GM共同開発車SGXの目標性能=VTSすり合わせ
前回の記事では、2000年の年末くらいからGMとの共同開発となる仮称SGXについて
その企画概要とそれに基づいてボクが操安乗り心地の目標性能を設定したことなど書きました。
ただし、GMとの共同開発車であるからにはGMと目標性能のすり合わせが必要ですから
本日はその辺のことを書いて行こうと思います。
ところで、前回記事でも、それ以前の記事でも折に触れたように、
スバルでは実質的に各実験部署の担当員が目標性能を設定しています。
もちろん、上司の承認を得て、実験総括部という部署でまとめられ、実験総括部長と
商品企画部門のPGM(プロジェクトゼネラルマネージャー)の承認を経て最終決定されるのですが、
細かな目標性能の項目やその数値は各実験部署の担当員が設定して、ほぼそのまま決定されます。
そして、その目標性能を達成する責任は、図面化する設計ではなく実験部署にあるとされています。
自分で目標設定して、自分で達成するという高尚な? いや不思議な開発手順となっています。
普通の商品開発の流れだと、商品企画部門が目標設定して、設計部門がそれを実現するよう図面化し、
それを実験部門が目標性能を満足しているかを確認して、開発が完了するのが一般的でしょうけど、
いろんな理由や経緯によって、スバルではそんな開発手順になってしまっていたんですよね。
では、共同開発の相手であるGMはどうなっていたかというと……
まず、GMでは目標性能のことをVTS(Vehicle Target Specification)と呼んでいて、
そのVTSを設定する部署は実験部署ではなく、もちろん商品企画部門にありました。
というか、VTSを設定する専門部署が商品企画部門の中に独立して存在するという形です。
スバルでは細かな目標性能項目はそれぞれの実験部署の人でないと理解できなかったり
競合他社の実力値を把握できていなかったり、法規や市場の動向を予測できなかったりするので、
だからこそ実験部署の人がその都度それらを調査したりして目標性能を設定していく必要があるのです。
一方、GMでは既にVTSの項目が定型化されていて、
競合他社の実力、既販車の実力などもすべてデータベース化され一元管理されていて、
法規や市場の動向もその商品企画内のVTS設定専門部署に共有化されていたわけで、
商品企画の狙いに沿って純粋にあるべきVTSを設定するという手順が踏めるようになってたのです。
スバルのように自分で目標性能設定して、自分に達成責任があるとなると、
やはり人によってはあるべき値というより達成できる値を目標としてしまいがちです。
また、本来は設計部署が目標を達成すべく図面化するべきだと思うし、
それが設計の仕事の醍醐味のはずなんだと思うのですが、
なぜかスバルでは目標達成の最終責任は実験部署にあるとされてしまっていたので、
余計に達成できる値を目標にしてしまいがちだし、
設計は目標達成に対して他人事になってしまいがちだったんですよね。
なお、性能責任は実験ですが、コスト(原価と投資)と質量だけは設計責任とされていたので
(※品質については線引きが曖昧となっていたのも、これまた問題ありですが……)
なおさら設計部署はコスト・質量と相反することも多い目標性能達成には後ろ向きになりがちでしたね。
もっとも、スバルとGMでは企業規模、車種ラインナップが全然違うし、企業風土も違うので、
どちらのやり方や組織が良いとは一概に決めつけられないのも確かですけど。
まっ、そのスバルの開発手順上の問題はさておき、GMとの目標性能・VTSのすり合わせです。
当然ながら、目標性能を設定している当事者同士で擦り合わせていくことになります。
つまり、スバル側では実験総括部が取り纏めをするものの詳細はそれぞれの実験部署の担当員であり、
GM側ではその専門の目標性能設定部署の人となります。
そして、基本的にGMの方が親会社(筆頭株主)ですし、共同開発の企画はGMからの提案ですし、
GM側が企画して、実際に開発する主体はスバルというスタイルですから、
GMの目標性能が優先され、それに対してスバル(として売る車)の目標性能が決まるという順番です。
衝突安全性とか排ガス・燃費などのような性能については、各国の法規や情報公開があったり、
あるいはそれらに準じた国際的もしくは各国の試験法や基準が定まっていたりするので、
それぞれの自動車メーカーでもある程度似たような目標性能項目で似たような試験法なのですが、
操縦安定性や乗り心地となると各メーカーが独自の目標性能項目・試験法・評価基準を使ってるので
この目標性能の“すり合わせ”ってのがかなり難儀になってしまうんですよ。
そもそも、メートル法でなくて江戸時代の尺貫法を未だに使い続けているのと同じように
