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中学・高校のハンドボール部は体育会系でもグダグダだった

先日の東京2020の記事の中でも触れましたがボクは中学・高校ではハンドボール部に入ってました。

ちなみに、ボクが通っていた小学校では部活動はなかったので何かに特化してやっていませんが
高学年になってからは校庭でドッジボールをよくやっていた記憶があります。
でも、近年になって「小学校の部活動が教師の働き方改革で廃部相次ぐ」なんてニュース記事があって
えっ小学校から部活なんてあったのと驚いた次第なんですけどね。
まぁ、教師の働き方のためというのは工夫したら良いだけ話だとは思いますが
小学生の頃からひとつの部活動に限定して取り組むというのはどうなのかなぁという気がしますねぇ。

小学生ぐらいの頃は色んな遊びを色んな仲間とワイワイやって楽しむのがいいんじゃないかなとね。
むしろそうやって自主性とか創意工夫とかを育てることも大切じゃないかと思うんですよね。
もちろん、本人が望むなら英才教育ばりに集中して取り組めば突出した才能が開花するかもしれないけど
そういうのは学校とは別の組織で素人教師ではなく専任コーチが行うのが良いでしょうし。

でも、ボクが小学生だった田舎ではそんな学校とは別組織のクラブなど何もなかったはずで
今のように少年サッカーだとか少年野球だとかもなかったのでただ自由に遊んでただけですね。
野球だけは近所の遊び仲間が集まってユニフォームとか作ってた記憶がありますが
大人のコーチや監督だいたわけでもなくちゃんとした指導や練習もした記憶はないです。

そんなわけですから、小学生までは体育会系とか運動部とかいう概念はなくただ遊んでただけです。
では、中学・高校からはバリバリの体育会系になったのかというと……

 

まぁ、いちおう体育会系という括りには入るんだろうけどゴリゴリの体育会系でもなかったです。
まず、中学校の方はボクらが入学するまでは分校という扱いになっていた新設の公立中学校でした
ボクらが入学した時にやっと3学年が揃ったというくらいで伝統とかのない学校でしたし
そんなですから生徒も周辺の色々な地域から集まってきているような形ですから
先輩後輩のしがらみも薄くて暗黙のルールとか縛りなども形成されていない状態だったと思います。

さらに、部活ではハンドボールというレアであまり人気のないスポーツでしたから部員も少なく
だから上下関係なども他の運動部、特にサッカー部などと比べたら大したことなかったです。
とは言え、それでもいちおうは先輩には口答えできなかったし理不尽に近いしごきも受けましたけどね。

この中学のハンドボール部では顧問の先生はいちおういたけどハンドボールの経験があるわけでもなく
日常の練習でもほとんど顔を出すこともなく特に技術的・戦術的な指導を受けることもなかったです。
また先輩も中学になってからハンドボールを始めた人ばかりで特別な指導を受けたわけでもないので
代々受け継がれてきたような練習方法や戦術などもなくほとんど自己流でしかなかったですね。
世界レベルどころかちゃんとしたハンドボールの試合なんて観たこともない人ばかりで
今みたいにYouTubeとかで簡単に動画を検索できる時代でもなかったですしね。

そういう意味でも本格的に対外試合で勝つことを目標として日々練習に励むというような部活ではなく
遊びの延長的で好きなようにそれっぽくやってるだけという感じでしたね。

ちなみに、ボクが中学になってハンドボール部に入った理由は
ボールのサイズや扱い方がドッヂボールと通じるところがあったということもありますが
上述のようにゴリゴリの体育会系でなくどこか緩い雰囲気の部活と感じたということが大きかったです。
それに、部員が少ないから試合に出場する機会もあるだろうし。
これまた試合に出て勝つことより玉拾いだけじゃつまらないなというくらいの考えですけどね。

そんな中学ハンドボール部なので対外的な練習試合なんてすることはまったくなくて、公式試合でも
全国大会につながる地区大会でも最弱チームが定位置で3年間で1勝したかどうかというほどでした。
ボク自身も体力はあったものの運動音痴でその頃は滅茶チビだったので
2年生からはいちおうレギュラーだったものの守備と速攻以外はほとんど活躍できない選手でしたね。
もっとも右ひじの離断性骨軟骨炎で手術したりもしていたので離脱していた期間もありましたが。

 

そして、高校に入学するのですが、ここは卒業した中学校のほぼ真向いに新設された公立高校でして
ボクが入学したときには3年生がいなくてまだ1年生と2年生の2学年しかありませんでした。
そして、ハンドボール部は前年にはなくてボクらが入学した年に新たに創設されました。
なので、上級生は数人だけで中学時代のハンドボール部の先輩もいちおういましたが
中学時代よりもさらにグダグダの部活動生活となっていましたね。
だからこそこれまた地区大会では最弱チームという位置づけも相変わらずでしたけど。

