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軽自動車のスバルR2のマガジンX記事にも触れましょう

21世紀初頭、GMと提携していた頃のスバル、というか混迷を極めていた頃のスバル
その頃のスバル各車についてのマガジンXの評価記事について振り返っているのですが
混迷の頂点ともいうべき2代目インプレッサについては前回まで3回に渡って紹介しました。
今回は忘れがちですがスバルの軽自動車撤退の引き金になったスバルR2を見てみましょう。

スバルの軽自動車撤退は実際にはGM提携時代ではなくその後のトヨタ提携時代に実現したのですが
これは何もトヨタから強制されたから(そういう側面も皆無ではないでしょうが)ではなく
軽自動車事業の自らの立て直しが決定的に出来なくなって撤退するしかなくなったからです。
もちろん、トヨタグループ内のダイハツから軽自動車のOEM供給を受けられるというのもありますが
それだけの理由ならその前のGMグループにいた時でもグループ内にスズキはあったわけですしね。

その軽自動車事業を壊滅的な状態にしてしまった引き金になったのが今回のスバルR2です。
もっとも、元を正せばこの記事で書いたようにプレオで中途半端なものしか作れなかった時から
間違った道を進んでしまい、R2で引き返すことが出来なかったというのが本当のところでしょう。

プレオは市場変化に遅れたのと軽枠拡大対応への遅れがあり、それは時間切れという側面もあったけど
それならば次期車のR2ではそれを反省してプラットフォームから作りかえるべきでしたし
寄って集って作った21Zの開発費の幾分かでも掛けて真っ当な軽自動車作りをすべきだったのが
カッコウだけ変チクリンにして目立てば売れるだろうと安直な車作りをしたのがこのR2なわけです。

さらに言えば、そのカッコウだけ目立てばという発想はおそらくヴィヴィオの終盤になって
クラシック顔のビストロ、シフォンというふざけた仕様が思いの外売れちゃったので
所詮軽自動車なんてカッコウが目立てばそこそこ売れると舐めちゃたのかもしれないですね。

そう考えていくと、スバル軽自動車撤退への道の最初の分岐点はビストロにあったと言えるし
それ以降にも立て直しのチャンスの分岐点は幾つもあったのに間違った道に進み続け
このスバルR2以降で最終章に突入してしまったということでしょう。

 

それでは、マガジンXの2004年5月号の「ざ・総括。」からの紹介していきましょう。
いつもは覆面座談会ということで数名の業界関係者が議論をしている体となっているのですが
何故かこのスバルR2については座談会形式ではなく何人かの評価者がそれぞれ得意分野を語ったのわ
ひとりの人がまとめていて文責編集部となる形式となっています。
あまり大々的にメディア試乗会とかも開催しなかったのでしょうか。
それとも軽自動車の亜流としてまともに評価されなかったからでしょうか。どうでしょう。

まずは冒頭部分から読んでいきましょう。
                               (以下引用、改行位置変更)
たしかに、軽自動車の主流が箱ワゴンになったからといって、それに追従するだけが能じゃない。
違った道があってもいい。しかし、プレオとこのR2を併売することを販売店が歓迎するとは思え
ない。ワゴンRやムーブに対抗できる商品、それはまったく同じカテゴリーである必要もないが、
それがあればR2はキラリ光った存在になれるだろうが、どう見ても現状のスバルのラインナップ
の中では、R2は刹那的なものでしかない。(中略)ではプレオとの併売という要件をR2はどう
完結してくれるのだろうか。テレビCMを見ると「女性へのアピール」に力を入れているようだが、
いまの女性軽ユーザーが求めるクルマ像とR2とはかけ離れている。他社のことながら心配だ。
(中略)スタイリングのために室内スペースを削ってもいいんだよ。それで「イイぞ!」と思うス
タイリングなら大歓迎だね、本来は。(中略)
 しかし、出て来たR2は「何か変えたかった」「とにかく変わらなくちゃ」という思いが強い。
プレオが背高ワゴンの中で埋没してしまった反省からか、見る人に「変わった」と思わせることが
テーマになってしまったように思えるね。                  (引用終わり)

ボクはR2にはまったく関わっていないし確か試作車にも一度も触れたこともないし
やってる人たちの話も聞いたことがないに近かったので詳しいことは知りませんし
今となっては開発符号がなんだったのかさえまったく思い出せないくらいですが、
それでもプレオと併売することは最初は構想になくてあくまでもプレオの後継車扱いだったはずです。

