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新書「サボる哲学」を読了

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NHK出版新書の「サボる哲学 労働の未来から逃散せよ」栗原康著を読みました。

ボクは自分の今までの人生を振り返ってみると結構サボることは上手いのかもしれないと思うし
既に早期リタイアしてサブタイトルのように「労働から逃散」しているとも言えるから
今さらこの本を読んでもしかたないとも言えますが、軽い気持ちで読み始めました。

といいつつ、実は“逃散”ってな言葉を初めて聞きました。漢字からある程度イメージは掴めますが。
でも、変換候補にも出てきませんから最初は著者の造語なのかなと思っていましたが、調べると
中世の農民闘争の一形態で、多くの農民が田畑を捨てて他所に逃れることをいう。」だそうです。
単に嫌だから逃げるというのではなく、より積極的に集団的な行動のことのようですから
“労働から逃散”というとストライキを超えて集団リタイアとか集団労働放棄って感じでしょうかね。

 

本書の「はじめに」の冒頭でも以下の引用がされていて“逃散”の意味がはっきりしてきます。
                            (以下引用)
人は皆、労働をやめるべきである。
労働こそが、この世のほとんど全ての不幸の源泉なのである。この世の悪と
呼べるものはほとんど全てが、労働、あるいは労働を前提として作られた世
界に住むことから発生するのだ。苦しみを終わらせたければ、我々は労働を
やめなければならない。  (ボブ・ブラック『労働廃絶論』高橋幸彦訳)
                           (引用終わり)

これは著者の文章ではなくあくまでも著者が引用した文章でしかないけれども
この本での著者の主張の根幹はここに凝縮されているといっても良いでしょう。
ということで本書の紹介は以上です。。。というのは手抜き過ぎですけどね。

いちおう、著者の紹介もしておくと、
1979年生まれで、政治学者・作家・大学非常勤講師でアナキズム研究者だそうですが
大学講師は週一日で今はほぼズームだけでほぼひきこもりライフで
それで年収200万円ほどなのだそうです。
まぁセミリタイア生活と言ってもいいような生活というか生き方ですかね。
ただ、元々ニートでいわゆる定職に就いていたこともないのでリタイアとも言い難いですが……

で、本書のスタイルは様々な思想家の言葉を引用しながらいかにサボるか
いかに労働をしないことが良いのかを理路整然と説いていくとか
サボる技術をどうやって得るかが書かれている……というわけでは全然ありません。

鬼滅が出てきたかと思うとアメノウズメが出てきたり
そしたら著者の近所の野良猫というか地域猫が出てきたり
またまた中世の海賊やらランボーやらラッダイト(イギリスでの機械破壊運動)やら
話がどんどんと飛んでいって一見脈絡もないようなエッセイ本のような印象も受けるのですが
そんな中から様々なことを考えさせられるような構成になっているという変わった本でした。

 

なので、サボるとは直接関係ないようなところで面白いことも書かれていて
こちらも脈絡なく紹介してみようかなと思います。
著者は昨年末に新型コロナに感染したとのことですが次のように書いています。

(以下引用)               先生いわく、コロナに治療薬はない。息が
とまるかとまらないか、どっちかだ。息ができないとおもったら救急車をよんで、その病
院で呼吸をさせてもらうしかない。あとはまにあうかどうかそれだけだ。おっかない話だ
けど、そこまできくとなんだか腹を括れてしまう。  
(中略)                会話のテーマは「死」。それを嘲笑に変えて
いる。死が身近になっている。だけど、その死が笑いに化けたとき、人間の身体は逆には
じけてしまう。ゼロの身体だ。努力しても出せない、なにをやってもムダなのだ。だった
ら、死んだつもりになんでもやれだ。どうでもいい、なんでもいい、なんでもできる、な
んにでもなれる。死にきれ、生きろ。                (引用終わり)

そう、こんな調子の文章が続いていくのですよこの本は。

 

かといって、いつもチンプンカンプンな話ばかりではなく歴史や専門用語もマジメに出てきます。
自動車メーカーのフォードのオートメーション化の話は有名ですが
そこから「フォーディズム」という言葉があることをボクは初めて知りました。
それらについて次のように書かれています。
                                 (以下引用)
  ちなみにフォーディズムとは、文字どおり自動車会社フォードをモデルにした労働
秩序のことだ。一九二〇年代からフォードは巨大な工場をたて、そこに最新の機械設備
を導入してきた。ベルトコンベアシステムだ。そこに大量の労働者を雇い入れ、流れ作業
で機械の一部のようにはたらかせる。  (中略)      フォーディズムとは、
労働による労働者の統治にほかならない。
 だが一九七〇年代に状況が変わる。いくら大量生産しても安くならない。売れないのだ。
(中略)
 ちなみに、そこで登場するのが日本のトヨタだ。たくさんつくっても売れないのであ
れば、売れるモノだけをつくればいい。さすがジャパン、姑息でござる。
(中略)                             モノだけでは
ない。大量の労働者を工場にかかえこんでいる必要もない。必要なときに必要な人員だけ
いればいい。「雇用のジャストインタイム」だ。そういえばきこえはいいかもしれないが、
ようは人減らしである。(中略)
  フォーディズム=労働による労働者統治
  ポストフォーディズム=失業者の労働統治            (引用終わり)

フォード、トヨタだけが悪いわけではないでしょうし、自動車メーカーだけでなく製造業は
多少なりともその手法を真似てきているわけなので同罪とも言えるでしょうけど
このような明確な整理の仕方はなかなか面白いものがありますね。

それにしても、フォーディズムは「労働すると良いですよ~」と洗脳して労働者統治したのであり
奴隷の強制労働よりマシにも聞こえますが(それで中身は奴隷化されたのでしょうが)
ポストフォーディズムでは「失業すると大変ですよ」と脅迫して労働統治するわけですから
まぁタチが悪いとも言えるかもしれませんね。

失業というか無職になっても案外なんとかなるもんですし
上述のように「まにあうかどうかそれだけだ」と笑ってられれば大したことないかもね。。。

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