文庫「山本七平の智恵」谷沢永一著を読了
巻末の解説(稲垣武)には以下のように書かれてます。 (以下引用)
高い山に登るにはガイドが必要だ。山本七平氏という戦後思想、いな、昭和思想史のうえで
の巨峰の全体像をつかむには、六十冊に近い彼の全著作を子細に読破しなければならないが、
普通の人間にとってはいささか難儀だろう。その点、当代随一の書誌学者であり、卓抜した読
み手である谷沢さんが山本日本学の神髄を選りすぐって解説した本書は、この上ないガイドブ
ックである。 (引用終わり)
著者(解説者)の谷沢氏のことは知りませんが、まぁそのような本であるわけですし、
山本七平著の本が60冊近くもあることに驚きましたし
ボクはそのうち2冊読むだけでも結構大変でしたから
確かにこのような解説書があれば理解も進むであろうと思いますね。
一方でどうしても断片的な解説にならざるを得ないので
前後の脈絡が理解できない部分もなきにしもあらずではありましたけどね。
幾つか面白いなと思った事だけ紹介してみましょう。
なお、この本では山本氏の著書を引用しているので、その部分は紫字とし、
谷沢氏の解説の部分の引用は青字という形でここに引用することにします。
(以下引用)
毎日が「踏み絵」
(中略) それでいてだれひとりその「実状」を「ひとりごと」以上には口
にできないのです。口にしたら最後、「そういう弱気なやつがいるから今日の事態を招
いたのだ」という反論(?)に会い、その「弱気を口にした人間」が今日の事態の全責
任を負う結果になのからです。 (中略)
現代でも、ベンダサンのご指摘のとおりで、日本は変わらない。たとえば会社の業績が明ら
かに悪くなっている、ということはみんな知っている。しかし、それを絶対口にしてはならな
い。ある日突然、突拍子もない人が、「いま会社の状態は悪くなっている」といった瞬間に、
「おまえのようなやつがいるから、こういう事態を招いたのだ」となる。 (中略)
そういうことをトータルに全体のトレンドをはっきり認識して、事実を言い出していい時期
というのがやっぱりある。それはもう会社が倒産する前の日、あるいは銀行から突然、新重役
が乗り込んできて、「きょうから体制御一新」というときになって初めて言ったらいい。つま
り日本の社会では、事実は問題ではない。それを言うかどうかが問題なのである。
(引用終わり)
なるほどねぇ。ボクなんかはすぐに事実を口にしちゃう人間なので
全責任を負うというか無視されたり排除される対象になっちゃうんでしょうね。
初代レガシィの頃の浪費企業風土を口にした時もそうでしたし
4代目レガシィの頃のプレミアムブランド指向の時もそうでしたしね。
それで、前者は日産ディーゼルから川合社長が来てから一変しましたし
後者はGM提携からトヨタ提携になって森社長になってから一変しましたしね。
(トヨタから諭されたのではなく、あくまでもスバル自身でプレミアムブランド指向を破棄した)
確かにそうなってから社内でも掌を返したように言うことが180゜違う人も見受けましたしね。
だからボクだけ先見の明があったわけじゃなくて、みんな感じていても口にしないだけで、
タイミングよく言い出して以前からそう感じていたという立場になるんですね。
ボクにはそんな要領の良い生き方なんて出来ませんけどね(爆)
(以下引用)
働くことは善である
(中略) 馬は草を食うような形に造られている
が、人にはそれは不可能であり、人間は勤労によって食を得るという形をしているので
ある。そうなれば、勤労は天の秩序に従っているがゆえに「善」であり、怠惰は天の秩
序に従っていないゆえに「悪」であるとなって当然である。こうなれば怠け者は悪人で
あり、働き者は善人だとなる。 (中略)
これは日本列島でなければできない思想で、バナナのぶら下がっているところでは、「天は
善なり、存在するものは善なり」になっても、「善とは寝そべってバナナを食うこと」にな
る。 (中略) 何もしないで食えるところで、
一人が営々と働いてバナナをため込んだら、これは悪だろうから、努力しないこと、働かない
ことが善であるということになるだろう。 (引用終わり)
もう早期リタイアして働いておらず毎日怠惰に生きている身としては辛い言葉ですなぁ。
むろん、山本七平氏が「働くことは善」と主張しているわけではなく
日本人の多くがそう考えているということを言っているに過ぎないのですけどね。
だからやっぱり日本で早期リタイアで無職というのはマイナーな考えでしかないのでしょうねぇ。
もっとも、ボクは何もしないでも食える状況にすることができたので
それ以上営々とバナナ(お金)を貯め込むことはしないことにしたんですけどね。
(以下引用)
死よりも怖い“血縁”からの隔離
(中略) ここでは血縁が絶
対だからである。そして、この流罪という刑罰の根本が、「血縁からひきはなす」とい
う刑罰だから血縁の絶対化を前提にしない人には、一体なぜこれが刑罰として効果があ
るのか、またこの刑をうけた人がなぜそれを苦しみとするのか、少々理解しかねたであ
ろう。 (中略)
ここから考えられることは、日本人がなぜ亡命しないか。この難問がこれによって答えられ