未だにヤード・ポンド法を使い続ける前時代的ローカル企業のGMですから、
単位一つとっても一筋縄ではいかないのですが、
一方で弱小自動車メーカーのスバルにとっては、
試験装置・試験設備などで到底評価が出来ないようなそんな目標性能項目も多々あるわけです。
それでも、操縦安定性は個人個人の好き嫌いを除いた運動性能という点では
工学的にきちんと定義できるものですから、
試験方法や試験条件が異なっていても同一概念のことを指していて、換算可能なことも多いです。
例えば、アンダーステアの度合いを表すのに、日本では普通スタビリティ・ファクタ(SF)を使います。
大抵は、旋回半径一定の円に沿って、極低速から徐々に速度を上げて旋回していき、
その時にハンドルを徐々に切り増していくことになるのですが、
(オーバーステアの車両なんてこの世にまずありませんが、その場合は徐々にハンドルを戻す)
横Gの増加を横軸に、初期のハンドル角に対するハンドルの切り増し割合を縦軸にした時の
グラフの勾配がそのSFに相当する値となります。
一方、SAE(アメリカ自動車技術会)ではアンダーステア・グラディエント(UG)を使うようです。
これも色々な試験法があるみたいですが、GMでは車速一定でハンドルを順次大きく切っていって
安定した状態でのハンドル角と横Gの関係から、横Gとハンドル角切り増しとの関係を示しています。
だだっ広いスキッドパッドがあるからこそ試験できる試験法です。
それで、SFもUGも本質的には同じ概念を違う形で表現しているだけに過ぎないのですが、
工学的にちゃんと考えて換算式を導き出して、それをGMに納得してもらわなければ、
スバルの試験方法でもOKか、スバルの目標性能と整合するかを理解してもらえないわけです。
自動車工学にて運動方程式を立ててこのSFとUGとの関係を紐解くと
結論的には、UG=(180/π)×ℊ×ℓ×SF となります。
ここで、UGの単位は[゜/ℊ]、SFの単位は[m²/s²]で、ℓ はホイールベース[m]です。
こういうことを、GMの目標性能の操安乗に関連するすべての項目に渡って検討して、
これは両者一致、これは換算、これはスバルに新規項目追加、これは不要などと決めていくわけです。
で、本来的にはこれらの目標性能のすり合わせは、スバル側窓口は実験総括部であるのですが、
上述のように操安乗に関連する目標性能はやたらとこのような換算が必要だったりして
全体の目標性能のすり合わせのうち、操安乗の占める割合が大きくなってきたこともあり、
実験総括部をいちいち窓口とせずに、GMと直接やりとりをしていくようになります。
というか、実験総括部のSさん(先輩でもあり、その後に上司にもなる方ですが)にしむけられて
GMと直接やりとりしたり、操安乗だけでなく当時SKCに在籍していた部署のまともすることになり、
なんだかSGXの準プロジェクトメンバー的な役割を担わされるようになってしまいました。
ですから、その頃は毎週1~2回は、SKCから群馬製作所に打ち合わせのために
片道約1時間、往復では2時間ほどかけて出張してました。
出張といっても、出張旅費もでない出張ですし、ガソリン代自腹のマイ通勤車を使っての移動だったり、
昼休み時間を使って途中のコンビニで買ったおにぎりを食べながらの移動だったりして、
まぁ今となっては、そして原則的にはダメダメな働き方をしていましたねぇ。
そう、ボクは残業時間はちゃんと付けることにしてましたので、明確なサービス残業はしませんでしたが、
これなんかも一種のサービス残業と同じことですからねぇ。
それでも、必要な仕事だと思っていたし、上司に命令されるがままの仕事でもなかったから、
まぁ少しはやりがいを感じてやっていたので、それほど嫌とも考えてませんでしたけど。。。
それでも、片や21Z(4代目レガシィ)のサスチューニングに5人も6人も掛かりっきりなのに、
こっちはボクと手取り足取りで育成しながらの部下1名だけで
あれやこれやとこなさなければならないというのには疑問しかなったですけどね(怒)
というわけで、SGXの企画・開発の初期段階では、ボクはGMとの目標性能=VTSのすり合わせに
かなりの工数・労力を割くことになり、かつAWD関連などの業務も多くてテンテンコ舞い状態でした。
という、忙しい自慢をしたかったわけではなく、SGXのその他の初期検討が不十分になったという
そんな少し後悔&反省をしなくてはならないという結果になってしまったのです。
なので、忙しかったというのは言い訳でしかないんですけどね。
ということで、次回はその辺のことを含めて台車製作について書いてみたいと思います。
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