ですから、先輩後輩といってもごく普通の上下関係でいちおうの礼節を以てすればよいだけのことで
しごきとかいじめとか体罰とか叱責とかもまったくなく冗談すら言えるほどで
ましてや試合や練習等の部活動以外での理不尽な命令などもなかったです。
というか、毎日部活に参加するような先輩はほとんどいなく練習も成り立たないくらいでしたね。

その時の顧問の先生はいちおう学生時代にそこそこハンドボールをやっていた人でしたけど
毎日部活に顔を出して熱心に指導したり練習させたりするわけでもなかったです。
なので、高校でもハンドボール部に入ったのはもちろん中学までやっていたこともありますけど
これまた中学の延長で緩く適度に気軽に運動部でやっていけそうだったからなわけです。
ハンドボールは好きだけどチームとしてはほぼ勝つ見込みがない
勝つ見込みはないけどやってる本人は緩々で楽しんでいただけでやはり遊びの延長でしかなかったです。

 

ところが、ボクが2年生になった時に状況が急変します。
中学の時に全国大会で決勝戦まで行ったチームのうち3人が新入部員として入ってきたのです。
大同製鋼や湧永製薬などハンドボールが盛んな中京地区のそこそこ伝統ある某中学校出身ですから
全国大会で活躍するのは特に不思議なことでもないんですけどね……

とはいっても、その高校は公立のいちおう進学校の端くれみたいなものでしたから
彼らもハンドボールで全国制覇を狙うとかましてや実業団チームに入って……なぞ目指してたわけなく
適当に3年間(実質的には3年生は受験と称して引退してたので2年間)部活しておこう的な考えで、
その点ではボク自身とほとんど同レベルだったのだと察していますけどね……。

しかし、全国一を争うほどなのでその技術レベルはボクなんかとは全く比較にならないほど高いわけです。
となると、ボクはレギュラーから外れて控え選手……とはならないのが笑ってしまうところで
彼ら3人を含めても部員総数7名でギリギリ1チームを構成できる人数しか達しなかったんですな(笑)

ハンドボールってメンバー交代が何時でも何度でもかなり自由に行える球技なのに
交代メンバーどころか万が一の負傷などでの控えメンバーもいないという状態だったわけです。
しかも、日常的に練習というか部活に顔を出すメンバーは4、5名もいれば多い方という感じで
大会の試合の時だけなんとかギリギリ7名揃うみたいな状態でしたから情けないかぎりでした。

4,5名でゴールキーパーもいないのでは試合形式の練習はおろかシュート練習にもなりません。
なので、ハンドボールではなくバレーやバスケットやサッカーなどの真似ごととかして遊んでましたね(笑)
陸上部に混じって走ったり幅跳びしたり時にハードル走したりとかもして遊んでました。
なんせ、スポコン的な身体を徹底的に鍛えてとかスピードやワザを磨いて……
なんてストイックさとは真逆の自由気ままの部活動って感じでしたね。
ただ、本心では紅白試合できるくらい部員がいればそれはそれで楽しかったかなとも思いますが……

それでも、全国レベルだった選手が3人もいるというのはさすがに傑出しています。
それにボクと同学年の友人1人だけはなんか不思議なリズム感があって相手チームメンバーだけでなく
自分たちでさえどうしてあのシュートが決まるのかよく分からないけどポイントゲッターでして
それもあって、ボクはレギュラーだけど大して活躍もせず県大会まで進出できるという快挙
いや快挙というより暴挙に近かったかもしれませんがそんな珍事が起きてしまいました(笑)

もっともその県大会では1回戦にチームとしてたった2点しか取れず記録的大惨敗を喫しましたorz
まぁその対戦相手は県大会で優勝し全国大会でも活躍したので端から相手になるわけなかったけどね。
ちなみに、ハンドボールというのは本来体育館のフローリングの上で行う屋内競技なんですけど
ボクはその試合で人生で最初で最後の屋内でのハンドボールを体験しましたよ(笑)

そんなわけで、というかそんな状態でしたから高校の部活でも先輩後輩の関係をはじめとして
いわゆる体育会系特有の関係や精神性とかにはほぼ無縁で過ごしてきました。
特に、ボクが2年生の時なんかは後輩の方が発言に説得力を持っているほどでしたから
1年先輩だからといって上から目線になることもなかった、というかなりようもなかったですしね。

 

それと、中学・高校を通して部活動以外での上級生・下級生との関わりってはほぼ皆無でした。
グレて徒党を組んでる輩もほとんどいませんでしたし
上級生に目をつけられて焼きを入れられるとかリンチなんて話も聞きませんでしたね。

というわけで、中学・高校と体育会系部活に所属していたボクですけど
バリバリ・ゴリゴリの体育会系とはまったく無縁のグダグダの部活動を続けていて
中学・高校生活では体育会系的な精神はこれっぽっちも育まれなかった、という話でした。
じゃぁ大学ではどうなったのか。これは次回にでも記事にしましょうかね。

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