前後トルク配分より前後回転差配分(?)が重要
1ヶ月以上間があきましたが、前回記事では4WDの前後トルク配分なんて大した意味はなくて
特にそれで旋回性能やステア特性、つまり評論家とかにわかマニアがいうような
それでアンダーステア/オーバーステアの特性が決まるなるなんてことはないよと書きました。
とは言え、非常に滑りやすい氷雪路だったりバカみたいに無茶苦茶パワーのある車だったりすれば
駆動輪が簡単に空転して旋回時の横方向のグリップも失ってしまい
いとも簡単にFWDならドリフトアウトしRWDならスピンアウトすることもあり得ます。
ですから、4WDでも前後トルク配分によっては前輪が先に空転するのか後輪がが先に空転するのか
それによりFWDっぽくドリフトアウトするかRWDっぽくスピンアウトするか違いがでます。
ただし、現実には大半の市販の乗用車には左右LSD(フロントLSDやリアLSD)がないので
ほとんどの場合は旋回内輪が空転するだけで、すると旋回外輪の駆動力は失われて失速するだけで
FWDだからドリフトアウト、RWDだからスピンアウトとも決めつけられないし
ましてやRWDだからドリフト(パワースライド)できるわけでもないのですけど、
まぁ基本的な理論としてここでは左右LSDがある前提で、というか
ここでは車両の運動を簡単に理解するのに使う2輪モデルとして考えていくことにします。
前述のように、4WDの前後トルク配分によって前輪か後輪のどちらが先に空転するのか決まるので
その空転した瞬間の車両の挙動には影響があります。
何度も書きますが、前後トルク配分が意味をなすのはその空転の瞬間だけとも言えます。
ただ、前後トルク配分だけでなくその時の前後タイヤのグリップ限界にも影響されます。
前後輪同じタイヤで同じ空気圧なら前後輪にかかっている荷重によってグリップ限界が決まります。
一般的には荷重が増すほどにグリップ限界は高くなりますが完全に比例するわけでもなく
荷重が高くなりすぎるとグリップ限界はサチってきてその後逆に限界は低下してしまいます。
また、タイヤの銘柄やサイズや空気圧によってもグリップ限界は変わるのですが
その差は案外大きくはなくて荷重が高くなり過ぎてグリップ限界がサチるポイントが変化する感じです。
だからそのクルマに適切な銘柄で適切なサイズのタイヤを履かせて適切な空気圧に設定すれば
そんなに前後の差はなくて荷重に応じたグリップ限界を持つことになります。
何が言いたいかといえば、前後の荷重に応じた前後トルク配分にすれば
だいたい前後のグリップ限界が同じくらいになるので
前輪だけ後輪だけが簡単に空転することはなくなるということになるわけです。
ただし、クルマは加減速すれば前後に荷重移動するし、坂道でも前後に荷重移動するので
静止状態でのクルマの前後の荷重=重量配分に前後トルク配分を合せればいいわけではありません。
雪道などの一般的な走行でも発進時に空転させたくないし坂道発進はもっと難しいです。
モータースポーツでも加速時のトラクションは速さには重要だし特に登りは重要です。
となれば、ある程度前輪から後輪へ荷重移動した状態に合わせて
前後トルク配分を合せれば安全に走れるし速く走れるという考えになります。
だから、FFベースで重量配分が60:40くらいの車両だったら
前後トルク配分はだいたい50:50くらいに落ち着くのが自然ですし、
プジョー205T16のようなミッドシップエンジンのラリーマシンならば
40:60とか30:70とかの後輪偏重の前後トルク配分に落ち着くということです。
けれども、路面のグリップが良いドライの舗装路と氷雪上などではそもそもグリップ限界が違い
それによって加速時の前後の荷重移動も全然違いますからどこに照準を合わせるかで悩ましい。
だから、プジョー205T16はラリーコースのコンディションに応じて
簡単に(と言ってもメカニックは大変でしょうけど)センターデフの交換が出来るよう設計し
コース毎に前後トルク配分を変更してラリーで活躍したというわけです。
このようなラリーマシンと違って市販の4WDはメカニカルな前後トルク配分を簡単に変えられないので
そのクルマのメインの用途や安全性などを考慮して前後トルク配分を決めることになるわけです。
そして、大事なことなのでしつこく何度も書きますが
前後トルク配分をどう弄ってもアンダーステア/オーバーステアなどには影響しません。
前後輪のどちらが先に空転し始めるのかだけにしか影響しません。
そして前後の荷重移動も考慮した前後の荷重配分(重量配分)に近い前後トルク配分が原則です。
ですから、曲がらないからわざと不自然に後輪偏重のトルク配分にしても良いことは何もないんです。
これを間違ってしまったのがスバルVTDという4WDのシステムです。
スバル・アルシオーネSVXにて水平対向6気筒エンジンを前軸前にオーバーハングして搭載して
前軸荷重が重くなって状況によっては曲がりにくくなったから
逆に36:64という後輪偏重トルク配分にしたら曲がりやすくなるだろうと思っちゃった?
