突如レガシィ系担当に異動しマルチリンクサスに愕然
これまで書いてきたように72F(初代フォレスターのビッグ年改)の操安乗り心地開発と併行して
サンバー系と44S(2代目インプレッサ)の操安乗り心地開発をしていたわけですが、
道半ばで突如としてレガシィ系の操安乗り心地開発へと異動となってしまいました。
まぁ人事異動ってのはたいていが突然なのですし、課内異動は正式には人事異動扱いになりませんが。
確か、1999年の春のことでした。
その頃は操安乗り心地の開発・実験部署はレガシィ、アルシオーネを扱う第1操安担当(D1)と
それ以外のインプレッサ、フォレスター、軽自動車等を扱う第2操安担当(D2)とに分かれてました。
ここで、“担当”というのは一般的な組織では係に相当します。もしくは係長に相当する役職も意味します。
またD1,D2の“D”はDrivingの略として使っていたものです。操安乗り心地=Drivingは変ですが。
このD1、D2の区分けは大昔の小型=レオーネ、軽=レックス&サンバーという時代からのもので
軽自動車から派生のジャスティが中間車種といわれ、それとドミンゴもD2で扱うことになり
インプレッサも結局は中間車種といわれてD2でその派生のフォレスターもD2という区分になり、
結果的にレガシィだけ家父長みたいに扱う社内風潮も含めてD1は扱う車種が絞られていたわけです。
ですから、その時にボクはD2の担当員(グループリーダー)だった身から
D1の担当(係長相当)へ異動・昇級したということになります。
昇級しても給料はまったく変わりませんけどねorz
ちなみに、排ガス・エバポから操安乗り心地に異動したこの時はD1で
その後すぐのこの時にD1からD2へ異動したのでその意味では出戻りとも言えますかね。
いちおう、その異動の表向きの理由としては、それまでD1の担当をしていた人が
操安乗り心地業務から新たな実験部署を新設してその主査(課長相当)に昇級したので、
その空いたポストにボクが就くことになったということです。
ちなみに、その時に昇級・異動したその先輩は最初にボクがアルシオーネSVXの操安乗り心地の時の
上司というかチームリーダーでして、またその20年近く後STI実験部長していて
彼が年齢によって嘱託になったので、その空いたポストにボクがSTI出向させられて就くという
なんの因果か腐れ縁みたいなところがありましたね。
もっとも、STIではそんな人ばかりが溜まり場みたいになっていましたけど(汗)
まっ、そんな表向きの理由だけでなく、当時は昇格試験に受かって担当・係長になれる資格になると
だいたい1年ほどで担当・係長に就かせるという暗黙の人事ルールみたいなものがあって
それもあってD1の担当に就くことになったとも考えられますし、
その頃のD1は3代目レガシィ(66L)がひと段落して4代目レガシィ(21Z)はまだ企画もなく
アルシオーネSVXも終了して次期車開発はないという閑散期だったので新任担当にやらせとけとか、
44Sのタイヤ開発で某タイヤメーカーと揉めに揉めたのでそこから外されたのかもしれません。
まぁそれもこれも含めてちょうどいいかってな感じで決まった人事だったのでしょうね。
ただ、個人的にはどっしりと構えてひとつのことに集中してやりたい性格なんで
ドミンゴ、79Vとやっとそこそこそんな感じで仕事をすることができた思ったのも束の間、
ここからまたフラフラと地に足が着かないような
放浪の人事異動の波に翻弄されることになってしまうんですよね。
それについてはまたおいおいと記事にするかもしれませんが……
そんな閑散期におけるレガシィ系の担当での業務でしたのでこれと言ったことはほとんどしてませんorz
新開発6気筒エンジン搭載のランカスター6(海外向けはOUTBACK)の開発がありましたが
サスペンション等の設定は前任者が既に終えていてくれたので最終確認として北米試験しただけです。
この北米試験については別記事にしたいと思います。まぁたいしたネタはないですが。
あとはまだコンセプトも決まっていない4代目レガシィ(21Z)の先行の初期検討をしたのと
現行(3代目)レガシィの市場不具合対応をしていただけですね。
この市場不具合としてはスバル初のマルチリンク式リアサスペンション絡みのものばかりでした。
それは、こんなカッコウしたサスペンションです。 ※「モーターファン別冊レガシィのすべて」より掲載
まぁボクからはっきり言わせてもらえば、このサスペンションは完全に失敗作ですね。
この記事でも少し触れたのですが、スバルのサス設計ではゴムブッシュをこじって使う知見がなく
ましてやサス部材を撓ませて変形させて使うという発想すらまったくなかったので
マルチリンクサスなんてのはそもそも設計することが出来なかったのです。
というか、今でも出来ないかもしれません。
今のスバルのリアサスはダブルウィッシュボーン式と呼んでいますが、
それでもアーム類が片側で4本(4個)あるのでマルチリンクと呼ぶべきという人もいます。
