79Vはロール感、操舵感とフラットライドにこだわった
前回の記事で初代スバル・フォレスター(開発符号:79V)の
操縦安定性・乗り心地は「安心感と悦楽」をキーワードにして
目標性能の数値を設定したと書きました。
そして、数値で表現されない走り味・乗り味の部分については
次回の記事とすると先延ばしにしてしまいましたから、
今日はようやくそこのところを書いていきたいと思います。
まず、走り味・乗り味って何それ?ということがあるかと思います。
自動車なんてちゃんと走る(運転できる)のが当たり前だし
ちゃんと走る(運転できる)ならそれで十分という考え方もあるでしょう。
あるいは、直進性の良し悪し、曲がりやすいかどうか、旋回限界の高低など
性能の良し悪しは分かるが、味とかどうでも良いという人もいるでしょう。
味とかいうくらいなので、料理と似たような意味合いで用いています。
カロリーの大小や栄養素の量で人間のエネルギー源として健康の源として
充分かどうかという議論とは別に美味しいかどうかも料理には大切ですよね。
ただし、そこには個人によって、また場面によって好き嫌いがでてきます。
同じように走り味・乗り味にも個人によって、場面によって好き嫌いがあります。
なので、走り味・乗り味というものはどうでも良いと考える人には押し付けがましくなく
ある程度それを求める人にはその人が期待して予想する走り味・乗り味を実現するだけでなく
できればその期待や予想を超えるものであれことが求められます。
難しいのはユーザーがどんな走り味・乗り味を予想しているのかが分からず
好き嫌いの領域なので多様な意見があるということです。
そのブランドのイメージや伝統、その車種のラインナップでの位置づけやデザイン、
さらにはネーミングやCM、カタログ、セールストークなども影響します。
ハンドルの握りやシートの形や固さなども走り味・乗り味の予想に関係します。
走り味・乗り味にある程度拘る人はクルマを買う前にはちゃんと試乗するかもしれません。
それでも、短時間の試乗ではそのクルマの走り味・乗り味のほんの一部分しか分かりません。
そこが難しいところでもあり、またクルマの面白いところなんですけどね(笑)
さきほど、走り味・乗り味を料理に喩えましたが、
それなら一流レストランの総料理長みたいな人がいて
そのブランド(メーカー)の走り味・乗り味の最終確認・味付けをしているのかと
考えている人もいるのかもしれません。
確かに欧州メーカーなどではその手のマイスターみたいな人がいるような話も耳にしますが
少なくともスバルにはそのような人はいません。
何せ、スバルにはテストドライバーという職種の人がいませんから。
それに、スバルの走り味・乗り味はかくあるべしみたいな明文化されたものがあるわけでもないですし
そこかしこでそんな議論がなされて受け継がれてきているものがあるわけでもないです。
まぁ、なんとなく空気というか不文律のものがあると言えばあるのかもしれませんけど
おそらくほとんどの人はあまり意識せずそのことに真っ向から向き合う人は社内にはいませんでした。
では、実験部の部長や課長がそれぞれの部門の走り味・乗り味の
最終確認・最終責任をしているのかというと、これまたそうでもありません。
ひとつの車種の開発責任者であるプロジェクトマネージャー(部長級)が
そこまで口を出してあれこれやるかというと、これまたそうでもありません。
もちろん、ある程度の枠組みから逸脱していれば指摘も意見もでてきますが
ほとんどの部分はそれぞれの担当エンジニアの手腕にかかっているといっても
言いすぎではないほどで、逆にそのくらいある意味自由にやれたものでした。
と過去形で書いたのも、
ボクが79Vの操安乗り心地開発に携わっていた頃はそのくらいの自由はあったけど
まぁさすがに今ではなかなかそんなわけにもいかなくなってきているからなのですが。
ちょっとその辺のことも書いておきましょうか。
79Vの頃のボクが幸運だったのは、当時の課長が設計部門から実験に異動した直後で
実験の事・操安の事など分からないから実務には口を出さない姿勢だったこと、
当時の担当(係長)は初代インプレッサWRXの年次改良にご熱心で
79Vのようなよく分からない(SUVってジャンルは確立されてない時期)車種は
ボクに全て任せてくれたことがあります。
