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NR1の先行開発としてのNPFのリアサス新規開発

前回記事では「酔い難い3rd席」の研究で少し道草を食ってましたし、ずいぶんと間があきましたが、
今回からはまたNR1に戻って、というよりNR1の先行開発としての
NPF(ニュープラットフォーム?)開発について紹介していくことにしましょう。
先ずはそのNPFの新リアサスペンションの先行開発の話です。

なお、この新リアサス開発だけで専用の先行開発コードがあったはずだけど、もう忘れました(汗)

どうして、NR1、NPF、先行開発コードとややこしくなっているかというと
量産車開発と先行開発では税制上の取り扱いが異なっていたりして
予算や工数をそれぞれ分離する必要があるから、それぞれ便宜上分かれているということです。
なので、実質的にやっている人もやっていることもごちゃまぜ状態なんですけどね。

ちなみに、このNR1、NPFの操安乗り心地に関連した業務は、
その他の幾つもの業務も兼任してやっていた担当(係長相当)のボクと
もうひとり若手の担当員O氏とだけでやっていました。

先行開発を重視する動きが少し出てきたといいつつも、当時のスバルの操安乗り心地では
21Z(4代目レガシィ)のサスチューニングに課長以下4人も5人もかかりっきりだったのに、
スバルの将来を左右する次世代プラットフォームの開発には1.5人分の工数もかけていないし
この新リアサス先行開発に限れば1.0人分にも満たないという、アンバランスさだったわけです。

 

さて、新しいリアサスの先行開発です。

66L(3代目レガシィ)から採用したマルチリンクサスは既に社内外から失敗認定となってたので、
というか、当時のスバルではサスブッシュを抉ったりサスリンク等を変形させないと動かないサスは
まともに設計できないということが明白になっていたので、
基本的には00X(B9トライベッカ)で採用したダブルウィッシュボーンサスとなるでしょう。

ただ、00Xのサスそのままでは強度的にはオーバースペックで逆に重量・コスト負担が大ですし、
日本国内でも販売する車種用としてはトレッド幅なども不適ですから、
新たに開発する必要があります。

というか、以前に書いたように、00Xのリアサスはトヨタ・アルテッツァを真似したハズなのに、
完コピではなくて、それが原因で結果的にいろいろな問題が生じてしまったので、
猿真似ではなく、ちゃんと本質を理解した上で新開発をする必要があるでしょう。

なお、00Xのリアサスで、特に悪路での耐久性で大きな問題が生じたと以前に書きましたが、
実はそのような地域(ロシアやチャイナの田舎)では他メーカーでも類似の問題が多かったようです。
ただ、スバルではフォレスター(初代&2代目)などが悪路走破性も悪路耐久性も抜群だったため
そのような地域でのそのような使い方のニーズと期待も高かったのに対して、
00Xのリアサスはその期待値に達していなかったというのが正確な表現なのかもしれないです。

その当時はまだロシアやチャイナ市場に進出したばかりでよく分かってなかったのも事実ですし。

 

そんなわけで、00Xのダブルウィッシュボーンサスを参考にしながら
新たなダブルウィッシュボーンサスを先行開発することになりました。

00Xでは開発期間などの制約もあって、アルテッツァを真似したわけですが、
それぞれのサスアームやブッシュなどの幾何学的・力学的な動きや役目をよく理解しないまま
さらに完コピせずに設計が適当に変形させてしまったために問題を発生させてしまいました。

その反省から、先行開発としては各サスアームやブッシュの動きや役割を把握すること、
つまり猿マネから脱却して、きちんとスバルとして消化できるようにすることを第一目標としました。

そして、先ずはサスペンションをスムーズに動かすにはどうすべきかからスタートです。
ダブルウィッシュボーンの定義はいろいろですが、
スバルではサスアームのピボット点をすべてピロボール(ボールジョイント)にしても作動するサス
という解釈をしています。

