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文庫「日本軍の秘密組織」を読了

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彩図社の「教科書には載せられない 日本軍の秘密組織」日本軍の謎検証委員会編を読みました。
本書の「はじめに」に以下のように書かれています。
                                   (以下引用)
 戦争は何も、艦艇や航空機、戦車などによる物理的な衝突ばかりで成り立っているので
はない。その舞台裏で繰り広げられた「情報戦」や、人脈や情報を駆使して組織をつくり
上げ、改革や謀略に取り組んだ人々も、国家の運命を左右する重要な要素なのである。
 本書をお読みいただいた方が、少し違った方向から日本軍を知り、日中戦争や太平洋戦
争に関する理解を深めていただけたら、筆者として嬉しい限りである。  (引用終わり)

日本軍の諜報機関や特殊部隊というとどうも連合軍に暗号筒抜けでダメダメだったという印象でしたが
占領地域や傀儡政権などに対する諜報や情報操作などかなり多くの組織が広範囲に活動していたようで
それらの組織や機関についてひとつひとつ取り上げて説明を加える形式の本となっています。

ただ、それらの組織がいくらいい仕事をしても軍上層部が諜報活動を重視せず聞く耳も持たず
かつ軍内部での派閥抗争に明け暮れた結果、日本軍は苦戦を強いられたという文脈がよく出てきます。

 

幾つか興味深いものをピックアップしてみましょうかね。
                          (以下引用、一部改行位置変更)
【ミャンマー軍の前身をつくった独立工作機関】南機関   (中略)
 喫緊の課題は支援対象となるべき独立運動家の確保だが、すでに日本はある人物に目を
つけていた。それが、25歳の青年活動家アウンサンだ。  (中略)
 独立の約束を信じて戦ったビルマ人は、日本の不義理に憤った。 (中略)
 その不信感は最悪の形で噴出した。1944年6月、インパールでの大敗を知ったアウ
ンサンは、日本を見限り反日組織「反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)」を密かに
結成。 (中略)
 ちなみに、終戦後もイギリスはビルマ独立を許さず、アウンサンは1947年の暗殺事
件で命を落とした。  (中略)                 2015年には民
主化運動が実を結び、アウンサンの娘であるアウンサンスーチーがトップに就いている。
                                  (引用終わり)

ミャンマー、残念ながらつい先日また軍事クーデターが起きてしまいましたね。
この本を読んでいた時およびいったんこの記事を書いていた時にはまだ勃発してなかったんですが
今後どうなっていくんですかね。
また軟禁状態となってしまったスーチー女史にしてもいろいろ闇があるみたいですけど……

 

                                   (以下引用)
【マンハッタン計画を探った外務省の秘密組織】東機関  (中略)
 例えば、ミッドウェー防衛に参加予定の空母が出港したこと、ガダルカナル島へ近日中
に大規模攻勢が掛けられ、アメリカは不退転の覚悟で臨むことなど。そして最も注目すべ
きは、マンハッタン計画の詳細すら掴んでいたことだ。 (中略)
                      当の日本は機関の報告をほとんど無視し
ていた。  (中略)
 日本軍が東機関を重視しなかったのは、本土やアジア方面の機関を優先したことや、軍
内部の情報軽視が大きいとされている。                (引用終わり)

 
マンハッタン計画の詳細を掴んでいながら降伏をなかなか決断できずに
広島・長崎に原爆投下を許してしまったのでは軍部の責任と言われても仕方ないですな。
もちろん原爆落としたアメリカの方がその何百倍も責任があるわけですし鬼畜な所業なんですが。

 

