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レガシィ・マルチリンクサスに関するマガジンXの記事

前回、D2担当からD1担当に突如異動して3代目レガシィ(66L)の
リア・マルチリンク・サスの前に愕然としたことを記事にしました。
本日は、自動車メーカーの広告掲載を排除してヨイショ記事を書かないと言われるマガジンXで
このマルチリンク・サスがどう評価されていたのか、当時の記事を振り返ってみましょう。

1998年10月号No.134の商品評価会議 ざ・総括で「継続への挑戦」と題された
3代目スバル・レガシィ・ツーリングワゴンの評価になります。

なお引用中の出席メンバーは以下のようになってます・
プ:プランナー、マ:マーケッター、E1、E2:エンジニア、T1、T2:テストドライバー
OL:某自動車メーカーの元OL
他に突然“誰”という謎の表記が出てきますが、おそらくなんらかの手違いか誤記でしょうね。

それではかなりの長文引用となって恐縮ですが、暇な人は読んでください(笑)

                                   (以下引用)

評価がかわれる新リアサス
プ レガシィを作った側として、まず最初に語りたいのはリアサスペンションだろうね。
E2 このレイアウトは、見たところあまり感心しないんですけど。
E3 でも走るとなかなかいい。開発陣が、ストラットの限界に縛られていたところから脱した
い、と考えたのもよくわかる。 
(中略)
誰 それから振動・騒音の低減、ロードノイズ、デフノイズなどの伝達を大幅に減らしたい。そ
こでサブフレーム・マウントにする。これも世界的な潮流だ。
マ マルチリンクと言っていますが。
E2 リンクがたくさんあればマルチリンク、ではないんですよ。機構的なマルチリンクの定義
はちゃんとあるんだけど、それは一般には浸透していない。これも、機構としては単純なダブ
ルウィッシュボーン、前方から伸びるトレーリングアームにハブを組み込み、これで前後方向
の位置決めをする。それに上下一対のラテラルリンクを組み合わせてキャンバー変化を決める。
後方にもう1本、長いラテラルリンクがあるんですが、これは車軸とはほぼ同じ高さにあるの
で、トー方向の位置決めを受け持ちます。
(中略)
T1 それより普通に走る時の印象がよくない。片輪が路面のアンジュレーションを踏むたびに、
いつもリアが細かく横揺れする。その最大の原因は、トレッド変化、いわゆるスカッフだと思
う。高速道路などでは、それでクルマの向きが小さく変わってしまう。
OL 高速道路でちょっと横を見ただけで、レーンの端まで逸れて行ってしまうし、何となく緊
張するクルマでした。レガシィって、もっとリラックスできるクルマだと思ったのに。
T1 その印象は合っている。クルマだけの直進性とか、直進付近からの応答だけを評価してい
ると気がつかないかもしれないが。
E2 サブフレームもマウンティング・ポイントの間隔が小さいし、ゴムブッシュのサイズや使
い方もあまりよくないから、ちょっとした入力で変位を起こす可能性が高い。それもリアの細
かな落ち着き不足という形で現れてきます。
OL でもブライトンは、私のレガシィのイメージに近かった。フツーに走ったもの。
T1 そのとおりだね。タイヤグリップが強く、サスペンションを固めてある仕様ほど、あのサ
スペンションの悪癖が出る。
(中略)
T2 そこが問題で、乗り心地も悪い意味でのトヨタ的な方向へ行った。路面の凹凸を踏んだ時
の最初の当たりは柔らかいけど、グニャッとくる感じで、脚そのもののストロークにうまくつ
ながらない。とくに小さな上下動だと、ヒクヒクした揺れが残る。逆に大きくストロークした
時は、リアの収まりが悪く、バウンスする動きが残りがちでした。
T1 GT系は、バネが硬く、ダンパーも締めてあってストロークが出にくい分、ゴムの変形に
よる細かな上下の揺れが強調される。さらにGT-Bは旧型譲りで硬く、突き上げショックが
強い。TX、ブライトン、ランカスターのフンニャリした柔らかさのほうが好ましい。
E2 ダンパーの取り付け位置も、車輪よりかなり内側・前方でどう見ても作動効率は悪い。
E1 それでも、国産上級車の中では、ずいぶんしっとりした脚だと思う。たとえばプログレな
どと比べたら、はるかにいい。
T1 それは比べる対象が悪すぎるぞ(笑)。
(中略)
E2 私個人の見解としては、このリアサスペンションとサブフレームを設計した人は、クルマ
というものの奥の深さ、難しさを知らなすぎた、と思いますね。今後しばらくの間、基本レイ
アウトは変えられないはずで、この問題点を背負ったままいかざるをえない。その責任は大き
いですよ。
プ いや、採用やむを得ず、という決断だと思うな。購入者を拡げたいから……。(引用終わり)

 

先ずは、マルチリンクではなくダブルウイッシュボーンであると書かれていて
ボクの見解とは違っている部分ですね。
ただ、そもそも「マルチリンクの定義はちゃんとある」とも書かれていますが
国際自動車技術会連盟とか自動車工学の権威(?)が定義づけしてるわけでもないので
各メーカーなりなんなりが勝手にそう言っているだけのことですからね。
おそらく、最初に言い出したメルセデスの言い分によればマルチリンクではないという意味かと。

トヨタがDOHCのことをツインカムなんて勝手に呼んでも誰も間違いだと指摘できないのと同様で
屁理屈でもなんでも言ったもん勝ちという部分もありますから。
そういう意味ではFFとか4WDって言い出したのはスバルですし。
まぁどう呼ぼうが実態は変わらないのでここが論点ではないですけどね。

