« U.F.O.濃い濃いだしソース焼そばを実食 | トップページ | コロナに臆することなく太田市の「斜里」へ麺紀行 »

新書「時間を哲学する」を読了

B200216_1 
講談社現代新書の「時間を哲学する 過去はどこへ行ったのか」中島義道著を読み終えました。
以前に「時間の雑学」みたいな本を読みました。
そこには“科学”的なことも書かれてましたが今度は大真面目に“哲学”です。

もう出社時間とか会議の時間とか昼休み時間とか帰宅時間とかまったく関係ない
無職生活ですし、それ故に起床時間・就寝時間・食事の時間などもほとんど意識しない生活ですし
ですから時間・時刻を意識するのは麺紀行時のお店の営業時間くらいなものです。
あとは、テレビ番組の予約録画をする時くらいかな(笑)

そんな感じなのでますます時間について考えることのない日々の生活ですが
逆にそれだからこそ時間について考えてみても良いだろうということで読んでみました。
ただ、やはり禅問答みたいなところもあって難しいですねぇ、“哲学”は。
ついつい科学的・物理的な時間の概念にとらわれてしまいますし。

 

この本は「邯鄲(かんたん)の夢」という古い中国の話からはじまります。
ある若者が都に出て一旗揚げようと旅の途中で旅籠でひと休み中に居眠りしてしまい
そこで波乱万丈の末大出世する一生の夢を見ますが、店員に起こされて目が覚めます。
その一生の大ドラマの夢は実はご飯が炊けるまでの短い時間(一炊の夢)だったということです。

そして、著者はここから単に「人生が夢のように虚しいと言いたいのだな」で終わってはいけないとし
ここから分け入っていくと「時間」という大きな問いが控えているとして
ここから時間の哲学がはじまっていくのです。

著者の解釈として「『人生一炊の夢』とは、人生とはいつかは醒める夢をみつつある時のような
ものだという意味ではなくて、わが人生とはわが過去にほかならず、わが過去であるかぎ
りの人生とは、その基本的な存在様式において夢という存在様式と区別しえないほど酷似
している、という意味ではないかと思われます。」と書いています。

ここから古今東西の哲学者・思想家の時間についての考え方を取り上げながら
著者の自論が展開されてゆきます。
分かったような分からないような内容が続きますが
まぁこういうものは分かるかどうかではなく
それをヒントに自分が何かを気付けるかどうかでしょうからね。

 

そして、このような話の流れから死生観みたいなものにも触れていきます。
面白いなと思ったのは、                  (以下引用)

 人生の短さとか虚しさと言われているものの内実は、過去の短さや虚しさにほかならな
い。それも、客観的に高々人生一〇〇年という意味で短いというよりむしろ、一〇〇年の
人生もアッという間に終わるように感じられるという点に、この主張の鍵はあるようです。
ですから、八〇年ではなく八〇〇年生きたら満足かと問いますと、やはり死ぬときは同じ
ように虚しいことでしょう。                (引用終わり)

ただ、ここの部分はこの本の通過点でしかなく本質の部分はまだあとにあります。
副題にもなっている「過去はどこへ行ったのか」の問いの答えは次のように書かれてます。
                             (以下引用)
 過去はどこへ「行った」のでもない。「もはやない」ものとして<今ここ>にあるのです。
このことは、ビッグバンからの数百億年の過去とて同じこと。その宇宙論的時間とそこに
生じたすべての出来事は、今やまったくどこにも影も形も正真正銘ないのです。ただ、こ
うした長大な時間は「もはやない」ものとして<今ここ>にある。
 たしかに、数百億年昔のビッグバンを私は今想起できませんが、過去とは何であるかを
思い起こしてみると、それは同時に「不在への態度」が開かれる場であり、自分の直接的
体験を単なるとっかかりにして言語的=意味的世界を構成することなのですから、ビッグ
バンが「あった」ことを私が承認することは、昨日起こったはずの直接観察しない膨大な
事象を私が承認することとまったく変わらないのです。    (引用終わり)

これまた分かったような分からない話ですが
それでも著者のいわんとするところはなんとなく分かりますね。
もっとも、「ビッグバンからの数百億年」ではなく「百数十億年」(138億年)が正解ですが
まぁそこは著者が科学者ではなく哲学者であるから目をつむりましょうかね(笑)
あるいはこの本は1996年発刊ですから
その頃はまだ138億年前という精度が得られてなかったのかもしれませんが。

 

そして、過去についてのこの考察から、未来、そして現在についての考察と続きます。
自分の人生という時間にとって有益であったかどうか現時点では分からない内容の本でしたが
それでも読んでいて面白かったのは確かですから、現在としては、いや既に過去になってますが
有益だった本と承認することになるのかなと思います(汗)

|

« U.F.O.濃い濃いだしソース焼そばを実食 | トップページ | コロナに臆することなく太田市の「斜里」へ麺紀行 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« U.F.O.濃い濃いだしソース焼そばを実食 | トップページ | コロナに臆することなく太田市の「斜里」へ麺紀行 »