                                   (以下引用)
【人体実験疑惑も根強い細菌兵器研究部隊】陸軍731部隊  (中略)
 実際、日露戦争時の日本軍は、戦場における防疫に力を入れた。(中略) 日本軍は負
傷者の治療のみならず、予防細菌学を戦術計画に取り入れる。そのため、細菌によって腹
痛や下痢などの症状が起きないよう、食事の後に服用する「クレオソート」という錠剤が
配られた。この、独特の臭いと苦味を持つ錠剤は「征露丸」と名付けられ、のちに「正露
丸」と改められている。 (中略)
 では、本当に人体実験は行われなかったのか、それともアメリカや日本の為政者の思惑
で闇に葬られたのか、戦後70年以上が経った現在でも、その真相は解明されていない。
                                  (引用終わり)

大戦中、南方の戦線ではマラリアなど病気で戦わず死んでいった日本兵が多かったと聞いていたので
すでに日露戦争時に防疫に力を入れていたというのは意外に思えました。
また、正露丸は日露戦争が由来とは聞いてましたが鉄砲の玉などを連想した名付けと思ってましたが
薬そのもの、しかも下痢止めというより予防薬として使われていたとは初めて知りました。

 

                                   (以下引用)
【満州の影のボスが率いたアヘン密売組織】甘粕機関  
(中略) そして、このアヘンビジネスを裏で操っていたのが、「満州の影のボス」と呼
ばれた甘粕正彦と彼の率いる「甘粕機関」だった。           (引用終わり)

チャイナのアヘンというとアヘン戦争が有名なのでイギリスが広めたという印象ですけど
日本も影でいろいろやっていたとは初めて知りました。
というか、“甘粕”というとついついボクはTVアニメ「ひそねとまそたん」の
甘粕ひそね2等空曹を連想してしまいますし(汗)、
甘粕って架空の名字だと思っていて実際にそのような名字があるとは知りませんでした。

しかもこの甘粕正彦という人は関東大震災直後に民間人虐殺という甘粕事件を起こした人だそうで
満州でのアヘンビジネスもなんだか相当にきな臭さを感じてしまいますねぇ。

さらにびっくりしたのは、甘粕氏の先祖を辿ると米沢藩・上杉家に仕える武士だったそうで
ボクのご先祖様とは戦国時代~戊辰戦争まで上杉家に仕えて共に戦った
同じ穴の狢(むじな)ということになるじゃないですか。
だからどうしたという話ではありますけどね(笑)

 

                          (以下引用、一部改行位置変更)
【諜報部員養成所の実態とは?】陸軍中野学校  (中略)
 一般的に、日本の陸軍は諜報や謀略などのスパイ行為にさほど力を入れてこなかった、
といわれている。  (中略)
しかし、中野学校では「天皇も我々と同じ人間である」とし、宿舎の中では「天皇批判」
の議論も行われていたほどである。  (中略)
 それでも「謀略は誠なり」、つまり「名誉や地位を求めず人類社会のために尽くし、国
と国民のために尽くした誇り」のためにスパイたちは活動した。     (引用終わり)

スパイ要員は洗脳したら使い物にならないので世界的な常識人として育成されたということですかね。

 

その他、日本軍とアメリカ軍の諜報力の比較などにも言及されていて、
要約すれば規模の点ではアメリカが圧倒的なのですが
開戦当時はアメリカ軍は黄色い日本人に諜報活動など出来ないと高を括っていて失敗したそうです。
ただその後アメリカ軍は人的にも組織的にも諜報力増強を図ったのに対して
日本軍は諜報を軽視し、優秀な人材は作戦部に取られ、情報の一極集中もできなかったとのことです。

また、陸海軍の諜報対策の比較にも言及されていて、陸軍は防諜に最も注力していたのに対し、
海軍は重大な機密漏えい事件を何度も起こしていたのだそうです。
陸軍悪玉論ではないですがなんとなく陸軍は精神論、海軍は理論派というイメージがありましたが
防諜ということだけではなくどうも実態はそうではなかったようですね。

暗号解読に関しても本来解読すべき海軍は解読できずにいたのに陸軍が解読に成功していたようで
ところが海軍と陸軍との情報共有が出来てなかったのでまったく機能しなかったらしいですが。。。

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