まぁマルチリンクサスの全世界共通の定義なんてものはなくてメーカーによってマチマチなんですが
マルチリンクというのは余分なリンクがあるという意味合いを含んでいるので
(本当の意味での余分なリンクというものはないのですが)
それ故にスバルでは、仮に全てのリンクのジョイント部をピロボールにして
サス部材を剛体としたら動かなくなるサスをマルチリンクと呼んで、
それでも上下にストロークできるサスをダブルウッシュボーンと呼び分けています。
まぁ、リンクFの代わりにさらに前側にコンペンセーターアームと名付けた短いリンクを付ければ
ホンダのダブルウィッシュボーンと似たような形式になるので
ダブルウィッシュボーンと呼びたければそう呼んでもいい形式ではあるんですけどね。
上の構造図から分かると思いますが、リンクFはなくてもいちおうサスの機能はほぼ果たします。
なのでこの余分なリンクがあるのでマルチリンクと呼んでもいいと考えています。
そして、構造図の左上の上面視したもので見ると(本当は3次元で見る必要がありますが)
リアアーム前端、リンクF内側、リンクR内側の3つのブッシュが一直線上に並んでいれば
それらは同一面上で無理なく動くことができますが、赤線のように大きくずれています。
リンクF、リンクRのブッシュは小さく硬いため大きく撓むことは出来ないので
結局はリアアーム前側のブッシュが大きく撓むかリアアーム自体が板バネのように撓まないと
お互いのリンクが突っ張り合って身動きが取れないサスになってしまうのです。
例えば、一般的な乗用車のサスだとバンプ側(縮み側)/リバウンド側(伸び側)のストロークは
それぞれ80~100mm近くあるのが普通です。
ストロークが短い(のが多い)と言われているホンダの車だって70mmくらいは確保されてます。
ところが、このマルチリンクサスは実質60mmにも達してないのです(呆)
スバル360でスバルクッションと絶賛されたストローク溢れるサスによる乗り心地を実現し
水平対向エンジン縦置きでフロントのサスストロークが大きく取れると謳っているメーカーが
世界最小のストロークしか実現できていないのだから本当に呆れるばかりです。
注意しなければならないのは、サスストロークという場合、主に2種類の意味と値があることです。
ひとつは操安乗り心地に関係する実質的なストロークです。
もうひとつはレイアウト設計や耐久性などに関係する最大のストロークです。
リバウンドストロークであれば操安性としてはバネ下質量で垂れ下がる分だけのストロークが重要で
それはジャッキアップして測れるようなもので、前者のストロークです。
一般の人がサスストロークと言えばこちらのことを意味しているでしょう。
上に挙げた数値もこちらのサスストロークの値です。
ところが後者のストロークはさらに思い切りタイヤを下側に叩きつけた時に伸び切る分も含みます。
バンプ側でも同様に上側に叩きつけた時に瞬間的に潰れる分も含んだストロークです。
性能上はほとんど意味ないですが、このような場合でもタイヤがボディに当たったり
アクスルシャフトがオーバーストロークしたりブレーキホースが突っ張ったりしては困りますから
設計としてはこちらの後者のストロークも重要ではあります。
そして、このマルチリンクサスは性能上重要な前者のストロークは世界最小レベルなのに
過大な入力があって無理矢理ストロークした時の後者のストロークは他車並みはいちおうあるのです。
それをもって当時の設計者はストロークは短くないと言い張っていたのです。
それは詭弁なのですが、設計者は短いストロークでもなんとでもなると考えたのか
諸般の事情でそれしか出来なかったのかはその時の当事者でないので分かりません。
それでも実験部署からダメ出しして是正しなければならないはずなんですけどね。
この当時は、性能を実現するのは実験屋の仕事、設計は実験屋から要求されたことを図面にする
というなんとも情けない考えが設計部門(特にシャシー設計)に蔓延っていたことも原因です。
実験屋が自ら目標性能を立案しそれを達成するためにお金や質量がかかる提案を設計にする、
設計はコストや質量や生産性などの制約を強く受けるのでやりたくないから対立する。
そして、性能は実験屋の責任、コストや質量や生産性は設計の責任みたいになって
設計者が性能を念頭に置いた設計業務を放棄しちゃった状態になってたんですよね。
さらに根深い問題だったのは、当時のスバルは長期的なポートフォリオというか車種展開も曖昧で
それに向けた先行開発などもそのポートフォリオにあまり組み入れられてなく
各部署・各人がバラバラに提案して予算もらって先行開発するって感じでした。
本来なら長期的なポートフォリオをしっかり作成してそれに基づいて
客観的・俯瞰的に必要な先行開発を選定して先手先手で準備しておかなければならないのですが
そういうところが全くもってお粗末だったというのが当時のスバルだったわけです。
だから、新しいリアサスペンションを創るといってもそれに必要な先行開発が十分になされてない。
