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21Z(4代目スバル・レガシィ)の評価は?マガジンXより

ちょい前の記事まででボクが2000年からSKC勤務になっていた頃にどんな仕事をやっていたか
AWD関連、GM関連、先行開発・基礎研究などと概要を書きましたので
もう少し詳しく具体的なことに踏み込んで書いて行こうかなというところなのですが……
なかなか筆が進まないというかタイピングが進まないこともあって
つい脱線して自動車部の話飲み会の話職制試験の話と道草を食ってしまいました。
 ※これらも関連がまったくない話でもないのですが、まぁその解釈は読者に任せましょう。
今回はボク自身のことではないのですがその時期に社運を賭けて(?)開発・発売された
4代目スバル・レガシィ(BL・BP型、開発符号21Z)について少し触れておきましょう。

21Zは2003年5月発売ですから、ちょうど2000年ごろから開発が本格化してきたわけです。
その頃のボクは今まで書いてきたように操安乗り心地実験のD4担当→Ad担当ということで
21Zの開発にはほとんどといっていいぼど関係していませんし
逆に多くの人が寄って集(たか)って開発しているのを横目で見てただただ呆れていただけで
中身について深入りすることもなかったので、あくまでも傍観者としての感想でしかないですけど。

それでも、21Zはまったく関与しなかったかと言われれば実はそうでもなく
この記事でも触れたようにまだAWD-CoEに異動する前の1999年ごろにD1担当として
21Zの初期検討として重心高やヨー慣性モーメントの目標値を提案したりしていました。

いち操安乗り心地の担当者が車両全体に関わる諸元でもある重心高やヨー慣性モーメントの目標値を
提案するというのも妙な話でもあるんですけど、当時は車両重量だけは全体で管理するものの
重心高やヨー慣性モーメントは目標値もなく管理もされずに出来なりでしかなかったんですよ。
ボクサーエンジンで低重心だとか慣性モーメントが小さいとか謳っていたのにねぇ(笑)

それと、先行開発としてフロント・サスペンションのジオメトリー研究もやってました。
スバルでは初代レオーネの時にフロントにストラット形式のサスペンションを採用したのですが
その時にどれほどの研究や試行錯誤をして出来あがったのかは知る由もない状態でした。
※このように昔の貴重な知見が残されていないのも富士重工のダメなところですね。

少なくともシャシー大変革した初代レガシィの時でもジオメトリー研究の結果は残ってなく
おそらく設計者が文献や他社調査の中から良かれと考えたまま設計されて
大きな問題がなければそのまま進められて実験はチューニングするだけという状態だったのでしょう。
79V72Fで初代レガシィのシャシーをベースに色々とジオメトリーを弄りましたけど
その時でも44B開発時に試行錯誤したという情報は一切聞かれませんでしたから……

キャスタ角、キングピン傾角、スクラブ半径、トレール量、マスオフセット、舵角差等々
一般論では良し悪しがいろいろ言われてますがそれらは各々影響し合うので最適化は難しく、
なので最初は可変ジオメトリー台車なるものの製作を提案したんだけど設計部が作れないというので
幾つものジオメトリー違いの部品を作ってそれらの組み合わせを試験していくということをしました。
可変ジオメトリーなんてレーシングマシンなら当たり前なのにそれすら作れなかったんですな(汗)

ただ、この先行開発は部下と2人っきりでやっていた途中でまとめまで行かずに
ボクがAWD-CoEに異動することになってしまったので中途半端で心残りというか
具体的に21Z開発にどう影響したかはよく分からないままになってしまいました。

 

そんな21Zですけど、このブログではよく取り上げている自動車メーカーの広告を一切掲載しない
辛口自動車評論と言われる自動車雑誌「マガジンX」の記事を紹介しておきましょう。
MAG X(ニューモデルマガジン・エックス)2003年9月号「ざ・総括。」より引用となります。

なお、レガシィ・アウトバック(旧ランカスター)は2003年10月発売ですから
このマガジンXの記事ではアウトバックについては触れられてなくて
セダンとツーリングワゴンのみを対象とした記事になっています。

