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MT用AWDは新型VTDと呼ばれて開発したけど……

前回記事ではちょっと意図的に脱線して愚痴ってしまったのですが、
前々回の記事で21世紀初頭のスバルのMT用AWDの新システムを開発しようとしていて
3つの考え方というか流れがあったと書きました。そのおさらいになりますが、

(A)は、電制カップリング式、MT版新ACT-4です。ボクのイチオシでした。
(B)は、センターデフ上等、リア偏重トルク配分上等という頭から抜け出せない考えです。
(C)は、電子制御なしでトルク感応式センターデフを安く内製しようという考えです。

結局、といっても最終的には新システムはとん挫して世には出ないわけですが、
開発としては、(A)は豊田工機のITCC+新ACT-4制御での試験車はありほぼ完成してたものの
制御コントローラーのコストをどうするかでトランスミッション設計部は後ろ向きで、
また、声の大きいNBR最速ごっこの(B)からの反対もあり、塩漬けにされたままになります。

それで、トランスミッション設計部は(C)のトルク感応式センターデフの内製を模索するのですが、
やはり声の大きい(B)に寄せて、リア偏重トルク配分でのトルク感応式センターデフに傾注します。
そして、あわよくばAT用のVTDもこのトルク感応式センターデフに統一できないかということで
仮称ですけど新型VTDという名称をつけて、これを開発することで進んでいきます。

なぜ、内製にするかというと、トルセンなどから購入するとパテント料も含めて高いからです。
ただ、内製といっても部品単位では関連メーカーに作ってもらうわけですが
トランスミッション設計部のOBがその関連メーカーに天下っていたとかとも無縁ではないはずです(呆)

 

ところで、トルセンではウォームギアを利用した高TBR(トルクバイアスレシオ、LSDの効きの強さ)の
TypeAと、ヘリカルギアを利用した低TBRのTypeBやTypeCなどがあります。
また、TypeAは50:50のトルク配分になり、左右デフにもセンターデフにも使えますが、
TypeCは60:40とか40:60とかのトルク配分となり、センターデフ専用です。
そのTypeCを少し複雑にして50:50にしたのがTypeBで左右デフ専用になります。
実際に販売されたのはA→B→Cの順だと思いますが。

それと、確かTypeAはある程度高粘度のギアオイルでないと使えないのに対して
TypeCではATFなどの低粘度のフルードでも使えたと記憶しています。

そして、なによりTypeAはかなり特殊な加工技術が必要で、それらのパテントも含めて
他のメーカーではなかなか製造することが出来ていないのですが、
TypeCまたはTypeBは比較的容易に製造することが出来ます。
(といってもメーカーによって良し悪しの差はありますが)

このころのスバルはデルタAWD(オペル・ザフィーラのAWD化)をきっかけに
トルセン(当時はボッシュ傘下)にいろいろと試作品を作ってもらって
TypeAトルセン搭載レガシィ(トルセンでなく単なるオープン・センターデフも)やWRX、
前輪偏重/後輪偏重トルク配分TypeC搭載フォレスターなど何台もの試作車を仕立てて
トルク感応式センターデフAWDのノウハウを得ていきました。

散々トルセンに試作品を作らせてノウハウだけ得て(いちおう対価は払ってますが)、
あとは内製しちゃおうっていうわけですから、
まぁちゃっかりしているというか小ズルいやり方ですな。

 

けれど、スバル内製のトルク感応式センターデフにするといっても
トルセンTypeAの真似は出来ないので、TypeCの真似をするしかありません。
つまり、50:50ではなく60:40とか40:60の前後不等トルク配分になるわけです。

デルタAWDの検討では、トルク感応式センターデフならオペルとしてもスバルとしても
後輪偏重トルク配分より前輪偏重トルク配分の方がまだマシという結論だったわけですが、
この時のスバルはNBR最速ごっこの影響もあって40:60の後輪偏重トルク配分で進みます。

