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文庫本「乱読のセレンディピティ」を読了

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扶桑社の「乱読のセレンディピティ 思いがけないことを発見するための読書術」外山滋比古著を読みました。
外山氏の著した本はこの時に「50代から始める知的生活術」を読んで
隠居せずに死ぬまで働けみたいな“人生二毛作”を唱えられて大きなお世話だなんて思ったわけですが
今度は読書術というわけですからまぁ気軽に読んでみようかなというところです。

というか、帯に“追悼”と書いてあり、外山氏は一昨年に亡くなられていたんですね。
ですから、この本は少し昔の2016年に初版発行されているもので
さらに文庫化する前の単行本となると2014年発行となっています。
まぁでも内容的に古臭くはなってないでしょう。

ちなみに、タイトルにある“セレンディピティ”って聞いたことあるようなないような……
どんな意味だっけ?という程度でしたけど、まぁサブタイトルにも書いてあるように
「思いがけないことを発見すること」とかいう感じなんでしょうね。
そのあたりのことは本書の中でも書かれています。
                               (以下引用)
 セレンディピティ( serendipity )思いがけないことを発見する能力。とくに
科学分野で失敗が思わぬ大発見につながったときに使われる。セレンディピティ。
[ おとぎ話The Three Princes of Serendip の主人公がこの能力をもっていること
から。イギリスの作家H・ウォルポールの造語 ](大辞林)とある。ていねいな説
明である。(中略)
 セレンディップというのは、のちのセイロンのことであり、いまはスリランカと
呼ばれる国のこと。                     (引用終わり)

なるほど、英語でももともとそういう概念がなかったから造語として生まれたわけなので
それに該当する日本語がないのも当然とも言えるわけですね。

要するに本書では、「思いがけない発見をするにめに乱読をせよ」といっているわけです。
まぁボクもほとんどの本は乱読しているのですから今回はなるほどと肯定的に読み進められます(笑)

 

しかも、本は買って読め(貰わない、借りない)、難解な文章をありがたがるな、
文学書や小説ばかり読むな、精読も(超)速読もするなと人によっては大きなお世話なことを書いています。
でも、ボクもだいたいは金払って本買ってますし、難解な文章の本は避けますし、
小説とかほとんど読みませんし、精読も速読もしませんから納得という気持ちです。

しかも、乱読を奨めているのに知識の詰め込みはするなと説いています。
                               (以下引用)
 知識はすべて借りものである。頭のはたらきによる思考は自力による。知識は借
金でも、知識の借金は、返済の必要がないから気が楽であり、自力で稼いだように
錯覚することもできる。
 読書家は、知識と思考が相反する関係にあることに気がつくゆとりもなく、多忙
である。知識の方が思考より体裁がいいから、もの知りになって、思考を圧迫する。
知識をふりまわして知的活動をしているように誤解する。
 本当にものを考える人は、いずれ、知識と思考が二者択一の関係になることを知
る。つまり、もの知りは考えず、思考をするものは知識に弱い、ということに思い
至るだろう。                        (引用終わり)

いっけん矛盾しているようにも聞こえますが、“知識バカ”という言葉があるようだし
ボク自身も若い頃からただ丸覚えすることやそれらの知識をひけらかすような輩は軽蔑してましたから
このようなことは良く分かるなぁという感覚ですね。

だからいくら速読で知識ばかり頭に詰め込んでも意味がないわけですし
精読して一語一句頭に入れてもこれまた意味がないわけです。
そこで、著者は「風のように読め」と言っているわけです。なんとなる分かるかな。

そして、さらに、忘れることも大切だと説いています。
                               (以下引用)
 そうだ、頭にも似たようなことがおこるに違いない。知識をとり込みすぎ、それ
を使うこともなく、頭にためておくと、知的メタボリック・シンドロームになるの
ではないか。知識は有用であるが、消化し切れない知識をいつまでもかかえこんで
いると、頭は不健康な肥満になおそれがあるだろう。(中略)
                 医学ではメタボリック・シンドロームになら
ないために、散歩をすすめたようであるが、知的メタボリックは散歩だけでは対処
できそうにないと考えていて、忘却を思いついた。いくら知識がふえても、どんど
ん忘れていけば、過剰になる心配はない。           (引用終わり)

まぁ年取って物忘れが多くなってきたのを自己正当化しているようにも聞こえますけど
それはボクにも当てはまることでもありますから安心してどんどん忘れることにしますかね(笑)

 

他にも、散歩の奨めや朝型の奨めなど直接読書と関係ないことなども書かれてますが
これまたボクも散歩してるし朝型ですからフムフムというところです。
それ以外にもへぇーと思うことも多々書かれていてなかなか楽しめた一冊でした。

ただし、著者は「書評などすべきものではない」とも書いていて、アチャーとなりましした。
もっとも、ボクがこのブログで書いているのは書評なんて呼べるものではなく
単なる読書感想でしかないし、本をダシにして自分の言いたいことを書いているだけだし
ブログに書くことよって知識→思考に移行するとともに忘れることも出来ていると思うので
今後もこのスタイルで乱読をしていきますかね。

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