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プラモ製作(116)ホンダ1300S・99S

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童友社の1/24スケール ノスタルジックヒーローズ・シリーズNo.23の
ホンダ1300セダン99S 1970年(HONDA 1300S 99S)を作りました。

童友社はとうになくなってしまっていて、このキットも相当むかしに製造されたものですが、
このシリーズとしてはボクは以前にはスバルR-2いすゞ117クーペを作ってますね。
R-2はゼンマイ走行でしたけど、117はモーターライズであり、
このキットもモーターや電池は別売りではありますがモーターライズ仕様となっています。
なので、室内なども上げ底となっていますし、下回りなどもかなりいい加減な造形のものです。

実車のホンダ1300もクーペの方は旧車イベントでもたまに見かけることもありますが
セダンの方は滅多に見かけないし、そのスタイリングもあまり特徴的でなく印象が薄いですかね。

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けれど、先日のスワップミート@道の駅おおたではこのホンダ1300セダンが登場して
一瞬、周囲が盛り上がっていたのを記憶しています。

ですから、これと同じモスグリーンのメタリックで仕上げてみましょうかね。
もっとも、こちらは異形角型2灯ヘッドライトとなっているので
キットの丸2灯とは年式が違うのでしょうし、
この時のセダンが77なのか99なのかも確認してませんでしたけどね(汗)

ちなみに、77はシングルキャブ仕様で99は4連キャブ仕様だそうで、馬力も違うのですが、
かといってそれぞれ77PS/99PSというわけでもないので、77/99の意味は謎です。
それと、最後の“S”は車名ではなく、グレード名のようです。これも意味は謎ですが。

 

で、ぶっちゃけ言うと、このホンダ1300ってクーペも含めてボクは嫌いなんですよね(汗)
まっ、CGでも「偉大なる失敗作」と題されるほどの出来で(何が偉大かも分かりませんが)
エンジニア目線で見るとどうしようもないほど評価に値しない車って感じです。

空冷に拘る理由も意味不明ですし、それでDDACだの一体構造二重壁空冷方式だのにして、
確かにパワーは出たのかもしれないけどやたらと重たくデカいエンジンになり、
サスペンションの不出来とともにまともなハンドリングも実現できてなかった車です。

当時のモーターファンのロードテストの結果でも(その時の雑誌はどこかに紛失しちゃったけど)
軽量なスバルff-1 1300Gスポーツよりも動力性能は完全に負けていたし
操縦安定性のテスト結果やロードインプレッションでも散々たる結果でしかなかったですからね。

現代から見ると、その技術的な特異性から珍しがられてチヤホヤされるのかもしれませんが
個人的には技術的・工学的に間違って設計・開発された車に対してはまったく称賛しかねます。
本田宗一郎が空冷に拘ったとかいろいろな理由はあるにしても
少なくともこんな失敗作を平気で世の中に売り出すという無神経さに驚かされますね。
きっと、企業としての開発体制がまったく体をなしていなかったといわざるを得ません。

けれども、これを機に本田宗一郎は、当時の副社長の藤沢武夫・ホンダの大番頭とも言える人から
「あなたは社長なのか技術者なのか、どちらなんだ?」と問われてから、技術者としては一線を退き、
それが結果的に中村良夫氏などのシビックとなって技術的・工学的に正しい道に進むわけですから、
まぁその意味では「偉大な……」といいたくもなるのは分からないではないですけどね。

でも、こういう変わり身の早さというのが、ホンダの強み、本田宗一郎氏の強みなのかもしれないです。

 

さてさて、プラモデル・キットの方の話です。
先述のようにモーターライズでかなりいい加減な内容となっています。
ホンダ1300のプロポーションはよく分かりませんが、全体の造形もいい加減ですし、
デカール類はなく細部もモールディングも曖昧だし、バリやヒケも結構多いです。

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リアガーニッシュのパーツなんかはどうしてこうなるのか謎ですが
ご覧のようにウネウネと変形してしまっていました。
まぁこの部分はヒートガンで修正して、さらにパテで修正したり、手を加えましたが、
それ以外の部分では、まぁキットなりという感じであまり手も入れずに作りました。
しつこいですけど、そこまでの拘りはこの車にはまったくないのでね(汗)

そんなこんなで、さらりと完成です。
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まぁこんなもんでしょう(笑)

なお、毎度のことですがJET-PHOTO の方にもう少し詳細な画像を載せています。
今回のホンダ1300S 99Sは「国産乗用車」から見ることができます。

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コメント

まさしくおっしゃるとおりですね。

会社の先輩方もこのクルマを恨んでいた方がたくさんいらっしゃいました、ははは。

作るの大変だったみたいです。

投稿: TOMO | 2022-06-19 20:46

>TOMOさん

やはり恨んでいた方も多かったんですね。
でも、それは技術者に大切な批判的精神を持っていた証でしょうから
その意味ではホンダは健全な技術者集団だったと言えますね。

投稿: JET | 2022-06-19 21:34

いや、技術どうこうよりも製造で酷い目に遭われた諸先輩方がいろいろ言われてましたので(^^)

投稿: TOMO | 2022-06-19 22:53

>TOMOさん

製造技術も工学的に正しく設計された製品でなければこれまた問題なわけですから。
それに、技術的にもワンマンだった当時の本田宗一郎の悪癖が製造技術にも暗い影を落としていたとも考えられますかね。

投稿: JET | 2022-06-20 05:40

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