知見もないのに他車の物真似で車種開発+少々の期間で同時並行的に開発するハメになる。
それでは基礎がまったく出来てませんし、問題が分かっても根本から組み直す時間もないわけです。
本来、このマルチリンク・サスは上述のように大きなリアアームを鋳物ではなく板金などで作り
それを撓ませることによってトーコントロールをしようという意図のものなのですが、
何度も言っているようにブッシュどころか部材を撓ませようという知見がまったくないので
耐久性確保などでつまずき(この耐久性試験が最も時間がかかる)ある意味時間切れで
仕方なくそれをそっくり鋳物で作りかえてしまったわけです。
それではなかなか撓ませられないので、結局ブッシュにしわ寄せがかかるとともに
それらが突っ張りあって自由にストロークできないサスとなってしまっているのです。
リバウンドストロークが決定的に短いのでちょっとしたバンプを通過しても
その直後にサスが伸び切りバコンと大きなショックが発生したり
凸凹のダート路では接地性が悪くてリアが振られて安定しないということになります。
また、リアアームがほぼ水平に配置されているのでバンプストロークすると
タイヤはそのまま真上から僅かに(車体に対して)前に移動していきますが、
本来なら路面の突起に当たってバンプするなら衝撃を逃がすように少し後ろに移動させるべきです。
そうでないので乗り心地は悪くなるし、その衝撃を前側のブッシュで吸収しなければならなくなります。
しかも、バネ・ダンパーユニットは車軸よりも前に取り付けられています。
理想は側面視で車軸と同軸だと考えられるのですが、アクスルシャフトがある場合には
それでは荷室の張り出しが大きくなり実用車としては成立しません。
それでもこのようなサス形式では後タイヤが突起に当たってバンプする時に
バネ・ダンパーユニットがつっかえ棒になってその反力が前側ブッシュにすべて掛かります。
つまり、この前側ブッシュに様々な方向から力がかかってそれをどう受け止め逃がすかが鍵になりますが
そんな万能のブッシュは存在し得ないわけで、故に機能不全に陥ってしまってるわけです。
結果、リアアームの前側ブッシュに負荷がかかり小さな振動吸収も苦手で乗り心地悪くなる。
これらが市場クレームとして寄せられてた諸悪の根源といってもいいでしょうね。
まっ、このような性能クレームもダメなんですがそれ以上に
上述のような経緯も含めてスバルの設計思想としてこれは失敗作でしたね。
だがしかし、イイところがまったくなかったかというともちろんそんなことはなく
ロールセンタ高さ、ロールセンタ高さ変化、キャンバ変化などは
当然ながらストラットとは違って設計自由度も高くてそれなりにレベルアップしてますけどね。
そういう意味では、ボクが79Vでロールセンターやロール軸などを弄ったことなどで
ストラットサスの弱点や限界を改めて露わにすることになって
その知見がこのマルチリンクサスに繋がった部分もあるのかなと
完全に自分勝手にかつ自己満足的に解釈しています(笑)
少なくともきっかけくらいになったのは事実でしょうし。
さらに、ツーリングワゴンのスバルとして考えれば、後席・荷室などのパッケージングとして
ストラットサスよりもこのマルチリンクサスは至極まっとうなものと評価して良いと思ってます。
スバル360にせよスバル1000にせよ、人間中心で乗客の居住性を最大限確保した上で
そこを邪魔しないようにサスペンションをレイアウトするのが百瀬晋六流の考え方ですから。
その意味ではスバルの設計思想として正しいサスペンションとも言えます。
だから、ボクはこのマルチリンクサスを全面否定はしてませんし、むしろ歓迎していました。
それでも、スバル360ではあらゆる可能性を検討して徹底的に試験して作り上げる手法だったのに
このマルチリンクサスはその過程を取らなかった(取れなかった)という意味では
やはりスバルらしくないやり方での大失敗作と言えるのではないでしょうかね。
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コメント
読んでて、ちょっと悲しくなりました……。
投稿: よっさん | 2020-09-03 21:24
>よっさん
あぁ申しわけありませんでした。
投稿: JET | 2020-09-04 05:28
謝っていただく話ではありません。恐縮です。
当時「スバルもリアストラットから進化して、
ついにマルチリンクを採用したんだ。すげーな」と
わくわく感を抱いていた一スバルファンとして、
その裏側を知ってしまったのが、悲しかったわけです。
JETさん、真実を教えていただき、勉強になりました。
投稿: よっさん | 2020-09-05 10:43
>よっさん
リアマルチリンクサスに関する市場クレームが多かったのは事実ですが
その開発に携わっていたわけではないのでここに書いたのが裏側の真相というわけではないですよ。
あくまでも傍から見ていたのと出来上がった物を見てのボクの捉え方に過ぎませんのでね。
投稿: JET | 2020-09-05 10:55