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デルタAWD→XM AWD→74Xと流転し霧散霧消

前回では、2代目オペル・ザフィーラのAWD化の検討にスバルから加わわることになって
2001年2月に北海道美深テストコースでのオペルとの合同試験を経て
それまでのトルセンCを使ったフルタイムAWD優勢から
ボクの読み通りに電制オンデマンド方式が優勢へと変わっていったところまで書きました。

それとともにその合同試験では同じ電制オンデマンドでもハルデックスもいいけど
スバルのACT-4もかなりいいじゃないかというオペルの評価になったんですね。

もともと、ボクの評価でもハルデックスは確かに応答性が鋭いんだけど
逆にON-OFFが激しく車両挙動が乱れたりショックがでる部分があるので
その点ではACT-4の方が勝っていると考えていたのでその通りでもあるんですよね。
逆に言えばACT-4は応答性の悪さなどが弱点でもあったんですが……

 

そして、この頃にはそれらと併行してスバル独自で豊田工機(ジェイテクト)の
ITCC(Intelligent Torque Controlled Coupling)という電制カップリングの検討もしていて
さらにスバルのACT-4そのものも制御の見直しをしようとやりだしていたので
2代目ザフィーラAWD、つまりデルタAWDもそれらを参考にしようという機運になります。
というか、それらをスバルからGM・オペルに提案しましょうという流れになっていきます。

特に、ACT-4はトランスミッション内部の多板クラッチをトランスミッションの油圧で
後輪への出力を制御するものなので、トランスミッション内部だけで完結するから簡潔・軽量ですが
エンジン横置きのミッションにそれを付けるのは専用のミッションケースを開発する必要があり、
一方のITCCならリアデフ直前とかにそれを設置するだけで済むという利点があります。
なので、2代目ザフィーラのAWDとしてはハードはITCCを使い
ソフト=制御は豊田工機のにするか改良中のACT-4のを使うのが良いのでは、となって
それをスバルからオペルに提案するという流れになっていきました。

なお、ITCCは電磁クラッチを電子制御してカム式で作動する多板クラッチで動力伝達するものです。
ニッサンやマツダが早くからこの方式の4WDを使いだしましたけど
スバルでもWRX-STi用のDCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)に
LSDとして同じ方式のモノを使っているんですけどね。

そしてこの頃には、デルタAWDという呼び方はしなくなり何故かXM-AWDと呼ぶようになります。
デルタはFF含めて2代目ザフィーラ全体の呼称(開発符号?)だったので
それ自体には関与してないスバルが使うことは機密上避けたのかもしりませんが
ではどうしてXMだったのかは記憶がありませんorz

それで、2001年の7月ごろにXM-AWD台車というものを作って試験するようになります。
これは初代ザフィーラというかトラヴィックをベースにITCCでAWD化の改造を施したものです。
ザフィーラのリアサスはトーションビームなのですがそれを
レガシィのダメダメなマルチリンクサスに無理矢理替えて試作ででっちあげた台車でした。

 

この台車のAWD性能はほぼほぼ狙い通り満足できるレベルだったのですが
設計者があまりに低レベルで(たぶん片手間程度にしか考えてないからでしょうけど)
いろいろととんでもないトラブルが多発して唖然とすることの連続だったことを覚えてます。

例えば、フロントドイブシャフトの長さを変更するのにメーカーに試作品を頼むと高くつくので
加工というか改造で済ませたのですが、なんとただパイプで溶接して繋いだだけという代物で
スプライン勘合もキー溝勘合もしないという考えられないような作りとなっていて
案の定、登坂路でドライブシャフト溶接面で空回りして立ち往生してしまうなんて事件が発生しました。
当時はSKCの登坂路周辺だけ携帯電波が圏外となる不運も重なって往生こきましたよ。

また、リアドライブシャフトの長さ設計が不適切なために
サスのストロークでドライブシャフトのDOJのスライド量が許容量を超えてしまい
DOJが抜けてDOJ内部のボールを定μ路の磁器タイル上にぶちまけるなんて大失態もありました。
磁器タイルに傷がつくと定μでも低μでもなくなってしまいますからトンデモな事態です。

いくら一品モノのでっち上げ試作車だからといってあまりにも酷い設計で落胆続きでしたね。

 

それでも、その後2002年1月あたりに2台の台車を追加製作して試験することになります。
その頃にはスバル内では74Xという名前で呼ぶようになっていました。
スバルとして正式な開発符号を付けて開発するようになったというよりは
社内の工数管理をするのに開発符号と同じように符号をつけて管理するようになっただけです。
なので、74Xという符号そのものにはなんの意味もありません。

さらに2台製作したのは、最初の1台目が税法上使えなくなったからと
ITCCの制御を豊田工機(ロジック)のままなのと新ACT-4(ロジック)にしたのを
直接比較して試験・評価できるようにするためでした。

そして、最終的に2002年2月に北海道美深テストコース他で評価をしています。
この時はGM・オペルとの合同試験ではなくスバルだけでの評価です。
GMやオペルも来ないとスバルの取り巻きどももわんさか集まって来ないので(笑)
純粋にAWD関係者だけで技術的・工学的に評価できましたよ。

結果的にこれならイケるんじゃないというレベルまで仕上がったのですが……
実はそれ以降このザティーラAWDの話は途切れてしまうんですよね。
その理由もあまり定かではないんですが
確かオペルが2代目ザフィーラにはAWDは必要なしでFFだけにすると判断したのだと思います。

AWDの性能に満足できなかったわけではなく、欧米ではさほどAWDは売れないからとか
3列シートのシートアレンジとパッケージングが整合しなかったからかもしれませんが。
それでも、74Xの台車はオペルに一度は送って評価してもらったんだったかなぁ。
というところには直接関与してなかったこともあり記憶が曖昧です。

たぶん、台車のうちの一台は今でもSKCの倉庫にメモリアル車として保管されているはずですが
それとてリアフロア部分を覗き見ないことには単なるトラヴィックで見過ごされてしまいますけどね。
まぁそれなりに仕事での苦労や思い出のあったザフィーラAWDですが
かといって思い入れがあったわけでもなく消えて残念という感傷に浸ることもなかったです。
その頃は他にも多種多様な業務に追われていたので助かったという気分もありましたしね。

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