ている。この場合重要なのは血縁であって、家族ではない。
(中略) 自分の血縁とそれ以外の他人、完全
にアカの他人ばかりで、ただ家族だけで住んでいるという人はいない。近世から明治、大正ま
では血縁である。現代は、これが職場の共同体である。 (中略)
その意味で日本人というのは非常に情けない人間である。家族とは自分が生活力をもって養
う人間であり、西洋人の場合は、それだけで十分というのもいる。あるいはもっと極端な場
合、独身主義というのがいる。おれはおれだというのだけで、それ以外は全部アカの他人、
日本人はそういうなかでは生きられない。 (引用終わり)
ボクの場合、独身主義を貫くわけではないけど結果的に独身であって
確かに「ボクはボクだ」という意識もなくはないし
血縁どころか家族とも結びつきはさほど強くはないですし
会社という共同体=血縁とももう無縁ですし(元から会社や職場を血縁とは捉えてませんが)
その意味でもやはり日本人らしからぬ変人という位置づけになってしまうんでしょうね。
だからといって亡命するつもりはありませんけど(笑)
(以下引用)
機能集団と共同体
(中略) 共同体はそれ自
体に存在理由があるのであり、それは何らかの目的に対応して機能する必要がない。一
方、機能集団は、必ず一定の目的を持ってそれに対して機能し、それに即応するように
組織が構成されている。
したがって、目的を達成すれば、当然にその組織は解体し、新しい目的に対応する別
の組織に再構成されるのが普通である。 (中略)
だが組織が共同体に転化し、転化しなければ組織として機能しない社会には、このよ
うな行き方は不可能である。 (中略)
だから愚者の楽園とはいかないまでも、無能者、あるいは能力の少ない少能力者を捨てておか
ない。それをうまく活用するノウハウがある。私はその結果、日本は少能力者天国だと思う。
(引用終わり)
確かにサラリーマン時代には機能集団であるはずの企業の組織であるのに
共同体に転化しようとする人がいて辟易したことは幾度もありましたね。
まぁある程度は結束を高めるとか互いの信頼感とか大切ではあるんですけどね。
また、著者(谷沢氏)は「日本は少能力者天国」と書いてますけど
本当に少能力者にとってこれが天国かどうかは難しい問題なのかなと思いますね。
少能力者には少能力者としての立場にいた方が居心地がよいという面もあるでしょうし。
それに多くの少能力者のいる機能集団から転化した共同体では
そのレベルに合わせて全体レベルが低下して機能集団としては機能しなくなりがちですからね。
(以下引用)
リーダーが自戒すべき四つの条件
(中略) 「統治者・経営者・管理者」の「すべからず集」をあげて来たわけ
である。簡単に要約すれば、(一)予言や占い迷信に惑わされてはならないこと。(二)宗教に
凝ってはならない。 (中略) (三)家族の私的な意向を経営に持ち込んではならない。
(四)前例を越える、度を越えた行事は、結婚披露パーティであれ、社長就任披露パーティ
であれ行ってはならない。 (引用終わり)
著者の解説は「全くそのとおりである」と書いているので省略してもよいでしょう。
ボクも全くその通りだと思います。
でれでも自ら迷信めいたこと言ったり宗教的な結束をもとにする管理者はいましたし
一国の(元)首相や政党にも当てはまるような人が多いんじゃないでしょうかねぇ。
(以下引用)
憲法の「名存実亡」化
(中略) そのため律
令も急速に「名存実亡」化していく、いわば社会に「名法」と「実法」ができてしまっ
て、人びとは通常は「実法」に従っている。そしてそれをだれもあやしまなくなる。
(中略) こ
の「名法」とは違う「実法」が当然のこととして社会で行なわれているということであ
る。人はそれを不思議としない。が、そのため憲法を改正しようとはいわない。(中略)
私立大学助成金の指摘は、絶対にそうである。ここは疑う余地がない。憲法違反である。
私学は私立であって、公立ではない。そこへの公の巨大な財産をどかどかと出している。し
かし、いまだかつて、私学助成金をやめろ、という議論は出たことがない。日本人はとっくの
昔に新憲法を放り出しているのである。 (引用終わり)
だから日本では憲法改正が実現しないというのはとても分かりやすい話です。
それなのに(元)首相は名法と違う実法を作っておいて実法に合わせるよう名法を改定しようという。
順序が逆だし、実法だけでやっているので改正気運は盛り上がらないというわけですな。
まっ、安倍氏退場で憲法改正は立ち消えになってしまった感がありますが……
なお、山本七平のこの憲法議論は明らかに第9条を念頭に置いて書いていて
それを元に自衛隊違憲論を唱える人、例えば私大学長に対してこう言い返したらという例として
私大助成金の話を持ち出しているだけなので主題ではないのですが
著者はそちらの方に大いに反応しています。よほど私大が嫌いなのか(笑)
ただ、主題でないと認識しつつも、やはり私大助成についてはボクも同意見ですけどね。
私大助成はやめて公立大学を安価な授業料にするか家計に応じた助成を増やすべきですね。
| 固定リンク
コメント