それでもピロボールではなくゴムブッシュを使うとブッシュの抉れは発生します。
ブッシュを抉れば、サスのスムーズな動きを阻害します。
なので、幾何学的にブッシュを抉らないようにそれぞれのサスアームを配置すべきだろうと。

それでもブッシュが抉られるようなピボットにはやはりピロボールを使う必要があるだろということで
ピボット点をブッシュにしたりピロボールにしたりといろいろと変更して、
その都度、台上試験のサス基礎特性を計測し、実際の走行性能、官能評価と突き合わせていき、
問題点を抽出し、最適な組み合わせを探るということをしてきました。

そんなことをやってみると、ピロボールを多用して完全にスムーズに作動させるようにすると、
ちょっと前にディーラーで試乗したマツダCX-60のような路面によってバネ下が暴れるような
問題が露呈することが分かったんですね。

なので、ブッシュを必要以上に抉るのは良くないが、少しは抉るように使うべしという結論を得ます。

 

ここからはどの程度抉るのが良いのか、抉って使うにはブッシュはどうな特性のものが必要か?
そんなことを理解するのに、思考実験も駆使しましたけど、それ以上にやったのは、
ブッシュの特性をいろいろと変えて走らせてみて確かめてみることです。

ただ、ブッシュの特性を指定して、部品メーカーに作らせていては、それだけで数ヵ月かかるし、
やみくもに多くの特性のブッシュを大量に作ってもらってとっかえひっかえ試験するのも意味ないし、
(まぁ量産に向けたチューニングでは金と時間と工数があるならそんなやり方もありですが)
なので、ボクらはその場でブッシュに穴を空けたり、釘や金属プレートを挿し込んだりして、
簡易的に特性を弄って、方向性を見出して、良いものが出てこればその特性を計測してもらい、
それと同等の特性を示すブッシュをメーカーに作ってもらうという手順で進めました。

おそらく、少なくともスバルでこういう開発のやり方をしたのはボクらが初めてじゃないのかな。
その後もそんなことをしたのかどうか知らないですし、
ある程度ノウハウが蓄積できてこればそのような泥臭いやり方は必要なくなってきますけど。

もちろん、ブッシュの特性だけでなく、ピロボールをどこに使うかとか、
各リンクの取付け位置をどこにすべきか、幾何学的および力学的に何が最適解なのかを探りました。

と、こんなことを書くと、その新しいリアサスはさぞや研究しつくしたかと思われるかもしれませんが、
実際にはまだまだやり残したことばかりで、正直なところとしてはボクは消化不良で終わりました。
なので、世界に誇れるような最新のリアサスを開発することができたと自慢することはできませんが、
それでもその時代ではまぁまぁまともなリアサスを先行開発することはできたでしょうし、
少なくともそれまでのスバルのリアサスの中では最新で最良のものの素地は作れたと自負しています。

 

そして、突然のようにNR1の構想が中断されることが決まって、
NPFの新リアサス先行開発もそのままうやむやのままにボクの手から離れて、
次期インプレッサ(3代目、初期の開発符号は仮称55Cだったかな)の構想がスタートし始めて、
そこでそのリアサスをどうするかで議論が沸き起こりました。2004年春ごろですね。

この頃は、まだGMの急激な業績不振の前ですが、すでにGMとスバルの関係はギクシャクしていて、
また、プレミアムブランドを目指すとかNBR最速の走りとかそういうのに疑問の声が出てきていて、
(※ボク自身は端からそれらに疑問を呈してましたけど、4代目レガシィ発売後に反省が出てきた)
とはいえ、それらを完全に否定するまでにも至らずに、社内でもギスギスしていた時代ですね。

その仮称55Cは当時の4代目レガシィのプラットフォームを利用することは決まってましたが、
(※傍から見ると4代目レガシィのプラットフォームは3代目と大差ないと思われてますが、
 実は軽量化・衝突安全性のために似て非なる部品ばかりの新プラットフォームになってます)
あのダメダメなマルチリンクサスでは性能も重量もコストも成立しないというのは明らかなので、
それまでの古臭いストラットを使い続けるか、あるいは先行開発したWウィッシュボーンにするか、
そこで議論が真っ二つに割れてしまっていたんです。