そもそも、プレオが当時の軽自動車の主戦場であるハイトワゴン系として真っ当に作られてたなら
そのプレオをしばらく存命してよりパーソナル指向の強いR2と併売するのはアリかもですが
プレオ自体が既に中途半端な存在で軽自動車の主戦場に上がれなかったわけですから。

そして、開発終盤になって各地域のディーラーのお偉いさんとかにお披露目されるようになって
「なんじゃこりゃぁ、こんなもん売れるか!」となって仕方なくプレオを存命することになったのかな。
でも、デザイン決定時点では社外クリニックなどもやって高評価だったらしいんですよね。
あっ、繰り返しますがデザイン決定時点ではまだアンドレアス・ザパティナス氏はスバルに来てないので
このR2はかのザパティナス氏がデザインした革新的なカッコウだと崇めるのは残念ながら間違いです。

まぁ、このR2は社外の友人・知人にも乗っていた人が何人かいるのであまり酷評するのは心苦しいですし
デザイン(スタイリング)の好き嫌いは個人で判断すれば良いことではあるんですけど
ボクの感性からすればひと目で「なんじゃこりゃぁ、これで終わったな」でしたね。
このマガジンXに書いてあることそのまんまの印象ですね。

だいたいスバルってのは良くも悪くも無骨でダサイけどクソ真面目に作り込んでいるのが
唯一の取り柄なんでそれがいきなりイケメンぶろうとしたって無理があるんですよね。
無理を承知でチャレンジするのも良いけど長所まで捨ててしまっては元も子もないわな。

 

でも、(ちょっと前までのヴィヴィオのような)スバルらしい走りがあるのなら救われるのでしょうが
その辺はどうなんでしょうかね。
                               (以下引用、改行位置変更)
 しかし、フットワークの印象は悪い。うねりのある一般路、舗装のはがれがあるような荒れた道
を走るとてきめんに足のアラが出る。
 まず、サスペンションのストロークが絶対的に足りない。すぐ底付きして「ガツン」とくる。そ
の「ガツン」のカドが取れてくれればまだいいのだが、ピークが急でいかにも安っぽく感じる。
(中略)私の経験では、そこまでやっても原価200~300円でできる。一律のコストダウンで
はなく、もっと乗り心地にコストを使うべきだ。
 大きなうねりのある道では、緩んでしまったゴムのように節操のない動きになるし、荒れた舗装
ではぶるぶると震えが出る。それほど不快とは言えないが、ダイハツ・タントの足の出来と比べる
と、違いが際立ってしまう。                        (引用終わり)

うーん、これまた手厳しい評価です。これでは、スバルは4独サスだから……と売り文句になりませんね。
ヴィヴィオの頃の古いプラットフォームとシャシーをそのまま弄ってコストダウンだけ図ったので
実験担当者をとやかくいうのは可哀そうという感じですけど、
たしか実験担当者はラリーか何かで実績を上げていて設計は嫌だからと実験に異動してきた人で
異動してきて基礎を学ぶことなくこのR2の実験担当者にされてしまったようですね。

軽自動車なのでニュルや筑波でタイムアタックはないしプレミアムといってBMWと比較もされないけど
それ故に実験の課長や部長からはほったらかし状態になってしまっていて
それはそれで実力のあるエンジニアにとっては嬉しい環境になるんだけど
さすがに荷が重かったということなのかもしれないですね。
まぁでもやっぱりそもそもが無理難題だったということでしょう。

そうそう、初代ダイハツ・タント、このクルマも初代ワゴンR同様にパッケージングに衝撃を受けたし
それ以上の操縦安定性の乗り心地に衝撃を受けましたね。軽なのにあまりにハイレベルだと。
何故かスバルも比較外製車として実験部にタントがありましたが(比較する車種はないのに(笑))
それでも不思議とそのタントの操縦安定性や乗り心地を褒める声は社内から聞こえませんでしたけど……

ただ一点、「原価200~300円でできる」というのは軽自動車の開発に携わってない人の意見ですね。
目に見える装備とか別にすれば原価100円は相当なハードルですよ。
新車価格100万円程度の大量生産車の世界とはそういうものですからねぇ。

 

そして驚くことにこの1年後(2004年12月)になんとスバルR1が発売されます。
このR1については、また次ということにしたいと思います。

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