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大学受験から遡って高校受験のほろ苦い思い出

この記事で私立大学受験の珍道中を書いて
その続編で遡ってこの記事で共通1次試験の思い出を書きましたので、
今度はさらに3年遡って、高校受験の時の思い出を書いてみようと思います。

国立大学受験や共通1次試験の記憶すらままならないのに
高校受験の記憶なんてないだろうと思われるかもしれませんが
なんとこれが意外と苦いというか恥ずかしいというか情けない記憶があるんですよ。

とはいえ、それも公立校受験の方はまったく覚えていなくて
滑り止めとしての私立高校受験の時の思い出だけです。
ただ、これまた私立高校に通うという家庭の余裕もないだろうから公立一択でしたけどね。

その公立高校はただ一番近く(近いけど居住地域とは別の市町村)の普通科高校で
進学校というわけでもなんでもないので入学倍率も限りなく1.0倍に近いものだったので
中学3年の時の通知表からほぼ自動的に行ける高校も決まってくるから
高校入学試験は大失敗しなければまず合格できるってくらいのものでした。
だから、高校受験のための受験勉強なんて一切しませんでしたし
滑り止めの私立高校入試もまったく必要性を感じてませんでした。

それでも、中学の担任やら進路指導の先生からは
私立高校受験をしないなんてことは絶対ダメと言われてしまい
しかたなくどこか適当に私立高校の受験をすることになりました。
ただ田舎には近くに私立高校はないので名古屋市まで行くことになるわけですが
だからどの高校がどんな校風なんだかも分かるはずもなく
どのみち入学するつもりは99.9%ない私立高校ですから
特待生で受験できる高校から適当に選びました。

特待生といってもスポーツ特待生で優秀選手なら受験せずに入れるとかではなく
ある程度の成績と学校推薦があれば入学費や授業料を免除してくれるという制度です。
高校受験でも私立の入学費納付期限は公立の合否発表の前が基本でしたから
この特待生制度ってのは無駄な出費をせずに済むので嬉しい制度ですよね。
まっ嬉しいのはボクではなく親の方だったでしょうけど(笑)

 

ところが、その私立高校の受験当日、朝起きたら高熱でフラフラ。
インフルエンザに罹ってしまっていました。
別に前日徹夜したとか受験勉強疲れしてたとかではないですよ。
繰り返しになりますが、高校受験で受験勉強なんて一切しませんでしたから。

さすがにインフルじゃダメだということで試験には行けませんでした。
そこで、後日、別の日にその私立高校に行って試験を受けさせてもらいました。
確か、ボク以外にもう一人いて二人っきりで狭い会議室みたいな場所で受験しました。

正規の受験日ってその高校の在校生はたいてい休みになっていて教室で試験を受けますよね。
ただ、別の日ですからその高校の在校生はいつものように学校に来て授業受けてるわけです。
だから、いやおうなくその高校の雰囲気がみてわかるんですよね。
それを見て、ボクは絶対にこんな高校に入らない。
公立試験は失敗できないな、と誓ったものです。

だってあまりにも柄が悪かったというか、品がなく感じたからです。
といっても不良みたいなのばかりで怖いとかそういう意味ではないですけどね。
それに、ボク自身も高校生になって少しだけ丈の長い学ランにツータックのズボン履いて
ペラッペラの学生鞄ぶらさげ、おまけにパンチパーマ風天然パーマでしたから
品なんてまったくなかったんですけどね(恥)

 

そんなわけで、私立高校は特待生として合格できて
その後地元の公立高校も合格できたのでめでたしめでたしでした。

ちなみに、中学校も近所(これまた居住地とは別の市町村)の公立中学校ですし
小学校も近所の公立小学校ですから受験も何もありませんでした。
幼稚園の入園時にはもしかしたら面接があったかもしれませんが覚えてません(笑)
というわけですから、この受験シリーズはこれでもう終わりです(爆)

それにしても、高校受験すら受験勉強とはまったく無縁だったボクですから
中学受験とか小学受験なんて話を聞くとちょっと信じられないですね。
なんだか子どもが可哀想という感情しか持てないです。
そういう親からすると大きなお世話なんでしょうけど(汗)

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