ボクとしては、当然ながら感情的には先行開発に携わったWウィッシュボーンの方がいいのですが、
これまた当然ながらボクはそういう個人的な感情論で意見するのは戒めてましたし、
そもそも、仮称55Cの開発には直接携わっていなかったので、意見する立場ではなかったです。

それでも、いまだにストラットのリアサスではもう時代遅れですし、
後席や荷室スペースという点でも商品力に問題がありますから、
いくらコスト的にはストラットが有利とは言っても、エンジニアとして客観的に考えれば、
ストラットよりWウィッシュボーンにすべきという結論に至るわけですが……

というか、もともとそういう考えだったからこそ、NR1専用のリアサスを先行開発するのではなく、
今後のスバル全車に使えるリアサスという視点でボクは先行開発をしてきましたからね。

そんな議論の中で、ついには、
ラリーでは4輪ストラットなんだから(インプレッサ)WRXはストラットにすべき、
みたいなラリーマシンと一般市販車を混同するような意見が出てきたり、
(WRカーのサスは市販車とはまったく別物だし、競技中の整備性なども重視される)
NBR最速にはストラットで十分(あるいはストラットの方が良い)みたいな意見が出てきて、
さすがに堪忍袋の緒が切れてボクは次のような報告書を書きあげて提出してやりました。

 

「スバル小型車向けRrサス(ストラット,マルチリンク,Wウィッシュボーン)サス基礎特性比較検討」です。

この報告書では、あくまで事実・数値だけでWウィッシュボーンが有利であること、
また他社との比較でも最も弱点がないことを明確に示したのですが、
最後の所見の部分では少し大口を叩いて、次のように書いていました。

                    (以下引用、自分で書いたのを引用というのも変ですが)
 55C以降スバル車のRrサスとして開発・投資の効率化という点ではひとつの形式に集約するの
が望ましい.ストラットは単純で開発しやすいという利点があるが,55Cだけストラットというの
は逆に開発負荷が大きくなるだろう.P88A,P21Zも視野に入れて戦略を検討したい.
                                       (引用終わり)

※P88A、P21Zの“P”はポストの意味で、それぞれ3代目フォレスター、5代目レガシィの意

この報告書が揉み消されることなく社内に発行されてことも、かなり奇跡的だったと思いますが、
これが功を奏したのかどうかは定かではありませんが、
その後ほどなくして議論は収束し、55CのリアサスはWウィッシュボーンへと決まります。

55Cは開発符号をZR1と変えて、3代目インプレッサ(XV含む)とWRXへとなります。
また、それをベースに3代目フォレスター、初代エクシーガ、5代目レガシィへと続きます。
その後も、5代目インプレッサのグローバルプラットフォームとなるまでは、
基本的にこのNPFとして先行開発したWウィッシュボーン・サスが使われていくことになります。

それに、グローバルプラットフォームのWウィッシュボーン・サスも
あるいはFRのBRZ(トヨタ86、GR86)も含めて
このNPF先行開発のものを下敷きにして進化させたものだと理解できますから、
2世代~4世代、10年から20年に渡ってスバル全車にほぼ共通して使える
リアサスの基礎を先行開発できたとも言えます。

 

このようなことでは、ボク自身は消化不良だったとはいえ、
まぁスバル(ブランドとしても会社としても)にはそれなりに貢献することができたし、
スバルを少しでも良い方向に導くことができたと自己満足と自己納得(自己肯定)してますけどね(笑)

中には、とんでもない愚作を残しやがって苦労させられた、なんていう後輩もいるかもしれませんし、
一緒にやっていたO氏や設計者の方々がどのように思っているのかも分かりませんけどね(汗)

では、次回はNPFでもフロントサスの先行開発の話……ではなくて、
その前に、このWウィッシュボーン・リアサスの雑誌マガジンXの評価なんぞを振り返りましょう。

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