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NPFとしてのFtサス先行開発、の前にアッカーマンの話

前々回はNPFとしてのリアサスの先行開発を話を書きましたが、
前回はそれを元に量産として世に出た3代目インプレッサのマガジンXの評価を一部紹介しました。

今回は、またNPFに話を戻して、そのフロントサスの先行開発の話を書こうと思いましたし、
前回もそのつもりで予告をしていたのですが……

いざ記事を書き出すと、その前にマッカーマンの話、あるいは舵角差の話をしておかないと
なんだかよく分からないような内容になってしまいそうなので、
今回はまずはその辺りのステアリングジオメトリーの話をしておきたいと思います。

なので、一般論的な話が中心となりますからそんなの知ってるよという人も多いでしょうが、
そういう人は今回はスルーしていただいて構わないです。
というか、このブログは誰でも読みたい人だけが勝手に読めばいいだけなんで、
多くの人がスルーしているんでしょうけどね(笑)

とはいえ、ステアリングジオメトリーなんてのは普通の量産車ではそう簡単に変えられないし、
だから自称クルママニアの方でもあまり知っている人や話題にする人はいないでしょうから、
まぁ興味をもっていただければ、そのいいきっかけになればという思いもありますけど。

また、とっておきの〇秘ネタみたいなものがあるわけではありませんが、
できればスバル関連のネタとして少しは面白そうなことも書いていきたいと思います。

 

さて、フォークリフトとかは別として普通の四輪自動車はハンドルを切ると
前輪が転舵されて曲がることができるわけですが、
その際、前輪の左右輪というか外輪と内輪はまったく同じだけ転舵されるわけではありません。

言葉だけで説明するのは大変ですし、かといってPC上で作図するのも大変なので、
ちょいと手書きで適当に作図したものをスキャンした画像を載せておきます。
B230210_1 
駐車場などでごくゆっくりと大転舵で小回りするような時を想定してください。右回りです。

このように、前輪の外輪(左輪)と内輪(右輪)では旋回半径が異なります。
外輪より内輪はより小回りしなくてはならなくなりますから、
外輪より内輪をより大きく転舵しないとそれぞれのタイヤはスムーズに転がらなくなります。

このような幾何学的な関係をアッカーマン(ジャントー)ジオメトリと呼びます。
マッカーマンもジャントーも人の名前ですけど、まぁ詳しくはボクも知りません。

B230210_2 
これは前輪・左右輪がまったく同じだけ転舵される、つまり平行に転舵される、
なのでパラレルステアジオメトリと呼んでますが、そういう場合の図です。

こうなると、前輪・外輪の転がる方向と実際にタイヤの接地点が進む方向にズレ=β₁が生じます。
前輪・内輪も転がる方向とタイヤの接地点の進む方向にズレ=β₂が生じます。

タイヤというのはこの転がる方向とタイヤの接地点の進む方向のズレ、
これをスリップアングルと呼びますが、通常の領域(スキール音を発する前くらいまで)においては、
このスリップアングル(β)に比例してコーナリングフォース(CF)という横方向の力を発生させます。

この比例定数のことをコーナリングパワー(CP)と言って、タイヤの性能を示す大事な指標のひとつです。
(※パワーといっても、エンジンパワーやなかやまきんに君とはなんの関係もないので、あしからず)

なので、CF=CP×β で表すことができます。
ただし、CPは同じタイヤでもいつも一定ではなく、空気圧や路面状況や荷重などによって変化するし、
またスリップアングルが非常に大きくなる領域ではこの比例関係は成り立ちませんが。

それはともかく、上の図から分かるようにパラレルステアでは、
前輪の外輪も内輪も車両の内側に向かうコーナリングフォースを発生させて押し合うことになります。
正確には一直線上で押し合いしているわけではないので、車両全体を回転させるモーメント力にもなり、
そのため、後輪もコーナリングフォースを発生させてバランスするようになり
非常にややこしい話になるのですが、まぁここではそこまで考える必要もないでしょう。

なんにせよ、パラレルステアでも小回りできないわけではないですが、
タイヤは大きなコーナリングフォースを発生し合い、押し合いして無理矢理に曲がることになるので、
抵抗も大きくなり、タイヤやステアリングやサス機構に負担をかけて曲がることになるわけです。

仮にこのような状態で外輪だけ滑りやすいところ、例えば濡れたマンホールの蓋などに乗れば、
瞬間的に押し合いのバランスが崩れて、突然車両全体がズズッ!と外側に流れたりするわけです。
あるいは床塗装してあるような滑りやすい場所で小回りしようとすると、
ゆっくり走ってるのにやたらとタイヤがキーキー鳴いて、
B級映画のクルマの登場シーンみたいになってしまったりするわけです(笑)

 

