79V開発における苦汁、ワースト1
前回、79V(初代スバル・フォレスター)の操安乗り心地の開発における苦汁の事件について
ワースト3発表と題したのにワースト1位は項目だけの発表にとどまってしまいましたので
今回はそのワースト1位の中身をちゃんと説明をしたいと思います。
ワースト1:北米仕様の開発末期に車高上げを強行決定 でしたね。
ボクが個人的に苦汁を舐めさせられた事件というわけですから
ボクが周りの反対を押し切って強行決定したのではなく、逆で
ボクが反対したのに周りや上司が強行決定して車高上げを実施してしまったという内容です。
では、どうしてそんな顛末になったのかを順を立てて説明していきましょう。
北米(USA)にはライトトラックという分類があって乗用車とは分かれています。
ピックアップトラックなどはこのライトトラックですが
日本の商用バンと同様に荷室要件をクリアできればそれもライトトラックになります。
クライスラーのPTクルーザーなんかも一見乗用車として買われますがライトトラックです。
さらに、最低地上高やアプローチアングルなど5要件のうち4つを満たせば
荷台・荷室の有無にかかわらずライトトラックに分類されることが可能です。
つまりこの4/5(5分の4)要件を満たしたSUVなどもライトトラックになります。
北米ではライトトラックは庶民の足というか開拓時代の馬からのつながりというか
そんなこともあって何かとライトトラックは優遇されています。
今ではCAFE(企業別平均燃費)規制でライトトラックは有利になってますし
79V当時では税制などでライトトラックは優遇されていました。
従って、79Vや26G(レガシィ・アウトバック)などは
当時のSUV流行に乗るとか悪路走破性を高めるというだけの商品企画ではなく
北米でライトトラックとして税制の優遇をうけるということも狙いだったわけです。
後年になって、レガシィのセダンを嵩上げしてライトトラックとして発売したときには
さすがに「あれは税金逃れじゃないか」と業界では揶揄されてしまいましたね。
そんなわけなので、79Vも当然4/5要件を満たすよう企画され設計されてました。
ところで、北米というのは認証制度も日本などとはまるっきり違っていて
日本では事前にお上に車を検査してもらって問題ないとお墨付けをもらってから
それと同じものを工場で作りますよということをするんですが、
北米は検査の項目にもよりますがただ基準を満たしたものを作りない
ただし抜き打ちで検査するよという考え方・やり方です。
工場で抜き打ちするんじゃなくて売ってるのを抜き打ちで検査する感じです。
そうなると、ただ工場出荷時の基準満足だけでなく、日本の港から船積みして北米の港に運び
さらに鉄道やらキャリアカーやらで長距離輸送された後でも基準を満たす必要があるということです。
まぁ、お客さんの手に渡った時にちゃと基準や品質を満たしていないといけないわけなので
ある意味では当然ですし、理にかなった制度でもあるわけですけどね。
具体的問題となったのは4/5要件のうちの最低地上高です。
タイダウンフックで強く引っ張られて船や鉄道やキャリアカーの振動に長時間さらされることで
車高が下がってしまい最低地上高が低くなり要件を満たさない可能性があることが判明したのです。
というか、実際に26Gで当局からいちゃもんがついて揉めてしまったのです。
そこで、79Vも北米仕様の開発がほぼ終了というタイミングであったにも関わらず
マージンを取るために急遽車高を上げようという話になってしまったわけです。
しかし、自動車メーカーが自動車を開発するというのは
どこぞの改造ショップや個人が好き勝手にシャコタンにしたりリフトアップするのとはわけが違います。
様々な試験をして安全性をはじめ快適性や利便性などを全て確認してから仕様を決定します。
操縦安定性・乗り心地に関して車高というのはその基本的な最初の諸元になるものですから
それを変えるということはまたすべての試験をやり直すということであり
必要に応じて今まで決めた仕様を調整(チューニング)し直すということです。
逆にそれを端折ってしまって安易に車高を変えるなんてことは絶対にしてはいけないことです。
何せ79Vの操安乗り心地に関しては、ボクはロール感にこだわり
そのためにロールセンターとその変化、ロール軸、力学的ロールセンターなどを
徹底的に最適化してきたというのに、車高を変えるということは
それらすべてが最適地からずれてしまうことを意味しているのです。
上からの理屈はこうでした。
「長距離輸送で車高が思ったより下がる可能性が分かったのでその分車高を上げておく。
でも、お客さんの手に渡るときには車高は元に下がっているのだから問題ないだろう。」
必ず車高が下がるわけではないのですからこれが詭弁であることは明らかです。
本来やらなければならないのは安易に車高を上げるのではなく
長距離輸送によっても車高が下がらないようにすべきなのです。
例えば、輸送時にはコイルバネの間にゴム製やプラスチック製のストッパーを挟んで
強くタイダウンしても必要以上にコイルバネが縮まないようにするとか。
実際にメーカーによっては品質管理としてちゃんとこれをやってます。
以前に、ドイツの某〇〇〇〇の車を参考車として社内で試験してたら
本来PDI(出荷前点検)で外すべきそのストッパーがついたままで驚いたことがありますが。
(ちなみにこれって本来リコール案件のはずですけどその国内販売店はしれっとしてましたね)
根本的な方法があるのに、お金がかかる、前例がないと言う理由で
安易な車高上げで済まそうというのです。
あるいは、工場出荷時の車高のばらつきを抑えるという策も有効です。
実は車高に関して±12mmとかいう大きなばらつきを許容しているんですよ、スバルは。
ですから実験の試験でも項目によってはそのばらつきの上限/下限での試験もしています。
その公差を例えば±6mmに狭めれば上限の値を変えずに6mmも車高中央値を上げられるし
最低地上高の下限は12mmも高くなることにつなげられるわけです。
これまた根本的な方法なのですが、それをやるにはコイルバネの設定を細かくする必要があります。
あるいは工場での検査や手直しの手間がかかることになるかもしれません。
それ以前のレオーネの時代には北米仕様には簡易的な車高調整機構が付いていたんですけどね。
コイルバネの設定を細かくするとそれだけお金がかかるし工場現場の負担にもなるわけですが
そもそも79Vは全グレード、全仕向けでサス仕様を共通化して部品点数は少なくかつ安くしてあり、
そしてそれを推し進めたのはボクなんですから、そのくらいのことにはお金を使って欲しかったです。
そんなわけで、ボクは大反対したにも関わらず、
ボクのいないところで上司が勝手に安易な車高上げを了承して決まってしまったのです。
79Vの操安乗り心地開発はほぼ完全にボクにまかせっきりというか丸投げ状態だったのに
この時だけは上司が出てきて「車高上げ、いいでしょう」ってな感じだからマジで腹立ちましたね。
結局、その後で必要な確認試験は全部やり直して
いちおう大きな問題はなしということになりましたけど
これが79V操安乗り心地開発で一番の苦汁を舐めた事件となったのでした。
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コメント
JETさんの実務に則した解説、とても勉強になりました。仕向け地によっては、2カ月以上もタイダウン状態がキープされるわけで、これで車高が下がってしまうという話は初耳でした。いろいろたいへんなんですね。
投稿: よっさん | 2020-06-30 22:05
>よっさん
輸送業者の質が悪いってのも問題の一因でしたね。
やたら力いっぱいに固縛するのも問題なんですが、
時にはタイダウンフック以外のサスアームやコイルスプリングに引っ掛けて
アームを変形させたりコイルスプリングを破損させたりした事例もあったようです。
投稿: JET | 2020-07-01 05:29