                               (以下引用、改行位置変更)
新しくなったレガシィ 期待は大きかったのだが
T1 結論を出すのが非常に難しいクルマだね。日本車の中で横比較してどうかと言えば、そこそこ
良く出来たクルマだとは思う。しかし、富士重工の、レガシィというブランドのクルマだという大
前提からすれば、評価は厳しくならざるを得ない。落胆した、と言ってもいい。それだけ我われの
期待値は高かったのだ。日本車には稀な、芯のしっかりしたクルマであり、とくに安心感のある走
りを実感したユーザーが多かったからこそ、レガシィはここまでの「定番」になったのだからな。
E1 私もT1さんの見方と同じだね。これまでは「走りを核とする乗用車をどう作ればいいのか」
を考える作り手側の真剣さがあり、それが走りにも現れ、ほかの日本車とは同列に語れない存在だ
った。それはもはや失われた、と言わざるを得ない。             (引用終わり)

                               (以下引用、改行位置変更)
レガシィ・ブランドは失墜し並以下に転落した
プ ということで、商品企画として何を考えたのかを読み解くと、まずレガシィは富士重工の屋台

骨を支える商品であり、数を売りたい。レガシィのブランド力を活かし、さらに売れるモデルにし
たい。そのためには「カッコよく」すればいい、と考えたわけだね。
T2 あの会社が『存在として美しいか、否か』などというテレビCMを打つのだから、まぁ、相当
な覚悟があったんでしょうね。                       (引用終わり)

そこそこ良く出来た」でも「並以下」なのか確かに「結論を出すのが非常に難しい」のが分かるけど
カッコよくすればいいというのは核心を突いているのは確かでしょうね。
3代目まで5ナンバーサイズに拘ったかのような謳い文句をしていながらあっさり3ナンバーにして
なのに室内の広さなどは何も変わってないというかむしろ窮屈になって荷室も狭くなったのですから
カッコ重視と言われる通りですし、そこを売り文句にするしかなくなったのは事実ですね。

 

                               (以下引用、改行位置変更)
E1 そもそもレガシィという商品は突然変異だったと思う。初代は、レオーネの後継を作ろうとい
う時に、まずは基本をしっかり押さえたモノづくりをし、たまたま小関さんが育てた実験部門に質
の高いドライバーがいたから、ああいうしっかりした走りが生まれた。
PL そうだね。富士重工という会社は、クルマ作りの実力が高いわけじゃない。コツコツ努力して、
色気を出さない会社なんだよ。レガシィは凝ったことをせず、しかしクルマとしての基本をマジメ
に組み立てて、そこに実験部門の質の高さが加わったから、日本車には珍しい「味」ができて成功
した。
E2 で、売れてしまった。                         (引用終わり)

一部分を除いてはなかなか富士重工というものを見抜いていますね。
一部分というのは「小関さんが育てた」というくだりに疑問符が付くことですけどね。
具体的に誰を念頭に書かれているのか定かではないですけど
少なくともT氏はその頃の小関の下にいた時は完全に干されていて反目し合っていましたからね。
※その後、79Vインディ速度記録挑戦を機に180゜寝返って二代目親分みたいになりましたが……

 

                               (以下引用、改行位置変更)
E2 となると、皆さん、新型レガシィは否定、ということですか?
E1 ああ、これはもう並の国産車のひとつでしかない。
T1 オレもまったく同じ。
T2 走ると、もはや初代、2代目レガシィの骨太さはまったくないですね。まっすく走ること、舵
の感触、乗り心地…、大事なところがかたっぱしから並や並以下ですね。素人の意見でいじり倒し
たんでしょうね。つらいなぁ。
E2 日本車の中では、かなりまともなクルマだと思いませんか?
PL いや、まじめさ、真剣さが消えた。商品企画としても、モノづくりの手抜きも、まるでトヨタ
風だと私も思う。富士重工という会社が、レガシィというクルマの本質を見失った結果の産物だ。
                                     (引用終わり)

