文庫本「純粋機械化経済」の上・下を読了
日経ビジネス人文庫の「純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落」上・下
井上智洋著を一気に読みました。
上下2冊に分かれていて、それぞれはさほど分厚くはないですけど、
それでも全体で600ページ近くにも及ぶので、それなりにボリュームはありました。
ただ、経済学の専門用語もそれなりに出てくるものの
文章は比較的平易で、理路整然と書かれていて、各章ごとに箇条書きにまとめがされており、
内容的には分かりやすく読み進めることができるようになっています。
また、著者の井上氏はもちろん経済学者でありますが、
ボクは以前に彼の著した「人工知能と経済の未来」を読んでますし、
他に去年にも共著ですが「資本主義から脱却せよ」を読んでますね。
というのは、本書を買ってから改めて気づいたことではありますが……(汗)
帯に書いてある「AIが……」とか「大分岐」などの言葉でなんとなく
本書の内容も想像はできそうですが、
それでもタイトルの「純粋機械化経済」って何? って感じですけど
機械弄りは好きなボクですから(笑)、ちょっと興味を持って買って読んでみたというわけです。
本書はボリュームもあるし、古今東西様々な経済学者や人類学者などの発言も引用されつつ
人類誕生以来の経済・社会などのあり方などにまで遡ってあらゆる角度で論じられています。
そういう意味では、ユヴァル・ノア・ハラリ著の「サピエンス全史」や「ホモ・デウス」
とかにも共通した部分もあり、実際に本書でもハラリ氏の引用も多々ありますが、
簡単に「純粋機械化経済」って何? という部分を紹介しておきましょう。
それは「下」のかなり後半になってから登場する言葉ですが。
(以下引用、一部改行位置変更、参照図は省略)
そうすると、「高度経済成長よ、もう一度」と夢を抱いたところでかなわないとい
うことになるが、私はかなうと思っている。AIなどがもたらす革命である第四次産
業革命は、成熟した個々の経済成長に関する閉塞状態を打ち破る可能性がある。なぜ
なら、AI・ロボットが人間の労働の大部分を代替すると、図7・6のような生産構
造になるからだ。
インプットはAI・ロボットを含む機械のみで、労働は不要となっている。フラン
スの経済学者トマ・ピケティはこのような経済を「純粋ロボット経済」と呼んだが、
ここでは「純粋機械化経済」と呼ぶことにする。
今でも、ロボットの製造で有名な日本の企業、ファナックの山梨にある工場に行く
と、無人に近い工場の中でロボットがロボットを作っているというSF的な光景が見
られる。その光景が全産業に広がったような経済が純粋機械化経済だ。(引用終わり)
なるほど、トマ・ピケティは有名なので、彼の本などは直接読んでいませんし、
「純粋ロボット経済」という言葉も知りませんでしたけど、
それと同意語として「純粋機械化経済」と言うのであれば概念的には難しくはないですね。
そして、著者はその「純粋機械化経済」を労働者がAI・ロボットに仕事を奪われるという
単なるディストピアとしての面だけをとらえているのではなく、
BI=ベーシック・インカムの導入によってユートピアにできると説いています。
そのことも理由も含めて詳しく書かれていますが
最終的には3つのリンゴとして次のように簡単にまとめています。
(以下引用)
人類の歴史には、三つのリンゴに象徴される劇的な変革があった。
一つ目はアダムのリンゴで、これは紀元前9000年頃に始まった農耕革命を象徴
している。この革命によって、狩猟採集社会から農耕社会への転換がなされた。
(中略) 確かに、楽園にいた二人は
豊富に実る果実を採集して食べていたが、追放された後アダムは死ぬまで苦労して土
を耕して食物を得なければならなくなったと『旧約聖書』に記されている。(中略)
二つめのニュートンのリンゴは、ニュートンがリンゴの木からその実が落ちるのを
見て万有引力を思いついたという逸話から、17世紀の科学革命とそれに続く工業革命
(第一次・第二次産業革命)の象徴と見なすことができる。(中略)
三つ目のジョブズのリンゴは、情報革命(第三次・第四次産業革命)の象徴だ。こ
のリンゴは、言うまでもなくジョブズらが設立したアップルを指している。情報革命
による工業社会から情報社会への転換が、今まさに進行中だ。 (引用終わり)
BIが必要な理由はこれに続いて次のように書かれています。
(以下引用)
経済が成長するには需要が増大しなければならず、そのためには貨幣量の増大と
BIのような大規模な再分配の両方が必要となる。
国家がしかるべき役割を果たさなければ、ジョブズのリンゴも毒リンゴになるだろ
う。資本家とスーパースター労働者はITによって大いにエンパワーされるが、一般
的な労働者はむしろ貧しくなる可能性があるからだ。
ITは、雇用を奪い、格差を拡大させ、貧困を生むだろう。経済を成長させるに
も、雇用なき世界で人々が暮らしていくにも、BIが不可欠だ。(中略)
AIとBIによる脱労働社会の到来は、私たちの社会が狩猟採集社会に回帰すると
いうことを意味する。未来の社会は、サイバネティックな狩猟採集社会(サイバー狩
猟社会)となるのである。労働時間が短くて自由でノマディックな社会だ。
ただ、狩猟採集社会にあった平等だけは放っておいても達成されない。平等な社会
を実現するには、中枢たる国家の役割が重要となる。 (引用終わり)
こうなるなら確かにユートピアだなと、もう働いていないボクでもそれは歓迎なんですが、
はたして本当にそうなるんかいな? と思わないでもないですし、本当だとしても
今の日本の政治を見ていると、国家が役割を果たしてくれるだろうかと心配になりますが……
けれども、著者は本書の中ごろでは、このAI化の各国による格差についても論じていて、
AI化に乗り遅れると経済的にも軍事的にもシュリンクして国家存亡の危機に至ると論じています。
そして、日本のAI化・IT化については次のように皮肉られて、危惧されています。
(以下引用) AI化の前段階としてのIT化
の段階で、日本はアメリカや中国に後れをとっている。日本のIT化もかなり進んで
いるのではないかと思っている人もいるかもしれないが、マイナンバー通知書のコピ
ーを郵送で送付しているような国が、IT先進国なわけがない。
中国で名刺交換をデジタル化しているこの時代に、日本ではいまだに名刺を渡す時
のマナーがどうしたこうしたといった内実のない議論にかまけている。
印鑑が必要なのでペーパーレス化できないといったこともそうだが、つまらない慣
習にとらわれ過ぎて新しくて便利な技術を導入できない。 (引用終わり)
まさしくその通りですな。
民間企業、それも製造業でのロボット化はそれなりに進んでいる日本ですけど
その民間企業でも中小企業となるとロボットより職人技に頼って
それが日本の強みとも言われてしまうわけですし、
その製造業でも管理業務となると完全にお役所的とか昭和かよと揶揄される状態ですからね。
それこそ、先ほど「国家の役割が重要」とされているのに、
その国家がお役所的とか官僚的と言われるような「つまらない慣習にとらわれ過ぎている」わけで
それとAI化に欠かせない技術者の教育、その元となる基礎教育の充実も含めて
国家が今すぐにでも真剣に舵取りをしないと、本当に日本という国家は亡くなっちゃうかもね。
まっ、その頃にはボクはこの世にいないだろうけど……なんてね。
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