけておいたほうがいい――
これが私の提案です。                        (引用終わり)

ボクはここを読んで特に違和感を感じませんでしたけど、
「数学って正解を探すもの」と思っている数学嫌いな人って多いんじゃないのかなぁ。
数学は公式とか式の変形とかを記憶してそれらをこねくり回して正解を出すものとか、
あるいは試験問題をまるまる覚えて正解を出すものと思い込んでいて、
そこに意味を見いだせない、面白さがないから数学嫌いになってるんじゃないかなと。

でも、数学ってそうじゃなくてここに書いてあるように「自ら深く、正しく、考えること」なわけで、
そこが分かっていれば数学的思考を指向することはできるし、数学嫌いにはならないと思うけどね。

もちろんそこは著者もそのように考えていて、本書の中でも数学は
すでに正解がわかっている問題を作業として解くことではない」として
数学の『最終目標』は説明できる状態にすること」と定義しており、まったくもって同意です。

なので、答え合わせとしては間違ってないようだけど、数学嫌いな人は本書は読まないかな(汗)
もちろん、中身に数式がバンバン出てくるわけでもないので文系の人でも読める本ですが……

 

一方で、同じく「はじめに」にはこんなことも書いてあります。
                                   (以下引用)
 私は国内で唯一のビジネス数学教育家。ビジネス数学とは、数学的な思考やコミュニケ
ーションができるビジネスパーソンを育成する教育テーマのこと。大手企業の研修やビジ
ネススクールの講義、書籍やメディアでの発信、ビジネス数学を指導できるインストラク
ターの育成などが主な活動です。(中略)
 自己紹介にしては少し冗長だったでしょうか。一言でいえば、「私を信じてください」
です。                               (引用終わり)

研修などで半ば強制的に講義されたりするなら文系の人でもこの内容に接することになりますね。
ただ、「私を信じてください」といわれて信じちゃうような人って、数学的思考ができない人ですよね。
宗教じゃないんだから(笑)

そして、本書の中身ではその数学的思考とは何かが例題とともに詳しく解説されていますし、
それを身に着けるためのトレーニング方法なども紹介されていますから、
文系のビジネスパーソンで数学的思考を身に着けたい人には有益な一冊になるでしょう。
いや、理系の人でも数学を勘違いして受験勉強だけやってきた人にはおおいに有益でしょう。

ここではそれらの中身まで紹介しませんが、著者を信じる人は読んでみてくださいね(笑)

 

なお、本書の「おわりに」には次のように書かれていて、ちょいと面白いし、共感します。
                                   (以下引用)
 私はかねてから「自分探し」という言葉に違和感を覚えていました。10年前に別離した
家族を探しているのならわかりますが、「自分を探す」とはどういうことなのでしょう。
 自分には何が向いているのかを探す。自分の行く道を探す。そんな意味を持つ言葉であ
ることは想像できます。しかしそれでもなお、私は違和感を拭えません。なぜなら、その
ような問いの答えは探すものではなく、自ら作るものではないかと思うからです。
                                  (引用終わり)

ボクも会社員時代に若い後輩・部下がそんなことを言っているのを聞いて
同じように違和感というか「なんだこいつ」と思っていましたね(笑)
まぁ、自ら“自分”を意識的に作るというわけでなくても、
過去の自らの行ないや考えの経緯というかそれらの蓄積が“自分”を形成してるだけのことですからね。

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