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単行本「ホモ・デウス」上・下 を読了

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前回紹介の「サピエンス全史」上・下に続いてその続編にあたる
同じ河出書房新社の「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」」上・下
 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳を読みました。
これもサピエンス全史と一緒に、つまり4冊まとめて買ったものです。

そして、この本も表紙カバーの袖(折り返しの部分)に次のように紹介されてます。
上巻の部分だけ引用しておきましょう。

                                 (以下引用、改行位置変更)
世界的なベストセラー『サピエンス全史』は、取るに足りない類人猿が、どのように地球
の支配者となったのかという、人類の過去についての物語である。本書『ホモ・デウス』でユヴァル・
ノア・ハラリは、人類の未来を描く。人類は自らにとって最悪の敵であり続けた、飢餓と疫病、戦争
を克服しつつある。この三つの問題を克服した我々は、今後不死と幸福、神性の獲得を目標とす
るだろう。人類は自らをアップグレードし、ホモ・サピエンスをホモ・デウス(「デウス」は「神」の意)
に変えるのだ。生物工学や情報工学などのテクノロジーを用いて、世界を、そして自分自身をも、
思いどおりに作り替え、創造することを目指すのである。それではこの神のような力は、すべての
人々が享受するものとなるのだろうか? あるいは富む者と貧しい者との間に、想像を絶する生物
学的な格差をもちらすのか? 我々人類がどこへ向かうのかを、かつてないスケールで描く衝撃の書!
                                       (引用終わり)

となっています。
ちなみに著者は予言しているわけではなくあくまでも人類の過去から現代までを俯瞰すれば
このようになる可能性があるということを書いているに過ぎないのであって
それを認識しつつどう未来を構築していくかは人類そのものにかかっているという立場です。

それにしても、人類は今後アップグレードすると聞けば超人類の出現ということになり
先日読んだ「サピエンスの未来」と似たようなことなのかと一瞬思いつつも
あちらは人類の総和としての叡智が神の領域と言えるところまで到達していくというのに対して
本書では個々の人間が人造人間とか遺伝子操作とか意識のアップロードなどSF的世界の実現としての
超人類=神の領域となるホモ・デウスの出現の可能性を示唆しているわけです。

少年の頃に銀河鉄道999を観て、機械の身体なんて要らないと強く思ったボクとしては
なんとも空恐ろしい世界がもうすぐそこにまで迫っているのかもしれないということです。

まぁ最初は一握りの富める人が、そして強欲な人がそのような超人類化を目指し
倫理や道徳を飛び越えて闇でそのような超人類化が行なわれていくのかもしれないません。
そのうちに大衆化されていくのかもしれませんが
たぶんボク自身はその前に静かに天命を全うすることができるのだろうと楽観しております(笑)

でなくとも、超人化・不死化が倫理的にも合法となるような世界になるのだとしたら
逆に尊厳死も認められてしかるべきだと考えてますから、そちらを選ぶかなと思います。
まぁ実際にその段になったらどんな卑しいこと考えるかは分かりませんけどねぇ(爆)

 

本題とはあまり関係ないですが、少し面白いと思ったことを紹介しましょう。
                                          (以下引用)
   古代ギリシアの哲学者エピクロスは、神々の崇拝は時間の無駄であり、死後の存在というものはな
く、幸福こそが人生の唯一の目的であると説いた。古代の人のほとんどはエピクロス主義(快楽主義)を
退けたが、今日ではこの主義が当然の見方になっている。人間はあの世の存在を疑っているために、不死
ばかりでなくこの世での幸福も追求しないではいられない。永遠に生きられたとしても、永遠に悲惨な状
態で生きたのでは意味がないではないか。(長い中略)
               エピクロスは幸福を至高の善と定義したとき、幸福になるには骨が折れ
ると弟子たちに警告した。物質的な成果だけでは、私たちの満足は長続きしない。それどころか、お金や
名声や快楽をやみくもに追い求めても、惨めになるだけだ。エピクロスは、たとえば飲食はほどほどにし、
性欲を抑えることを推奨している。(中略)
 どうやらエピクロスは、大切なことに気づいていたらしい。人は簡単には幸せになれないのだ。
                                         (引用終わり)

うーん、深いですねぇ。
高校の時にエピクロス派vsストア派など習った気がするし
学生相手だからかエピクロスは異端的扱いとして教わったような気がしますが
その時でもなんとなく密かにエピクロス派に心を動かされたことを思い出したボクとしては
あぁだからこそ今は早期リタイアして異端の道に進んでるのかと納得したりしてね(汗)