                               (以下引用、改行位置変更)
レガシィにしかなかった走りの安心感は失われた
PL なんか、あらゆる話が後ろ向きだな。走った評価はどうだろう。
E1 まず、レガシィが日本人の中でもクルマとよく付き合う人々に浸透していったのは、様々な状
況で、天候が変わろうとも不安なく走れる、という無言の安心感が最大の理由だったはずだ。それ
はコクピット・デザインや着座姿勢に始まり、クルマを動かし、たとえば高速道路でちょっと足を
伸ばすような機会があれば、素人でも何かを感じた。それが消えてしまった。
T1 たしかにE2君が言うように「よくできた日本車」なんだ。しかし、レガシィに造り込まれてい
た、独特の乗り味は消えた。
プ まったく同感。
デ たしかに、何がいいのか説明はできないのだけれど、クルマを走らせて安心感がありました。
E2 走ると、たしかに日本車の平均レベル+αでしかなくなりましたね。我々がベンチマークにし
ていたレガシィではない。
T1 なにより、普通の道でまっすぐ走るのに気を遣うのがよくない。日本の自動車メーカーは、
その重要さを無視しすぎているんだが、レガシィもじつは先代からおかしくなった。それがさら
に強まっているいる。
E2 先代のときのこの会議でも話題になってますが、あのリア・サスペンションは失敗作ですか
ら。
PL そこにまったく手を入れず、直さず、車体骨格やエンジン、トランスミッションなどを改良
してすませたこと自体、開発の意思決定をしている人間たちが、クルマの素人であり、自分たち
の最大の財産が理解できていない、ということだよ。(中略)

E1 脚が動かず、硬く、とにかく細かく上下に揺さぶられるね。それもGT系はとくに強烈で、
普通の2ℓ自然吸気仕様でも固すぎるな。かつての良きレガシィは、じつはハイパワー仕様でない
普通のTSとかブライトンといったグレードが、しなやかで自然でよかったものだが。
T1 舵の感触がまったく良くないのも、旧来のレガシィとは大きく違う。ステアリングを動かし、
保舵する時の感触というのは、人間がクルマと対話する中で、ものすごく大事な部分だ。これま
でのレガシィ/スバルは、そこが一応はちんとしていた。ところがこのレガシィは、まるでトヨ
タ車。                                 (引用終わり)

あのリア・サスペンションは失敗作」というのはこちらの記事のことですね。
上述のボクが関与したフロント・サスのジオメトリー先行開発がどう影響したのか分かりませんが
おそらくほぼ無視された結果だとボクは見ています。
なんせ開発中盤になってもゴタゴタとジオメトリーを弄ってましたからね。傍から見てて。

特に、キャスタ角を大きくしたことと舵角差を小さくしてしまったようでこれが悪さしたと見ています。
キャスタ角を大きくすると大転舵した時に対地キャンバ角がネガティブ側に変化するので
フロントタイヤのグリップ限界が上がって曲がりやすくなるという理屈なのですが
それを単純にやるとトレール量が増えて操舵力が増えてしまい油圧パワステでは
直進付近の操舵感が悪くなってしまいます。
大出力の電動パワステだとその欠点はある程度補えますけどね。

また、キャスタ角増=キャスタートレール増で直進安定性が増すという点もありますが
一方で転舵すると外輪の接地点が外側に蹴り出すことになるので急に向きを変える力が大きくなります。
つまり、チョロチョロ動きやすくなるということです。
矛盾するようですがキャスタートレールが増えて直進性が増すのは操舵力が増すということなので
それを結局はパワステの出力=パワーで相殺させようとするので直進性の良さは得られず
接地点の蹴り出し効果によるチョロチョロの向きを変える動きだけが目立つようになるわけです。

それと、舵角差を小さくしたのは最小回転半径のカタログ値を小さくするのが目的だったようです。
フル転舵時の舵角差を大きくする、つまり内輪より外輪を少ししか転舵しないようにするわけなので
最小回転半径はどうしても大きくなってしまうわけですが、
5ナンバーサイズから3ナンバーサイズになって最小回転半径が大きくなっては
批判されるということで、無理矢理最小回転半径を小さく見せたかったわけです。

ただ、実際にフル転舵して舵角差が小さいとスムーズに走行できずに
タイヤやサスに過大な負荷がかかり最小回転半径もあまり小さくならないのですが
当時は簡単な計算式から算出した値をそのままカタログ諸元値として申請してましたから。
そしてマガジンXの評価とは別にこのタイヤやサスに過大な負荷がかかるということは
量産後にもサス・ブッシュ破損とかタイヤ偏摩耗・早期摩耗などといった不具合に繋がってしまいました。

ちなみに、舵角差を小さくしてしまうと大転舵で内輪が外に押し出す力が強くなり曲がりにくくなります。
キャスタ角増やして大転舵時に曲げようとしてるのに何やってんの?と傍からは感じてましたね。

 

