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新書「あ゛」を読了

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中公新書ラクレの「あ゛ 教科書が教えない日本語」山口謠司著を読みました。
 なお、本書のタイトルの「あ゛」は本当は“あ”に濁点“゛”を付けた1文字なのですが、
 本ブログでは文字コードがなく表示できないので、“あ゛”と2文字で表示します。
 以下、本書の紹介および引用についても同様の表記もしくは☐などで空白表記とします。

「あ゛」というタイトルはおそらくインパクト重視で付けたもののようで、
「あ゛」について長々と解説しているわけではなく、また新たな日本語表記だけでもなく、
サブタイトルにあるように一般的に教科書では教えないような日本語にまつわる様々なことが
あれこれと書いてあるのが本書の内容になります。

ちなみに、著者の著した本は、ボクは〈 ひらがな 〉の誕生」と「てんまる」を読んでますね。

幾つか面白そうな内容を断片的に紹介しておきましょう。

 

まず、タイトルにもなっている「あ゛」ですが、当然誰が最初に使いだしたかなんて証拠はないのですが、
著者が最初に目にしたのは高橋留美子のマンガ『らんま1/2』だったそうです。
ただ、「あ゛」とも『らんま1/2』とも関係ないのですが、天才バカボンについて書いてあります。
                                    (以下引用)
 ところで、このマンガについて、赤塚不二夫は、『週刊少年マガジン』連載第一回の、扉
絵の部分に、「バカボンとは、バカなボンボンのことだよ。天才バカボンとは、天才的にバ
カなボンボンのことだよ」と書いていたとされます(筆者実物未見)。
 フランス語には「放浪」を意味する「Vagabondage(ヴァガボンダージュ)」、「放浪者」を
意味する「Vagabond(ヴァガボン、女性の場合はヴァガボンドゥ)」という言葉があります。
                                   (引用終わり)

フランス語のVagabondは知りませんでしたが、バカなボンボンというのも知りませんでしした。

まぁ、ただそれだけのことですが、この話から「バカ」という言葉の由来などを経て、
濁点がついた言葉で始まる日本語は不潔・不快を感じさせるという話に展開していき、
そこから古来の日本では濁点がついた言葉はほとんどなく、
だから濁点の発音を表す仮名も作られず、「゛」という記号もなかったのだそうです。

 

これよりも面白かったのは、「を」、「は(例:私は)」、「へ(例:海へ)」などについて
それぞれのルーツなどを解説している部分です。「を」について紹介しましょう。
                                   (以下引用)
『を』は、漢字「遠」の草書体から生まれた<ひらがな>です。『ヲ』は「乎」を略して作
られました。(中略)
 さて、「遠」と「乎」の共通点はわかりますか?
 まさか! と思われるでしょうが、「大きな声」です。
「遠い」所にいる人を「呼ぶ」には、「大きな声」が必要です。「おーい」と呼びます。「あ
ーい」「うーい」「えーい」とは言いません。これは日本語だけでなく、英語でも同じです。
「乎」は、「呼(ぶ)」の旁の部分を書いたもので、古代中国語(漢文)では、文末を強調す
るための助辞として使われます。「呼」とは、喉の奥から叫ぶほどの大きな声を出すことを
意味します。                            (引用終わり)

へぇーですね。だから、「を」は叫びから強調を意味するようになったとのこと。
なので、「を」は無くてもだいたい意味はとおることになるというわけです。

それから、「は」、「へ」ですが、というより「はひふへほ」ですが、
奈良時代は「パピプペポ」、江戸時代になる頃は「ファフィフゥフェフォ」と発音していたそうです。
                                   (以下引用)
「はは」は、飛鳥時代から奈良時代、なんと「パパ」と呼ばれていたのです。
 そして、同時代に生きて、後の藤原家の家祖となった「藤原不比等(六五九~七二〇)」
は、「プディパラのプピティォ」と発音されていたのです。       (引用終わり)

ボクの頭の中では藤原一族はひどい奴という印象なんですが、
「プディパラのプピティォ」と言われるとなんだか可愛らしく聞こえちゃいますね(笑)

まぁ、この話から、なんで「は」を「ワ」と発音し、「へ」を「エ」と発音するのかまでには、
長い説明を要するので、ここではそこまで紹介しませんけどね。

 

なお、著者は「あ゛」みたいな今までの日本語になかった文字や表現を否定する立場ではありません。
かといってなんでもありということでもなさそうですが、「おわりに」で次のように書いています。
                                   (以下引用)
 日本語、そしてわが国の「国語」というものは、とても不思議な生き物だと思います。
 この不思議な生き物を使って我々は文化を担い、創って来ました。
 その背景には、「いろは歌」と「五十音図」という「対」の文化があったのです。
 そして、また古代から日本人は、言葉を駆使してたくさんの遊びをしてきました。
 もっと、もっと言葉で遊びましょう。(中略)
 みんなが理解できて、感情を豊かに表現できる日本語を創ること、そのためにはもっと
「国語」に対する意識を高めていくことが大切です。
 日本の「文化」の根源は「国語」です。
「あ゛」や「ん゛」などの新しい文字ももっとたくさん創っていきましょう!
 おもしろい! と思うことをたくさんやっていれば、いつかきっと、みんなで共有できる
新しい「五十音図」や新しい「いろは歌」もできるに違いありません。  (引用終わり)

たしかに新しい文字を創っていくのは面白いことだと思いますが、
今や手書きで書くこともほとんどなくなってしまっているので
文字コードのないものは使いようがなくなってしまっているのも事実ですよね。
だからといって、絵文字・スタンプを多用するのも「みんなが理解できる」かどうかギモンですし。。。

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