では、世の中のどんなクルマでもみんなアッカーマンになっているかというと、そうでもありません。
極低速ではなく、少し速度を上げて、いわゆる旋回Gが発生するようになると状況が変わるからです。
B230212_1 
旋回G=遠心力が発生するということは、
それに釣り合う横力を4つのタイヤが発生しなくてはならないということなので、
後輪にもスリップアングルが発生してコーナリングフォースを発生しなくてはならないので、
例えば、この図のようになり、車両全体の旋回中心は後軸の延長線上のOではなく、
それよりも前方のO’に移動していくことになるのです。

ちなみに、この図から分かるように、ある程度の旋回Gでもって旋回しているクルマってのは
旋回中心に対して車両は斜めに傾いていて、後輪は外側に滑って進んでいるので、
ある意味ではドリフト状態で曲がっているのです。
つまり、クルマを運転している人は誰でもほぼどこでも全員がドリフトしてるんですよ(笑)

というのはさておいておくとして、このように旋回Gが発生するようになると
必ずしもアッカーマンが理想的とも言えなくなってくるわけなので、
世の中の大半のクルマはアッカーマンからパラレルの間のどこかに設定してあります。
メーカーによって、車種によって、アッカーマン寄りだったりパラレル寄りだったりしますが。

まぁ、フル転舵で小回りするのに普通の運転ではそんなに旋回Gを発生させないし、
ある程度旋回Gを発生させて曲がるのは中高速コーナーということを考えれば、
理想的には小舵角~中くらいまではパラレルに近くて、
そこからフル転舵になるほどアッカーマンに近くなるというのが良さそうです。

ベンツE(初代、W124)などはその理想を追っているのかなと感じさせられましたが……



それでも、それを完全に実現するには一般的なラックアンドピニオン式ではなかなか難しいですし、
ボク自身も含めてスバルでそこまでステアリングジオメトリを研究した人はいないので(汗)
正直なところよく分からないというのが事実なんですよね。

そして、他メーカーの内部事情は知らないのでなんとも言えませんが、
たぶんスバルはこのステアリングジオメトリにはかなり無頓着なメーカーで研究も進んでないでしょう。
ボクは少しはこのステアリングジオメトリ、つまり左右舵角差に関心を持って、
ちょっとだけ研究に携わったわけですが、まぁ正直言ってあまり深く研究するまで至りませんでした。

ただ、5代目サンバーの開発に携わっていた頃は、この舵角差小とキャスタ角小が原因で
舵の戻り不良・舵の巻き込みってなクレームが多発していて苦労(尻拭い?)させられたので、
6代目サンバー(最後の富士重工製サンバー、33E)の初期開発段階ではそれらの観点から
舵角差とキャスタ角の最適化を推進したりもしていたので、少しは舵角差に意識を向けてはいましたが。

また余談という感じになりますが、ラジコンカーではいろいろ試してみたりしてましたけど、
哀しいかなラジコンカーではステアリングフィールとかのフィードバックはないですしねぇ(笑)
でも、冗談抜きで、ラジコンカーでいろいろと試してみるというのは意外と役立つんですけどね。

 

さてさて、ステアリング機構をどのようにするとパラレルステアにすることができるのかは
まぁ皆さん簡単に想像できるでしょうけど、ではアッカーマンにするにはどうしたらいいでしょうか。
アッカーマンにするというより、ある程度左右の舵角差、内輪を外輪よりたくさん転舵するには
どのような機構というか、ステアリング装置の幾何学的な配置をどうしたらいいでしょうか。

昔のボールナット式でピットマンアームとアイドラアームを持つステアリング機構だと自由度があり
かなり理想的な舵角差を生み出すことができますが、今やほとんどがラックアンドピニオン式です。
スバルは早くからラックアンドピニオン式でやってますから、それについて説明しましょう。
※そもそもボールナット式って何? と興味がある人は各自ググッてくださいね。

ただ、ラックアンドピニオンでもそのギアボックスを前車軸より前に置くか後ろに置くかで違います。
B230212_2 
これも適当に絵を描きました。ちょっと適当というかいい加減過ぎるところもありますが(汗)

上側は現代のFF車のほとんどに採用されているステアリングギアボックス後ろ置きの場合です。
細かく説明するのは面倒ですが、タイロッドエンドを内側寄りに、ギアボックスを後ろ寄りにすると
転舵時の舵角差を大きくすることができます。

下側はスバル小型車など少数派のステアリングギアボックス前置きの場合です。
この場合は後ろ置きとは逆にタイロッドエンドを外側寄りに、ギアボックスを後ろ寄りにすると
転舵時の舵角差を大きくすることができます。

けど、タイロッドエンドを外側にしようとすると普通はその外側にあるブレーキローターと干渉するし、
タイヤ&ブレーキ全体を外側に追いやろうとするとスクラブ半径が大きくなって弊害も大きいです。
(実際にはキングピンは3次元で傾きを持っているのですが、ここでは単純化しています)

