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「ざんねんなクルマ図鑑」を読了

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KADOKAWAの「ざんねんなクルマ図鑑」昭和自動車研究会著を読みました。
おそらくこちらの高橋書店「ざんねんないきもの事典」にあやかったような企画の本だと思いますが
出版社も違うのにこんなに露骨に寄せてきちゃっていいの?って気もしますね。
まぁ読者としてはどうでもいいことですし、昭和生まれのクルマ好きとしては気になる本ですし。

ただ、この本、ほぼすべての漢字にふりがながふってあります。
小学生低学年でも読めるようにということなのかもしれませんが
昭和時代のマニアックなクルマに興味を持つ小学生低学年の子たちがそんなにいるとも思えませんし
たぶん「ざんねんないきもの事典」を真似てというか、そこに似せてふりがなを付けたんでしょう。
まぁそれは冗談としてはいいかもしれないですけど、意外とふりがなだらけって読みづらいですな。

なお、昭和自動車研究会著となってますが、その昭和自動車研究会は他の本は出してないようだし
他の活動などもWeb上では痕跡が残されていないようなので、謎の組織という感じです。
ただ、スタッフとして中三川大地という自動車専門誌編集者から自動車ジャーナリストになった方の
名前だけが書かれています。ボクはその人をまったく存じ上げていないんですけどね。
40代前半の方なので昭和のクルマを直接知っている世代ではないようなんですが……

それで、この本では「残念な車」=失敗作ではないとしつつも幾つもの昭和のクルマを取り上げています。
それらを逐一ここで紹介はできませんが、中にはボクもまったく知らなかったようなクルマが出てきます。

 

例えば、カワサキのKZ360という軽自動車もそのひとつです。
※以下の引用ではすべてのふりがなは省略させていただきます。
                              (以下引用、改行位置変更)
川崎重工は、オートバイメーカーとして安定してきた1950年代後半に、自動車をつくろうと
していました。岐阜の工場で車体をつくり、兵庫の工場でエンジンをつくり、テストをくりかえ
しました。試作されたのはKZ360という軽自動車でした。(中略)
 しかし、カワサキにとってのもっとも大きな問題は、販売ルートがないことでした。
                                    (引用終わり)

当時のカワサキのオートバイもどんなだか知りませんが、この軽四輪はどんな出来だったんですかね。
まぁ、1950年代後半だともう出遅れ感もあるので市場参入は難しかったのでしょう。
販売ルートがなかったというのはスバル360も似たような状況だったでしょうけどね。

同じように知らなかったのは、ヤナセのYX1200で、なんとこれは販売もされたようです。
                              (以下引用、改行位置変更)
ヤナセはいま「クルマはつくらない。クルマのある人生をつくっている」という言葉で活動して
います。
 しかし、そんなヤナセも「クルマをつくっていた」ことがありました。(中略)60年代になっ
てからはヤナセ・カスタムスポーツYX1200という本格的なスポーツカーをつくりました。
(中略)実際にYX1200は、ボディのみで98万円、クルマの状態では170万円で販売され
ました。                                (引用終わり)


ボディのみ販売ってどういうこと?という感じですが
基本的にはVWビートル(初代)の外観だけを変えたものみたいです。
VWビートルはモノコックではなくフレーム付だったからこういう荒業ができたんですな。
なのでまぁ性能的には個人的には興味はありませんけど。

 

きりがないのですが、スバル車についてはいちおう全部紹介しておきましょうかね。
まずはスバル1000です。
                              (以下引用、改行位置変更)
 しかし独創的なメカニズムは、否定も多いのが世の中のツラいところ。苦労のすえに実現させ
たパッケージや走りはよかったものの、整備がしにくいなどの不満もありました。なによりライ
バルのカローラやサニーに比べて、販売的には成功しませんでした。     (引用終わり)