この記事のように後輪偏重トルク配分にしたからといってよく曲がるようになるわけでもないけど
前輪が先に空転しはじめるか後輪が先に空転しはじめるかには大いに関係があり
後輪の荷重配分以上の後輪トルク配分だと後輪が先に空転してスピンを誘発して危険です。
ただし、トルク感応式センターデフのTBRが高ければカバーできるのでなんとななります。

例えば、基本の前後トルク配分が40:60でTBR=20%ならば、
実際には60:40~20:80までの間で前後トルク配分は不定となるので
前後重量配分が60:40のFFベースのAWDでも氷上で後輪が先に空転することは防げます。

まぁ、このあたりの話はあくまでも理論上ですけどね。
それに、TBRは加速側だけでなく減速側(エンジンブレーキ)も考慮する必要もありますが。
このようなことから、新型VTDでも構造上TBRを高くしにくいTypeCモドキですが
その中でもTBRを高めることが必須となります。

後輪偏重トルク配分のトルク感応式センターデフの新型VTDには否定的なボクでしたけど
仕事ですから実験部署としてやるべきことはちゃんとやりますから、
試験車も製作してもらい各種試験をして必要なTBRの値も見定めていきました。

 

そして、TBRとともにTi (イニシャルトルク)の設定もあれこれと試験して提案しました。
トルク感応式LSDというのは入力トルクに応じてLSD効果が変わるわけですが
それだけだと入力トルクがゼロの時にはLSD効果もまったくなくなることを意味します。
だから、1輪(左右デフなら片輪)が空転するとLSD効果がなくなって空転しっぱなしになるので
その時でも僅かなLSD効果が残るように摩擦抵抗を与えておき、その分がTi になるわけです。

ただし、このTi は各輪が自由に回転するのを妨げることにもなるので
極端に付ければタイトコーナーブレーキ現象がでたり振動などの原因にもなったりします。
一方で高速走行時などに旋回しにくくなる、言い換えれば直進安定性が良くなるので、
安心・安全のスバルとしては伝統的に重視していた性能ですから、その点でもTi は重要です。

もっともこの時期のスバルは安心・安全よりNBR最速を向いていましたけど
少なくともボクは自分の仕事としては安心・安全のスバルを捨てるわけにはいかないので、
このTi についてもかなり強くトランスミッション設計部には要求しました。

 

ということで、いちおう新型VTDはいちおう舗装路でも氷雪上でも
操安性としてなんとかなるレベルのモノになってきたかなというところまで行きました。
まっ悪路走行などはたぶんダメだったでしょうけど、これはボクの仕事の範囲じゃないしね。

そして、ここまでになるのに4年近くもかかったということになります。
まぁ、ハードウェアの問題ですから、何度も試作品を作って試験をしなければなりませんし、
実験部から要求しても、なかなかそれを満たす試作品ができなかったりしたわけですが。

けれども、ここまで来てもボクはこの新型VTDは世に出すことは出来ないと思ってました。
何故かというと、チェーン装着時の安定性という大問題が解決できないからです。

その「チェーン装着時の安定性」とは何かというと、スノーチェーンは駆動輪に履くものですが
FFベースのAWD(スバルも同じ)は前輪にチェーンを履いて、後輪はそのままです。
すると、氷雪上で前輪は少しグリップしますが、後輪は滑りまくります。
FFなら後輪は駆動しないけど、AWDでは後輪も駆動するので空転しやすくなります。
それが、後輪偏重トルク配分ならなおさらチェーンのない後輪は空転しやすくなります。

そんな状態で、例えば氷雪路の丁字路などで左折しながら発進しようとすると……
チェーンを履いた前輪は左向きに引っ張るのに、後輪は空転しいとも簡単にスピンします。
ましてや、そのタイヤがカチカチの溝の少ない超偏平のスポーツタイヤならコマのようにスピンします。