また、ギアボックスを前置きでも出来る限り後ろ寄りにすれば舵角差を大きくできるけれど、
FF車およびAWD車ならそこにはドライブシャフトなどがあるので限度があります。



というわけで、FF車およびAWD車でステアリングギアボックス前置き、つまりスバル小型車は
なかなか転舵時の舵角差を大きくしてアッカーマンに近づけるのが難しいレイアウトなわけです。

どうして、スバル小型車が伝統的にステアリングギアボックス前置きにしているのかは不明です。
現在主流のエンジン横置きFF、ダンテ・ジアコーザ式FFだとステアリング前置きはまず無理で、
逆にパワーユニットと干渉しない後ろ置きはごく自然にできますが、
スバルの水平対向縦置きではトランスミッションが邪魔で後ろ置きはやりにくいからでしょうか。

それでも、スバル1000を参考にしたと囁かれているアルファロメオ・アルファスッドは、
ボク自身もその後継車のアルファロメオ33に乗っていたのでよく知っているのですが、
ステアリングギアボックスをトランスミッションの上方、高い位置で後ろ置きにしていて、
ナックルアームもストラット上部に取り付けて、ストラット自体を捩じるようになっていて、
いろいろ工夫すれば後ろ置きもできないわけではないんですけどね。

ちなみに、さらに脱線すると、ラリっ娘ことプジョー106もエンジン横置きですが、
ステアリングギアボックスを高い位置で後ろ置きにしていて、ナックルアームもストラット上部です。
欧州車は比較的こういうレイアウトが見受けられましたけど、日本車だとあまりないですね。

 

それとも、スバル小型車の源流であるスバル1000の時には世の主流はFR車で
ステアリングギアボックス前置きが多かったので(とはいえボールナット式が主流でしたが)
その部分についてはそれらに倣ったということだったのかもしれません。

もっとも、スバル1000の時にはインボードブレーキを採用していたので
タイロッドエンドを外寄りに設定する自由度はある程度あったわけですが、
それでも主任設計の百瀬氏の談では別の理由で舵角差は少なめに設定されたらしいです。

まぁ、かなり昔の話ですから真意はよく分からないですし、
そもそもその頃のタイヤは現代の偏平ラジアルタイヤとは比べ物にならないくらいに
コーナリングパワー(CP)が低かったので、パラレルに近くてスリップアングル(β)が大きめでも
それほど過大なコーナリングフォース(CF=CP×β)を発生したわけではないので、
大きな問題はなかったと言えるでしょうけどね。
実際に赤Gことスバルff-1に乗っていたボクもそんな悪癖はあまり感じませんでしたし。

なにはともあれ、スバル1000以来、水平対向エンジン縦置きとともにスバル小型車は
ステアリングギアボックス前置きを踏襲することになり、(他社に比べると)
伝統的に舵角差は小さめで、アッカーマンジオメトリからは離れているようになっています。

ステアリングギアボックスを前置きする限りは、ステアリングジオメトリの自由度は限定されるので、
まぁ端からあまりステアリングジオメトリについてあれこれ研究することもなく、
おざなりというか、だから余計に舵角差を軽視するような風潮にあったのだと思います。

 

というところで、ステアリングジオメトリについて、つまりアッカーマンとか舵角差について
一般的な話はだいたいこのくらいで大丈夫でしょうかね。
※正直、この記事書くのにずいぶん苦労しましたよ。

ですから、次回はまたNPFとしてのフロントサスの先行開発の話に……戻りたいところですが、
ちょっと脱線して、21Zで舵角差を改悪してしまった話に触れてみたいと思います。

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コメント

はじめまして
わかりやすい説明でいつも楽しく読ませて頂いてます。舵角差ってステアリング機構でつけてたんですね。イニシャルトーアウトで差をつけてると思ってました
あと本筋と関係ない質問で恐縮なんですが、5代目サンバーのクレームでおっしゃっていた舵の巻き込みって具体的にどういった現象なんでしょう? 5代目サンバーに乗っているのですが、いまいちピンくるものが無いです
長文失礼しました

投稿: いくら | 2023-02-20 20:22

>いくらさん

はじめまして。コメントありがとうございます。

イニシャルトーイン/アウトで付ける量は転舵時の舵角差に比べるとほんの僅かですね。

5代目サンバーの件、仕様や状況や運転の仕方にもよるのですが、
フル転舵してハンドルから手を放して加速しようとするとハンドルが戻らない/戻りづらいというものです。
特にステアリング回りの回転慣性モーメントが大きくなる電動パワステ付で出やすかったです。
個人的には、戻った方がいいですけど、やはりハンドル放さず、運転手が戻すべきだと思いますけどね(汗)

投稿: JET | 2023-02-21 06:33

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