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新書「地獄めぐり」を読了

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講談社現代新書の「地獄めぐり」加須屋誠著を読みました。

地獄絵とか好きではありません。
(天国と)地獄という概念やそれに基づく生前の善悪を問う道徳観や
もっというと宗教としての仏教が好きではありません(釈迦が自ら悟りを開いた事は好きです)。
なのに、こんな本を読み始めてしまったのはどうしてなのか自分でもよくわかりません(汗)
単なる怖いもの見たさだったのかもしれませんね。
帯面に書いてある「心当たり」があるからかもしれません。まぁ誰でもあるでしょうが(笑)

地獄嫌いなのでみずから進んで地獄絵とか見たりしたことはないですが
子どもの頃には父親から地獄の話を生々しく聞かされたりした記憶があります。
しょっちゅう聞かされたわけではないでしょうが幼い子どもには強烈な記憶だったのでしょう。
父親からしたら道徳教育の一環だったのでしょうけど、情操教育としてはどうだったんでしょうね。
それとも、単に面白半分にからかっていただけかもしれませんが……

 

この本の内容としては、いにしえの時代に描かれた・書かれた地獄絵や文書から
地獄の様子を紹介していくとともに地獄とは何かを考察しているものになります。
以下のような文章で締めくくられてますので少し引用します。     (以下引用)

 振り返ってみれば本書は、河鍋暁斎筆「地獄太夫」から始まり、古代・中世・近世・近
代にわたる数多くの作品に「まなざし」を向けつつ考察してきた。それを通じて、なぜ私
たちは「地獄」に惹きつけられ、魅了されるのか、その理由を具体的かつ実証的に解き明
かすことを各章それぞれにおいて目指した。
 そうした観察と考察を経ることにより到達したのは、地獄絵や地獄映画などは、表層的
には悪を戒め封じ込めるかのように見えるものの、実は深層的には私たちの心のなかにあ
る暗い欲動を認め解放してくれるための視覚イメージとして機能してきたこと、すなわち、
過去から現在そして未来へと地獄が存在する意義と歴史的な必然性とか確かめられたので
ある。
 どんなに科学が進歩しようとも、私たちの子や孫も、おそらくきっと地獄のイメージを
完全に忘れ去ることはないであろう。むしろ、科学の進歩による人間の精神の解明が進め
ば進むほどに、無意識下にある欲望の在り方はさらに重要視されることになるだろう。
                                 (引用終わり)

まぁ、結局そういうことなんでしょうね。
ボクなんかはその深層的な部分、つまり人間の暗い欲動の部分も見えちゃってるし、
ボク自身にもそういうものがあるのも承知の助のことなので
今さら地獄絵みてそれを解放しようとか解放できるとは考えないから
だから地獄絵嫌いだし興味もないという、
なんともひねくれ者というか冷めた人間ということなのかも。

 

本題とは外れますけど、ちょっとへぇーと感じたことを紹介しましょう。(以下引用)

仏教では、そもそも男よりも女の方が罪深いという考え方が説かれていた。(中略)
『涅槃経』からの引用として「あらゆる三千界の男子のもろもろの煩悩を合わせ集めて
も、その総量はたった一人の女の罪障と等しい」などと説かれている。 (引用終わり)

また、別の章では次のように書かれています。            (以下引用)

地獄の裁定に女は口出しできず、男たちがすべてを決裁するのである。  (中略)
我が国で制作された十王図は、王たちを日本風に改変することなく、
大陸風のイメージのまま描き継がれている。  (中略)
 日本古代中世の男性にとって、自分たち以上に男性的なるものの象徴として、
大陸の文化がイメージされていた。                 (引用終わり)

女性にとってはなんとも哀しいことが書かれてますけど
日本の男性にとってなんとも情けないことが書かれてますね。
やっぱり宗教としての仏教は嫌いだなorz

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