確かに販売はさほどふるわなかったようですが、カローラやサニーと販売台数勝負をしにいったのか
そこら辺はもう今となっては分かりませんけど、そもそも当時から販売力は勝負にならなかったのでは。
それに整備がしにくいのも事実だったでしょうけど、やはり宣伝も含めた販売力で負けていたのかな。

 

次は初代スバル・レオーネ、というかレオーネ4WDです。
                              (以下引用、改行位置変更)
 ジープ型ではない量産4WD。初代レオーネを語るとき、いつもついてまわる言葉です。
(中略)初代がこんなにリスペクトされる存在もめずらしい。でも、けっきょくは息子たちのほ
うが有名になりました。                         (引用終わり)


うーん、どんなんでしょうか。レオーネを語るときにいきなり4WDにはならないと思いますが。
スバルAWDや乗用4WDを語るときには、確かにレオーネの名前は出ると思いますが
それでもより詳しい人は東北電力とかff-1が先に出るんじゃないでしょうかねぇ。
個人的には、初代レオーネはスバルとしては失敗作に近いと考えていてリスペクトもしませんけど。。。

 

それから初代スバル・ドミンゴが登場します。
                              (以下引用、改行位置変更)
 スペイン語で「日曜日」を意味するドミンゴというクルマが、80年代のスバルから生まれまし
た。それはほんとうに日本人の日曜日らしいクルマです。
(中略)これで家族全員が乗るとギュウギュウ詰めに。エンジンだって悲鳴を上げるでしょう。
それでも、そういうネガティブを笑いとばせる雰囲気がドミンゴにはありました。家族同士のコ
ミュニケーションを求めるのなら、いま、ドミンゴみたいなクルマがあってもよさそうです。
                                    (引用終わり)

まぁ、どこに基準をおくかによりますけど、ドミンゴはそんなにギュウギュウでもないですけどね。
初代チンクチェントみたいな陽気な雰囲気があるのは事実だと思いますが
まぁ大半の日本人にはそういう感覚はなかなか理解されないかもしれませんねぇ。


最後は初代スバル・アルシオーネです。サファリラリー用のイラストになってるのが謎ですが。
                              (以下引用、改行位置変更)
 見るからにぶっ飛んでいます。でも、けっして奇抜さを追いもとめたわけではありません。空
気抵抗を減らすための設計を盛りこんだら、結果として宇宙船のようなデザインになったのです。
(中略)
 しかし、エンジニアの意気込みに反して、売り上げは低迷しました。    (引用終わり)


スバルとしてはある程度は奇抜さも求めたのかもしれませんが、ボクが入社前なのでよく知りません。
ただ、アメリカではそこそこ売れて、特に女性にウケたと聞いてますけどね。
それに、群馬県太田市界隈では異様にアルシオーネが走っていて、ある意味で気持ち悪かったです。
それだけ、社員や関係者ばかりがアルシオーネに乗っていたということでしょうけどね。
まぁでも、2代目プレリュードみたいに日本市場でのデートカーとしては売れなかっただけですね。

 

というわけで、内容的にはちょっと“ざんねんな”記述も感じられたものの
まぁ新発見もあったし気軽に読んで笑える一冊でした。

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コメント

お久しぶりです
最近はネット探索にかける時間も減って、どうにも困ったものです
そんな中、アルシオーネ探索で辿り着きました

この本、やはりアルシオーネが出ていましたか
アルシオーネの素敵さを他人に強要するのも無意味と察してから他人の評価など気にもならなくなりました
逆に、こうやって名を挙げてくれることの方が余程アピールできていいなと思うようになり、何ともありがたいことです

投稿: 五条銀吾 | 2022-05-21 22:49

>五条銀吾さん

こんにちは。
たしかに、もう街中でアルシオーネを見る機会もまったくといっていいほどないですし
話題に上ることもほとんどないですからね。

残念ながら「昭和のクルマといつまでも」も終わっちゃったしねぇ。

投稿: JET | 2022-05-22 04:59

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