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新書「ひとの住処 1964-2020」隈研吾著を読了

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新潮新書の「ひとの住処 1964-2020」隈研吾著を読みました。

著者は建築家で2020年東京オリンピック・パラリンピックの主会場となる
新・国立競技場の設計者です。
国立競技場は予算問題でコンペやり直しなどすったもんだがありましたから
それも含めて建築家・隈研吾の名前が一般的によく知られるようになったと思います。
かくいうボクもそれで知るようになったというくらいですし。

ですから、1964-2020は帯にも書いてあるように
ふたつのオリンピックをつなぐというかその間の建築観について書かれた本です。
もっとも新型コロナ騒動で2020年東京オリンピックは約1年延期確定のようですが(@_@)
というか、果たして新型コロナ禍が1年後に終息するかどうか……
個人的にはもうこの際、オリンピックは東京だけでなくすべて已めた方が良いのかもとも……


それはともかく、この本の第1章の冒頭の方には次のように書かれています。(以下引用)

 20世紀とは、一言で要約すれば、工業化の社会であった。工業化社会は同時に、建築
の時代でもあった。工業化の主役は何かと聞かれると、自動車がそうであったとか、テ
レビ、ラジオなどの電気製品が時代をリードしたとかの答えが一般的だろう。大量生産
で大量の商品を製造し、売買するというのが、一般的な工業化社会のイメージである。
しかし、工業化社会の真の主役は建築だった。
 なぜなら、自動車も電気製品も、「家」のために買われたのであり、「家」という人生
の大目的に、従属する存在だったからである。               (中略)
「家」から都会にある会社に通うために、同じくピカピカの車が必要になり、ピカピカの家を
飾り立てるために、ピカピカの電気製品が必要となったのである。    (引用終わり)

建築家目線ではそう言いたいのかもしれないけど元・自動車屋としてはちょっと反発しますねぇ。
特に後半の「ピカピカの家のために車が必要で買われた」というのは歪んだ解釈じゃないかと。
ただし、その後でこのような書き方もされています。         (以下引用)

 代々木競技場と田中角栄という組み合わせは、様々な意味で、戦後日本を象徴してい
る。戦後日本は、一言でいえば、建築をエンジンとして、まわっていた。経済も政治も
すべて建築に依存し、建築を中心として、回転していた。        (中略)
 工業化社会の他の主要メンバーである自動車産業や電子産業も、戦後日本システムの
重要なメンバーではあったが、建設産業ほど政治と密着することはなかったし、その必
要もなかった。                          (引用終わり)

まぁ政治との癒着ということで言えばそうなのかも知れないですね。
ちなみにここで田中角栄が出てくるのは代々木競技場の建築費が予算の2倍ほどにオーバーしたのに
当時大蔵大臣を務めていた田中角栄の「よっしゃ」の一声で予算上積みが決まったとのことです。
田中角栄ということでは新幹線やあのロッキードなどもありますから
建築とひとくくりにしてしまうのもこれまた言い過ぎだとも思えますけどね。
いや、言い過ぎではなく建築だけに限るのは過少申告というべきか(爆)

 

そんな著者は、というか建築家隈氏は工業化社会=産業資本主義の建築を否定し、
さらに次にくる金融資本主義の建築も否定して、その後にくる建築として
新・国立競技場を設計したとのことです。

環境(温暖化),地域環境との融合、コスト節約などから高さを抑え、木を使った設計にしたそうです。
ボクはまだこの目で国立競技場を見ていませんし、見ても素人があれこれいう資格はないでしょうけど
隈氏の主張も分からないではないなというところです。

ただ、隈氏は建築材料は極力建築現場近くで調達するのがよいと書いてあるんですが、
最近耳にしたニュースだと国立競技場に使用するため北海道の材木伐採にからんで
アイヌ民族団体とひと悶着あったようですからちょっとうーんてな感想を持ってしまいますね。

 

なお、本論からはズレてしまうのですが、隈氏は1970年代後半に
集落調査としてサハラ砂漠を数名で旅するということをやっていたそうです。
事前アポも許可もなく計画もなく四輪駆動車を走らせてまわって
言葉も通じない集落に突撃訪問して集落や家々を見せてもらっていたそうです。

その時の写真がこの本に掲載されていたのですが、
その四輪駆動車というのがなんとスバル・レオーネ・エステートバン4WDなんですよね(驚)
ボンネット上に大きく「SUBARU」のロゴも見えますから
富士重工本体かどこかのスバルディーラーがスポンサードしたのかも知れないです。

それにしても破天荒だな(笑)

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コメント

隅さん、あのM2ビルの設計者です。
昔のデザイン指向は、今とは180°違う感じです。

投稿: junk | 2020-03-26 21:43

>junkさん

すいません、M2ビルを知りませんでしたorz

あぁ、第2マツダの意味ですか。
確かに今のと全然違いますし、マツダのイメージとも違いますね。
結果的に奇抜な葬儀社の今が似合っているのかも。。。

投稿: JET | 2020-03-27 03:27

私はあの建物大好きだったんですよ。
中の造りも凄いし、いまでも十分アバンギャルドで面白いと記憶。
逆に、今の時代でこそ際立つと思われます。
また入ってみたいです。機会があれば是非(笑)

投稿: junk | 2020-03-27 07:55

>junkさん

そうですね、新国立競技場も併せて機会があれば観に行きたいですね。
新型コロナ騒動が終息しないと行けませんが……

投稿: JET | 2020-03-27 08:47

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