 

                                   (以下引用、改行位置変更)
 とはいえ、この聖書の話には、より深く、より古い意味の層がある・セム語派のほとんどの言語で、
「イヴ」は「ヘビ」を意味する。あるいは、「メスのヘビ」という意味さえ持つ。聖書に出てくる私たち
の祖先の母の名前は、古代のアニミズムの神話を隠しているのだ。その神話によれば、ヘビは私たちの敵
ではなく、祖先ということになる。   (中略)    じつは、現代の西洋人も自分たちが爬虫類か
ら進化したと考えている。私たち全員の脳は、爬虫類の脳を核として構築されているし、体の構造は事実
上、爬虫類の体の修正版だからだ。                         (引用終わり)

日本でも記紀には蛇が人間や神の化身としてよく登場してきますがそれは男神が多い気がします。
ただ男系社会となる中で変質していった可能性もありますけど
いずれにしても世界共通で蛇が祖先だったり神だったり神聖化されているのは面白いですね。
ボクも嘘か誠か分かりませんけど小さい時に親父から一族に伝わる白蛇伝説などよく聞かされてましたし。

 

                                          (以下引用)
 二〇一二年のあるギャラップ世論調査によると、ホモ・サピエンスが神の介入をいっさい受けずに、自
然選択だけによって進化したと考えるアメリカ人はわずか一五パーセントしかおらず、三二パーセントが、
人間は何百万年も続く過程の中で、先行する生き物から進化したかもしれないが、神がそのショー全体を
演出したと主張し、四六パーセントが、まさに聖書に書かれているとおり、過去一万年間のある時点で、
神が人間を現在の形で創造したと信じているという。大学で数年学んでも、こうした見方にはまったく影
響が出ない。                                   (引用終わり)

いやはやなんとも驚くしかないですが、とは言えアメリカ人の無知さは知られるところでもありますが。
だからこそ生物の中で人類だけは特別なんだと信じているのでしょうし
そういう思考回路だからキリスト教徒は特別なんだ、白人は特別なんだ、アメリカ人は特別なんだとか
そのような無意識もしくは意図的に考えてしまうのでしょうけど。
とは言え、程度の差こそあれ、このような傾向はアメリカ人だけではないのでしょうね。

 

(以下引用)           人々が何千年にもわたって将来の成長をほとんど信じなかったのは、
愚かだったからではなく、成長が私たちの直感や、人間が進化の過程で受け継いできたものや、この世界
の仕組みに反しているからだ。自然界の系の大半は平衡状態を保ちながら存在していて、ほとんどの生存
競争はゼロサムゲームであり、他者を犠牲にしなければ繁栄はない。(長い中略)
 日本の首相で国家主義者の安倍晋三は、日本経済を二〇年に及ぶ不況から抜け出させることを約束して
二〇一二年に就任した。その約束を果たすために彼が採用した積極的でやや異例の措置は、「アベノミク
ス」と呼ばれてきた。(中略)
 このように成長にこだわるのはわかりかったことに思えるかもしれないが、それは私たちが現代世界に
暮らしているからにすぎない。過去にはそうではなかった。
(中略)      成長が世界中でほとんど宗教のような地位を獲得したことを物語っている。実際、
経済成長の信奉を宗教と呼んでも間違っていないのかもしれない。なぜなら今や経済成長は、私たちの倫
理的ジレンマのすべてとは言わないまでも多くを解決すると思われているからだ。    (引用終わり)

アベノミクスでなくとも「資本主義は永遠に成長を目指さないといけないのか」というのは
最近のボクの関心事の中でももっとも上位にくるものなわけですけど
著者によればそれはほとんど宗教であるということなわけですね。
つまり現代は世界中のほとんどの人がそう思い込んでいるからそういうことになっているんだと。

そう言われてしまうと、別に成長しなくてもいいんだという方法をことさら見つける必要もなく
それでも皆がそう思い込んでいる以上はそうそう簡単に別のベクトルに意識変革することもないのでしょう。
だってアメリカ人は未だに神が人間を創造したのだと信じているくらいですから
そうそう簡単に今信じていることを否定できないのでしょうからね。
アメリカ人だけでなく人類というのはそういうものだということなのでしょうし。

と考えるとやはりあまり楽観的にはなれないわけですが
まっ、そんなことボクにとってはどうしようもないことなので傍観者で楽しみましょうかね(汗)

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