予告通り、72Fのサス変更についての話
前回の予告通り、本日は72F(初代スバル・フォレスターのビッグマイナーチェンジ)での
サスペンション(以下略してサス)変更についての話を書いていきます。
前回書いたように、72Fはサスのジオメトリー変更まではボクが携わりましたが
最終的なバネ・ダンパーのチューニングは後任にまかせたので
なるべくさらっと書いていきたいと思います。
その前に断っておきますが、72Fの途中から国内発売されたシャコタン仕様の
フォレスターS/tb-STiは全く関与してませんのでスルー致します。
記憶も曖昧なのでその時のモーターファン別冊「すべて本」を参照しながら書きますが、
それによるとSTiではさらにトレッド拡大やネガティブキャンバ設定やキャスタ角増加など
全面的にノーマル車高と違うサスにしているかのように書かれてますが、
それらはサス・アームなどの配置をそのままに車高を下げたから
結果的にトレッドやキャンバ角やキャスタ角が変わっただけのことです。
アライメントは変わったけどジオメトリーは同じままというだけのことです。
先ずはリアサスの方から話をしましょう。
79V北米仕様の急な車高上げの一悶着を引きずっていたところに
さらに北米からサンルーフ仕様を追加したいという話が出てきて
より耐転覆性能を確保する必要があることから
リアのリバウンドストロークを伸ばすことを提案しました。
リバウンドストロークについてはFF小型ハッチバックなどのように
すぐにリア内輪を浮かせて3輪走行させるという考え方もありますが
ある程度のリア荷重のある車では操縦安定性と乗り心地の両立が難しくなりますし、
当時のスバルの4輪ストラット・サスはそのような設計思想で作られてませんし
そもそもスバルはほとんど4輪駆動ですから駆動輪を浮かせるのはナンセンスです。
車高上げは重心高も上がるけど、リバウンドストロークも減るのでダブルで悪影響がでます。
リバウンドストロークなんてダンパーの長さでなんとでもなるかと思われるかもですが
サスリンクの配置やドライブシャフトの配置の関係で難しい場合が多いのです。
そのため、72Fではラテラルリンクを5mm伸ばすことによって
リバウンドストロークを確か10mm伸ばすことができました。
ラテラルリンクを伸ばすということはこれまでレガシィやインプレッサと共通だったものを
新規に起こして品番も分けるということですから、それだけお金がかかるんですけどね。
そして、ラテラルリンクを伸ばしたので結果的にリアトレッドが拡がり
またネガティブキャンバ角も増えたことになります。
逆に言えば、それでもボディからタイヤがはみ出すことなく収まったのは
79Vではもともとそれだけタイヤが奥まっていたということですし、
その理由は無理矢理オーバーフェンダー風の3ナンバーにしたからなんですけどね(笑)
なお、ちょっと脱線しますが、
リアトレッドを拡げるとリアがしっかりして安定すると思ってる人がいますが間違いです(笑)
前後ともトレッド拡げるとしっかりした感じになるのは当然なんですが
リアだけトレッドを拡げると横Gがかかった時の荷重移動はリアの方が大きくなって
結果的にリアの外輪の荷重がオーバーして滑り出すようになり、スピンしやすくなります。
同じように、リアスタビライザを装着したり太くすると安定するかと思っている人もいますが
それも間違いです。スタビライズ(安定させる)の言葉に惑わされてはいけません(笑)
これもリアの荷重移動が大きくなってスピンしやすくなります。
トレッド拡大するな、スタビライザ装着するなということではなく、前後バランスが重要です。
リアスタビなんて必要ないのに営業とかからつけた方が安定走行しそうで売りやすいとか
上級グレードにはリアスタビ付けて高く売りたいとかバカな要望が出ることがありましたが、
その時はスタビとしてほとんど効果のない細い“針金スタビ”と揶揄したものを付けてましたね(笑)
脱線しましたが、まだ長話になってないので、フロントサスの話をしましょう。
フロントはリバウンドスプリングとアンチ(ノーズ)ダイブ・ジオメトリ採用をしました。
リバウンドスプリングというのはダンパの中にコイルスプリングが入っていて
ダンパが伸びていくとそのコイルスプリングが縮んでいくというものです。
ボクのラジコンのサスセッティング(新規タブで開きます)の常套手段でしたね。
これによってリバウンド側のバネ定数が高くなりロールが抑えられるとともに
リアのロングヘルパと逆に力学的なロールセンタが低くなることになります。
フロントのロールセンタを下げるのでロール軸はさらに前下がりになるわけで
(フォレスターの場合は)ロール感も良くなり、また安定性が上がります。
ただし、当時の国内ダンパ・メーカーではまだあまりノウハウがなく制約も多くて
バネ定数とリバウンド側の当たり点との設定で結構苦労した覚えがありますね。
次にアンチダイブですが、79Vではリアサスのトレーリングリンク付け根を嵩上げせずに上げて
それによってピッチングセンターを上げてブレーキング時のリアリフトを少し抑えました。
ただ、フロントサスはそのままだったのでブレーキング時のノーズダイブはそのままでした。
そこで、トランスバースリンク(以下トラバン)の後ろ側の取り付け位置を上げることによって
フロントにアンチダイブ効果を与えたわけです。
ただし、ブッシュを斜めにこじった使い方になるので
トラバンの後ブッシュの取り付け面は斜めに傾けて
前ブッシュはゴム硬度の柔らかいものを新たに作りました。
余談ですが、当時のスバルってアンチダイブについて真剣に研究した痕跡がまったくなく
ただトラバン回転軸を素直に水平に設置しただけのようでした。