なので、たとえスポーツタイヤでも雪上試験をして
後輪のグリップ力を最低限確保するのにとても苦労するわけですし、
それでこの記事のように、ブリヂストンと揉めに揉めたということもあるわけですが……

ただ、このチェーン装着時の安定性に関しては、上司はタイヤで解決できると言い切ったんですよね。
つまり、それは量産車開発(新車開発)でのタイヤ開発でやることであって
AWDの先行開発としてボクの業務の範疇ではないから口を出すなと。

まぁ確かにオールシーズンタイヤとまでいかなくても、普通の乗用車向けの細かな溝のあるタイヤなら
タイヤのコンパウンドなどを工夫すればチェーン装着時の安定性は確保できるし
その意味ではタイヤがまともならば、AWDに対する要求も大してないんですけど、
NBR最速とか筑波最速なんてやってればそんなまともなタイヤを履くわけもないからねぇ(笑)

ただ、ボクだってそこまで言われちゃえば
あぁそうですか、なら先行開発では確認もしません。となりますわな。

ちなみに、上記のボクがブリヂストンと揉めていたことも、その上司は気に入らなかったようです。
おそらく購買本部からもクレームが入っていたのだと思いますけどね。
購買本部とブリヂストンはズブズブの関係となっていたし
部品メーカーは性能(実験部門)で決めるのではなくて購買戦略で決めると考えていたようですし。

それに、誰とは言いませんが、ブリヂストンのゴルフクラブとかロードバイクとか
なにかと色々と私的にお世話になっていた人もいたみたいですし……あっ噂ではね。

 

あっ、また脱線気味になってしまいました。
で、新型VTDはいちおうチェーン装着時安定性を除いて先行開発としては
なんとかモノになりそうというところまできました。
※先行開発としての開発完了(=量産化への開発OK)はしてませんけどね。

そこで、当初、新型VTDは当時、開発符号でNR1と呼ばれた車種から採用する計画となってました。
NR1ってのは、両側センターピラーレスのスライドドアをもつ3列ミニバンでありながら
クーペチックなカッコウでスポーツカー顔負けの走りができるという、そんなモノが実現するとも、
たとえ実現できてもそんなスバル車が売れるとも思えないような構想の車種でしたが。

また、NR1はその前段階では仮称NPF=ニュー・プラット・フォームで先行開発が行われていて
その仮称通り、丸々新規のプラットフォームを作るというなんともバブリーな企画・構想でした。
もっとも、当時のスバルは共通プラットフォームの概念はなかったので
シャシー、コンポーネンツを一新するというくらいの意味合いでしかなかったですけどね。

で、そのNPFの先行開発からNR1の初期構想くらいまでは
ボクも操安乗り心地の実験として関わっていたので(その話はまた別途したいですが)、
そのNR1での新型VTDの量産化までボク自身が携わることになるのか
他の誰かに託することになるのかは定かではないものの
なんにせよチェーン装着時安定性が決定打となって新型VTDは量産化断念するだろうと予測してました。

結果的には、2005年10月にGMの業績不振が原因で、スバルは放出(提携解消)され、
トヨタに拾ってもらい、それを機に社長も竹中恭二さんから森郁夫さんに代わり、
社内的には「プレミアムブランドを目指す」とか「(NBR最速)走りのスバル」とか言わなくなり、
当然ながら、NR1は構想半ばで開発中止が決定されます。

それとほぼ時を同じくして、ボクは操安乗り心地の実験部署から実験総括部(SJSB)へと異動します。
実際にはこれらが一瞬のうちに起ったわけではなく、時系列的にも前後しながらですが、
2006年1月、その年の冬期雪上試験をする前にボクは異動することになりました。

ところが、新型VTDだけはトランスミッション設計部がせっかく開発したのだからと思ったのか、
あるいはOBが天下りした部品メーカーと裏取引があったからなのか知りませんが、
その後に新型VTDを次期レガシィ=5代目レガシィ(EZ5)に搭載しようという話になっていきます。