たぶん、開発している側もそういう気がしちゃったんだろうね。
ただ、それだけだとあっという間にスピンしかねないので電子制御のLSDを組み合わせたわけです。
それで、VTD=Variable Torque Distribution(可変トルク配分)なんて名前をつけたんですが
LSDが作動している時には結果的に前後トルクが変るだけで実態は不定になっているので
その状態でトルク配分うんぬんを論じるのは間違っているんですよね。
さらに、勘違いは続いてついにはインプレッサWRXでもDCCDとかいうシステムにして
一時期なんかは35:65という前後トルク配分にしてしまって
この時のマガジンXの覆面座談会で滅多切りにされてしまったのでした。
ついでに言っておくと、WRXを後輪偏重トルク配分にしても雪道でチェーン履かざるを得ない場合は
前輪にチェーンを履くことになります。後輪にはチェーンを履けるスペースがない設計ですから。
ただでさえ、サーキット専用みたいな低温ではカチカチで溝の少ないタイヤなのに
前輪にだけチェーン履いてほとんどのトルクが伝わる後輪はそのカチカチタイヤであれば
いとも簡単にスピンしますわな。
しかし、国内ではチェーンは履かないでくださいとは言えませんのでなんとも歪な車が出来あがるんです。
さてさて、では前後荷重よりも後輪偏重の前後トルク配分にすることはメリットがないのか?
というと、ラリーなどのモータースポーツの世界ではメリットがないわけではありません。
しつこいですが、前後トルク配分は前後輪のどちらが空転し始めるかのその一点だけに影響します。
でもラリーなどではわざと後輪を空転させてスライドさせてコーナーを曲がることがあります。
先の見づらいラリーコースなどでは早めにマシンの向きを変えておきたいとか
コーナーの立ち上がりでなるべく直線的に加速したいとかいろいろな意味がありますが
コーナー進入時に後輪をスライドさせるきっかけは状況により様々なテクニックがあるけど
そのスライドを維持してコントロールするのにもっとも手っ取り早いのが
後輪を駆動力で空転し続けてやること、つまりパワースライドです。
なので、そのような走り方が有効なコースでは後輪偏重の前後トルク配分にして
パワーを掛けていった時に先に後輪が空転してやるように設定してやれば良いというわけです。
これが前輪が先に空転したり後輪が先に空転したりその時々だとドライバーは運転しづらくなります。
ただし、それは空転し始めがいつも後輪になるよというだけなので
その先はその後輪の空転をドライバーがコントロールしやすくなってなくてはいけません。
センターデフにLSDがなければ後輪が空転した瞬間に前輪の駆動力もなくなり
マシンは加速することも出来なくなるのでパワースライドもなにも無くなってしまいます。
なのでセンターデフのLSDが必須となるわけですが
ここで重要なのはセンターデフのLSDで前後トルク配分を変えようとしているのではなく
あくまでも空転の制御をしようとしているということです。
後輪が先に空転し始めたとしてもLSDが有効ならばそのまま空転し続けて
さらに前輪も空転し始めていわゆる四輪パワースライド(ドリフト)にもなりえますが
それでも後輪の空転量を多めにし続けることが出来れば後輪パワースライドに近い状態に出来ます。
このように前後輪の空転量というかつまり前後の回転差をコントロールできるLSDが必要です。
そのような意味ではクラッチ板を用いたLSDはあまり適していません。
クラッチというのは動力を断続するための装置ですからずーと回転差をコントロールするには不向きです。
ずーと半クラしているようなものですから機械的にも無理が生じます。
そこでプジョー205T16ではビスカスカップリングをセンターデフLSDに使いました。
ビスカスカップリングは液体の粘性抵抗を使い前後の差回転に応じてLSDの効きが変わります。
なので、後輪の差回転を大きめにしたままバランスするところで維持することも可能ですし
それをドライバーがコントロールすることも(一流ドライバーにとっては)容易なわけです。
さらに、ラリーではコースコンディションに応じてビスカスLSDの効きを変えてやれば
(実際に変えていたのかどうかボクは情報を持っていませんが)
そのコースに最適なドリフトコントロール性を得ることも可能になるでしょう。
これはある程度のスポーツ走行でも通用する話ですから、そういう意味では
つい最近までスバルのMT車に50:50のセンターデフ+ビスカスLSDという
昔ながらのAWD形式が残っていたのももっともなことだとも言えるし真っ当な技術だったわけです。
もっとも今は別の理由からセンターデフのない4WDが主流になってますけどね。
というわけで、非常に長文の記事となってしまいましたけど本日はこの辺でお終いにしましょう。
次回は、これだけではない自動車メーカーが本当に前後トルク配分に拘る裏事情のお話をしましょう。
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コメント
なるほどーって感じで勉強になります。
4WD車は多分今後も所有する機会はなく、FFに乗り続けると思いますが、クーペフィアットみたく、ビスカスLSD付けてくれないもんですかね。
トラクションコントロールでは駆動力抜くだけで、雪道の登りではあまり役に立たないように思えて。
まあ、その分値段が上がることに理解が得られないだろうとは思いますが。
投稿: ゆのじ | 2022-02-18 22:35
>ゆのじさん
最近のブレーキ制御は非常に緻密になってるので機械的なLSD付けるよりもうブレーキ制御(トラクションコントロール)に任せた方が良いというのが持論ですけどね。
それに、そのうちブログ記事にしようとも思ってますけどビスカスLSD(左右LSD)も問題点があるので最近では難しいでしょうね。
投稿: JET | 2022-02-19 04:58
あ、そうか。Xモードは空転輪にブレーキかけるんでしたっけ。
それなら良さそうですね。
投稿: ゆのじ | 2022-02-19 08:34
>ゆのじさん
2000年初頭の頃のブレーキ制御はまだまだ粗くて機械的なLSDが欲しかったのですけど、最近のブレーキ制御は緻密で応答性も高く滑らかに制御してくれるのでトラクションコントロールだけでなくトルクベクタリングや自動運転時の事故回避などでも十分に働いてくれますね。
まぁXモードはブレーキ制御だけでなくセンターデフ(ACT-4)制御、エンジン制御、トランスミッション制御など調和されるというのが一番の肝ではあるんですけどね。
投稿: JET | 2022-02-19 11:38