                              (以下引用、改行位置変更)
レガシィ人気の原因を取り違えてFMCをした
PL それでは新型レガシィを総括しよう。
E1 会社の屋台骨を支えるクルマだから失敗は許されない。それはわかる。しかし、富士重工が
トヨタみたいな考え方でクルマを作っても、勝負にはならない。年間10万台をきっちり売るクル
マ。絶対にトヨタが追い付けないクルマをつくるべきだ。
E2 欲を出してはいけない、と?
プ 欲張っていいんだよ。ただ、欲張り方を間違えた。何度も言うが、富士重工の人々が、レガ
シィの、そして自分たちのクルマの本質を理解できていない。これは先代でもちょっと出ていた
が、今回はそれがあからさまになった。悲しいよね。
E1 それにしても、ここまで自分たちのことがわかってない、とは思ってなかった。
                                    (引用終わり)

トヨタみたいな考え方で」というのは当時の富士重工にも今のスバルには基本的にないでしょうが
自分たちのクルマの本質を理解できていない」というのは当時の富士重工には当てはまりますね。
今現在はたぶんそれなりにスバルのクルマ造りの本質は理解できていると思うしそう願いたいですが。

                             (以下引用、改行位置変更)
人材を活かしきれない富士重工の首脳陣が元凶!?
 富士重工の前身は中島飛行機である。(中略)
 そして、経営的には日産・興銀にもてあそばれた感のある富士重工が日産グループを離れ、
GMグループに参加する道を選んだのは3年半前。思いきり独自性を発揮できる環境になった
のだが、どうやら「フタを開けたら自動車のわかる役員がいなかった」ようだ。いまではGM
に好かれようという行動ばかりが目立つ。                (引用終わり)

自動車のわかる役員がいなかった」のも事実かもしれませんが
やはりそれ以上に先ほどの「自分たちのクルマの本質が理解できていない」のが問題で
「プレミアム・ブランドを目指す」といいながらBMWになりたい、アウディになりたいと
カタチから入って自分たちの立ち位置を見失ったというのがこの頃の富士重工であって、
それはGMに好かれようとしたわけではなくむしろGMを無視してやろうという考えでしたね。
まぁでかいGMに飲み込まれないようにとの思いから反発していた反抗期とも言えますが……

と、かなり21Zについて否定的な記事内容となっていますし
いつも辛口評価の多いマガジンXの中でもスバル車をこれだけこき下ろしたのは珍しいですね。
とは言え、国産車ではまぁまぁとそんなに悪くないとも読み取れますし
そもそも21Zは大接待攻勢を展開したとはいえ日本カーオブザイヤーも貰った車ですから
買ったお客さんにとってはそんなにダメダメな車とは言えないこともこれまた事実でしょう。

ボクから見ても少なくとも外観デザインはスバルとしてはゴテゴテしてなくて綺麗だと思います。
それでも、ボクにとっては傍から見ていても寄って集りながらピリピリ・ギスギスした開発をしてたので
その印象も影響してか乗ると大らかでゆったりした気分とは真逆の圧迫感・閉塞感・ストレスを感じ
それ故にあまり乗りたくならないし積極的に知人にも奨めたい車ではないですかね。

それに、何より主力市場のアメリカではそれほど売れなかったので成功作とは言えないでしょうね。

 

なお蛇足という感じになってしまいますが
そのマガジンXには次のようなくだりがあり思わず笑ってしまいました。
                              (以下引用、改行位置変更)
T1 そのあたりは、標準装備のBSの悪い面が様々に出ている。日本の自動車メーカーは、もう
ちょっとタイヤを知って、BSにまともなタイヤづくりを要求しないとダメだよ。(引用終わり)

あそこは要求しても作る技術がないし、裏から手を回して要求した人を貶めようとする会社ですからね。
でも仲良くするとゴルフクラブとかロードバイクとか貰えるとか……以下自粛。

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コメント

なんだか考えさせられますね。私には足回りの評価ができる知見はないので細かいところは本当は理解できてないですが。

B社のタイヤはまた買う気がなくなりました、って15年くらい前にスタッドレス買ったくらいですね。夏タイヤは懐かしのRE71で懲りたので😝

投稿: TOMO | 2021-09-18 08:56

>TOMOさん

あら懐かしいRE71ですか。
実は何を隠そうボクが唯一買って自分のクルマに履かせていたBSタイヤが
そのRE71でした。軽自動車用でしたけど。
もう30年前のことで操安の仕事をする前なのでBSに悪い印象も持ってなかった頃ですね。

グリップだけはあったけどおかけでロールオーバーしそうになりましたな(爆)

投稿: JET | 2021-09-18 09:28

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