 

直進性の悪さが指摘されていて確かにそうですが、スカッフ変化が原因と推察されてます。
実際にはスカッフ変化は他車と比較しても特別に大きいというわけではないですし
スカッフ変化だけでなくトー変化やキャンバ変化など複合的に考えないといけないですし
むしろその後の「ゴムブッシュのサイズや使い方もあまりよくない」が根本的な原因ですね。
というのは、これまで前回記事などでボクが書いてきたことと同じです。

乗り心地がトヨタ的という指摘はトヨタには失礼かと思いますが
言わんとしているところは分かりますしその通りだとも思います。
特に「ヒクヒクした揺れが残る 」「リアの収まりが悪く、バウンスする動きが残りがち 」など
まさに的確な評価をしているなという印象です。
ただ、そのトヨタ的乗り心地を目指してこのようになったわけではなく
このサスでは仕方なくそうなってしまったというのが事実ですね。
その辺は座談会メンバーも理解した上での議論のようにも受け取れますが。

ダンパーの取り付け位置については単に「作動効率は悪い」のひと言で片付けられてますが
これだと作動効率が悪いのを補うだけ効率の良い(高性能・高精度な)ダンパーにすれば良いと
そんな単純発想に繋がってしまいかねないのではないかと懸念しました。
前回記事に書いたように、作用・反作用の関係でリアアーム前端のブッシュを叩く力が大きく
それが乗り心地の悪さに繋がってしまうわけですから
ダンパーだけではどうしようもなくこれまた根本的な問題箇所なんですよ。
なので、ここの議論はもう少し丁寧に詳しくしてほしかったかなと思います。
紙面の都合で割愛された可能性もありますけどね。

 

唐突にトヨタ・プログレなんかと比較されているのは今となっては不可解に思えますが
たまたま日本での発売時期が近かったからだけのことでしょうね。
ただ、スバルのマルチリンクの次のダブルウイッシュボーンは
皮肉にもこのプログレのリアサスとほとんど似たような形式になるんですよねぇ~。
まぁそれについてはまたおいおい記事に書くかもしれませんが……

それにしても最後の「採用やむを得ず、という決断 」というのは完全に内部事情を見破られてますね。
購入者を拡げたい 」というのは商品としては当然の目標なので何ら批判の対象にはならないですが
冒頭の「ストラットの限界に縛られていたところから脱した 」とマルチリンクにしたものの
そんな簡単にはいかず、でも最後は採用やむを得ずでこうなってしまったのが事実ですね。

そして、それは先行開発含めて十分な時間と知見もないまま量産開発に入っているのが問題であり
だから「クルマというものの奥の深さ、難しさを知らなすぎた 」のはいち設計者というより
開発部門のトップなど経営陣が知らなすぎていたと言うべきだと思います。
つまり、「その責任は大きいですよ。 」というのは当時の経営陣に向けるべき言葉です。

元々、スバルは先行開発軽視の体質だったと思いますし
それはボクが入社する前からそうだったでしょうが、
川合勇社長時代はコストカット、投資カットに集中した時期なので(そうしないと潰れてた?)
それもあり先行開発も重視されず、また車種開発期間の短縮や投資圧縮の圧力も強まったのでしょう。
とはいえ、日産ディーゼルから来た生産現場畑出身の川合社長にとっては
クルマというものの奥深さ、難しさ」を仮に知ってはいても重視してなかったのも確かでしょう。
「(開発)技術者なんて掘っ建て小屋みたいなところで十分なんだ」なんて言ってた人ですからね。

ですが、その後もスバルはなかなかその先行開発・基礎研究軽視の姿勢を改めることもなかったですね。

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コメント

>TX、ブライトン、ランカスターのフンニャリした柔らかさのほうが好ましい。
圧倒的にGT系推しだった当時、NAエンジン搭載グレードのよさを分かって買ったオーナーたちは、ごく少数だったかもしれませんね。

投稿: よっさん | 2020-09-03 21:34

>よっさん

確かにGT系推しの雰囲気が当時は強かったですね。
儲けも大きいのでメーカーも推しでしたし。
ただ昔ながらのスバリストは案外しっかりと良いモノを見極めていたんじゃないですかね。

投稿: JET | 2020-09-04 05:31

私も、NA系のもっさりした走りというか、
包容力があるというか、必要以上に気を使わなくていい、
安心感のある雰囲気は好きでした。

投稿: よっさん | 2020-09-05 10:37

この記事、ひどく印象に残ってました。
ちょうど3代目レガシィを購入したばかりで、酷評されているのだけれど乗っててよく分からなかった。それから10年ほど経って、インプレッサAーLINEを乗ったとき、あまりのサスの違いに驚いた。とてもしっとりしていて、段差を軽くいなすサスの動きだったのです。

投稿: スバル車5台目乗り | 2020-11-03 21:54

>スバル車5台目乗りさん

はじめまして。
インプレッサAーLINEというとWウイッシュボーン・リアサスに替わった後ですね。
その車の開発にはボクはまったく携わっていませんでしたけど、
いちおうあのWウイッシュホーン・リアサスはレガシィのマルチリンク・サスの反省を踏まえて
ボクが先行開発・基礎開発をしたものがベースになってます。
それでもまだまだやり残した課題はありましたけどね。

投稿: JET | 2020-11-03 22:48

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