もうその時はボクは操安の実験には直接関与してませんし、EZ5の開発にも直接関与してませんが、
どうやらそのEZ5の開発中に量産タイヤの開発の一環としてチェーン装着時安定性も試験されて
こりゃダメだとなって、新型VTDも完全に葬り去られるということになりました。

もうこの頃にはO部長も引退し、T課長も居なくなって、NBR最速ごっこのチームも解散してたので
ダメなものをゴリ押ししてくるような体制でもなくなっていたから、真っ当な判断ができたのでしょう。

それに、その時に上記のダメ出しをした人はボクがAWD-CoEに異動になる直前の
レガシィ系の操安乗り心地の担当(係長相当)をしていた時の直属の部下だった人でした。
さらに、その頃ボクが制定・発行した「チェーン装着時安定性試験法」というTS(Tecnical Standard)が
おそらくまだそのまま活きていて、いい加減な試験・判定は出来なかったのかもねぇ(笑)

 

まぁ、それにしても新型VTD開発のあの5年間はなんだったんだろうという思いもなくはないですけど
結果的には予想通りの結末でしたし、これで良かったかなというところでしたね。
それに新型VTDだけやってたわけでなく、全体の仕事の中ではおそらく数%の割合程度でしたしね。

といっても、その頃の他の仕事も2005年から2006年にかけてのGM→トヨタの激動を機に
大半は尻切れトンボとなってしまった感じもあるんですけど、
それら他の仕事についても機会があればおいおいと書いていきますかね。

なお、次回は……うーん今回またブリヂストンとの揉め事の話を蒸し返してしまったので(笑)
この流れで、AWD関連でブリヂストンさんにお世話になったことでも書いておきましょう。

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コメント

興味深く読ませていただき、勉強させていただきました。
しかしなんで石橋さんはこうなんでしょうかね?他に数社のテスト屋さんから話聞きましたが皆さん似たような評価です、はは。
前に話したっけ?

投稿: TOMO | 2022-07-23 20:12

>TOMOさん

まぁ企業体質というものでしょうね。
ボクは参加したことないですけど、ゴルフコンペとかも頻繁にやってたみたいですしね、BSは。
接待宴会もBSは多かったですね、大抵はプチ高級な料亭とかで、役職の上の方の人まで呼んで、かしこまってやる宴会でしたね。
他のタイヤメーカーではそんなのはまったくなかったですが。

投稿: JET | 2022-07-23 20:45

脱線気味の話題ですみません。
自損事故で入庫(リアゲート交換)していた愛車が戻ってきたのですが、なんか違和感があるなあと思ってよくよく見てみたら「symmetrical AWD」のエンブレムが。
うちのクルマ、テンロクのFFなんですけど…
工場もディーラーも(保険屋も)気付かないほどAWDが浸透?しているようですね。

投稿: たみ | 2022-07-23 21:56

連投すいません。

某国駐在中やむを得ずゴルフセット買うハメになりましたが上司が勧めたT○△rstageは拒否してPRGRにしました。はは。
ゴルフやらなきゃわからないですね。
ちなみに帰国後はバッグ開けてもいません。

投稿: TOMO | 2022-07-23 23:03

>たみさん

あはは、まぁスバルの場合は95%以上AWD車ですからねぇ。
車体番号から追ってけば間違えるはずはないんですけど……

なんなら、「symmetrical FWD」と書きかえてあれば洒落てたのに。

投稿: JET | 2022-07-24 05:22

>TOMOさん

うーん、ボクはゴルフはまったくやらないのでチンプンカンプンです。
サラリーマン時代にもやらされる羽目にならなかったのは幸いでしたね。

投稿: JET | 2022-07-24 05:26

おはようございます。解説が必要でしたね。

前者が石橋、後者が浜ゴムのゴルフブランドです😝

投稿: TOMO | 2022-07-24 08:46

>TOMOさん

解説ありがとうございます。
なんとなくは予想はついていましたけどね。

投稿: JET | 2022-07-24 09:11

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