というか、こういう細かいジオメトリーを徹底的に研究・実験したうえで
新しい(44B)シャシーが生まれてきたわけではないようなんですね。
これについてはボクが入社前なので本当のところははっきり分からないですが
評価試験の方法も何もなかったのでおそらくそんな実験もしてなかったと思われます。
それにその後の新しいサスペンションでも似たようなことが繰り返されてましたしね。
また余談ですが、当時のスバルってブッシュをこじって使うということの知見がほぼゼロでした。
そういう使い方をするとどうなるのか解析もできないしだから設計もできない。
ゴムのブッシュですらそうなんですからサスペンションアームのたわみや捩じりを考慮した
解析・設計もできるわけないんですよね。
だからマルチリンク・サスの設計は絶対に無理でしたし
トーションビーム・サスさえもどう設計したらいいか分からなかったんですね。
もっとも、スバルは四輪独立懸架を謳っていたのでトーションビームは設計しませんでしたが。
余談が続きましたが、72Fではトラバンを傾けてアンチダイブをしたわけですが
それによってアンチダイブだけでなく他にもいろいろな影響が出てきます。
バンプするとトラバン(とハウジング)のボールジョイント部は前方に移動しますから
キャスタ角が増えていきます、正確に言うとキャスタ角が増える量が増加します。
キャスタ角が増えると転舵した時の外輪のネガティブキャンバ角も増えることになります。
すると前輪の食いつきが良くなるので曲がりやすくなる、つまり安定性が低下することになります。
また、大抵フロントサスはバンプすると僅かにトーアウトになるように設計されてます。
こうするとロールした時に僅かにフロントが外に逃げるので安定するからです。
逆に大抵のリアサスはバンプすると僅かにトーインになるように設計されてます。
これをロールステアと呼んでいるのですが、
72Fでアンチダイブにしたことでこのフロントのロールステアが減ってしまいます。
(どうして減るのかを文章で説明するのは面倒なので割愛します)
つまり、これでも若干安定性が低下することになります。
ということで、72Fのやり方でアンチダイブを強めると安定性が低下する悪影響があるわけです。
ただし、トラバンの前側ブッシュを柔らかくしたことで
フロントタイヤ(旋回中の外輪)に内向きの横力が加わった時に前側ブッシュのたわみが大きくなり
ステアリングのタイロッドが前にあるから僅かにトーアウトになる量が増えて安定性が上がります。
これを横力ステアといいます。
つまり、ブッシュを柔らかくしたのはこじりの吸収だけでなく安定性向上のためもあったのです。
このように全体を調整して、かつ前後も調整してバランス良く考えないと最適解に辿り着けません。
もっともどこまでいっても何が最適解なのか絶対的な答はないんですけどね。
そして、この72Fで実施した変更についてもひとつひとつが絶対的な必殺技ではなく
あくまでもバランスをとっていく上で採用していった項目なだけなんですが、
どうしても深く考えることが出来ない人はひとつひとつのアイテムに執着しがちになりますね。
するとなんでもかんでもリバウンドスプリング入れようとかアンチダイブにしようとか……
もっとも当時のスバルはなんでもかんでもBBS、ビルシュタイン、モモ(ハンドル)とか
ブランド品を付けて売ろうとしていたので、もっとタチが悪かったですけどね(汗)
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コメント
とても勉強になりました。というか、アームの長さやブッシュの硬さ、トラバンの取り付け角度など、量産車のサス仕様を決めていくには、さまざまな組み合わせの検証が必要なんですね。分かったふりして素人がサスをいじるのが、いかに無駄なことかが理解できました。とはいってもアフターパーツのメーカーにとっては、そこんところを分かったふりして商品を作らなければならないわけで、今、流行りの経済活動の活発化という意味では、品物が売れればOKということなんでしょうね。
投稿: よっさん | 2020-07-20 00:12
>よっさん
何十万台も量産するような車ですからある程度は万人に納得してもらえるようにしないといけないですが、個人が自己責任で改造する分にはボクはどうぞご自由にというスタンスです。その際にアフターパーツを買おうが自由なんですが、どんなモノでも良くなるわけではなく、プラス/マイナス両面がありますから自分の目的にあったモノにしないとデメリットの方が多くなってしまいかねないですね。
ただ、盲目的に買って取り付けてプラシーボ効果も含めて満足しちゃう人も多いんでしょうね。それより、ただの見た目やウンチク語るためだけの人もいるでしょうし(笑)
投稿: JET | 2020-07-20 06:06
毎度お勉強させていただきました。私にシャシーは無理です(笑)
それにしてもリヤのトレッドが笑っちゃうくらいフロントより狭い車に乗っている私って・・・
投稿: TOMO | 2020-07-25 14:37
>TOMOさん
空力だけからじゃなく操安性としてもあれが正解ですよ。
ただ、荷室の積載性とか後席の居住性を考慮しなければいけない車では
正解ではなくなってきますけどね。
ちなみに、ポルシェ930とかがやたらとスピンしやすいのも
RRでリアヘビーということもありますがリアトレッドが広いのも原因です。
幅の広い水平対向エンジンに幅広タイヤ履かせたからああなってしまったのでしょうけど、本来はフロントトレッドを拡げるべきでしたね。
投稿: JET | 2020-07-25 14:52