まぁ任させていたというよりぶん投げられていたということかもしれませんが。
そして、そんな走り味・乗り味みたいなことよりもまぁそこそこ普通の操安乗り心地なら
大した問題にもならないという、これまたごく普通のまっとうな判断だったのでしょう。
そのような判断にはボク自身も織り込み済み・納得済みでしたから
そんな走り味・乗り味みたいな部分については特に声高らかに宣言することはしませんでした。
それでも、このような走り味・乗り味にしようという明瞭な考えはボクにはあったので
それを実現すべく操安乗り心地の開発を進めていきました。
その走り味・乗り味がどんなものであるのかというと、、、なかなか文章で表現しづらいのですが。
ひと言でいえば、タイトルにも書いた「ロール感、操舵感とフラットライド」です(汗)
ロール感というとロールしないのが一番いいと思われる方も多いかと思いますが
個人的にはその考えには反対で、クルマが走る(操縦する)という感覚は
G(加速度・角加速度)感覚の絶え間ない変化こそその愉しさにつながるもので
それは2次元(前後・左右)だけでなく3次元の方がより愉しめると考えているからです。
もちろん過大なロールが良いというわけではありませんので
グラっとしたロールは抑えじんわりロールしてじんわり戻るようにすることと
後ろに仰け反るようにロールするのではなくやや前のめりにロールするような感覚の
そんなロール感を狙ったのです。
まぁ人間ですから急にグラッとくれば嫌ですし、特に後ろに倒れそうになれば怖いですからね。
そう感じないようにしてロールさせれば愉しめるというものです。
操舵感というのはステアリングフィールとも言いますが
これもどちらかというとダイレクトな感じとかクイックな感じがいいという人が多いかもしれませんが
個人的にはより滑らかで、特に直進から僅かにハンドルを切っていくときに
あまり過敏でなくじんわりとクルマが反応してそれにつれて手応えが返ってくるような
そんなクルマの動きとシンクロするような操舵感を狙いました。
力づくでエイヤっとハンドル切ってもらってはどうしてもグラッとロールしてしまいますから
その意味ではロール感とセットで自然とそうならないように
スムーズな運転をしやすくするような操舵感にしていこうということなわけです。
もっともそんなことお構いなしに強引な運転するドライバーもいないわけではないですが
今だから言えることですがそのようなデリカシーの無いドライバーは無視しました(苦笑)
そして、フラットライドという言葉からはもしかしたらサスペンションをガチガチに固めたクルマを
想像する人がいるかもしれませんし、
事実当時の社内でもそのようなことを指して口にしていた人もいました。
でもそうではなく路面の凹凸をゆったりと上下動して吸収しつつも
ピッチングなどあまりせず車体は水平を保つような乗り味をフラットライドとしています。
簡単に言っちゃうと、シトロエンみたいな乗り味ですかね(笑)
でも、スバル360やスバル1000などはきちんとこのフラットライドの乗り味を持ってますから
別にシトロエンに憧れたわけでも模倣したわけでもなく
往年のスバルクッションと呼ばれたスバルの伝統に則ろうという考えであっただけですけどね。
これらの、ロール感、操舵感、フラットライドって実は当時のスバル車の走り味・乗り味とは
真逆の方向性だったんですよね。だからこそ余計に“密かに”狙っていたわけですが……
つまり、当時の特にレガシィ(RS,GT)やインプレッサ(WRX)などは
とにかくロールは抑える(でも最後はリアが腰砕け気味のロールになる)
手応えがあり剛性感あるクイックな操舵感(でも神経質で疲れる)
そしてダンバーを締め上げて締まった乗り心地(でも常にユサユサ)の方向を向いていました。
ボクは、スバルの目指すべき走り味・乗り味はそっちじゃないだろとの思いから
そのような風潮に反抗していたというのが正直な気持ちだったのは事実です。
そして、これまた当時はほとんど誰にも言わなかったのですが、
これら走り味・乗り味と関連するような密かな自分なりの基準のひとつとして
「群馬のテストコースの周回路のバンクを160km/hで片手運転し続けられること」
というのを半分冗談まじりですが設定してました。
栃木県佐野市にあるSKC(スバル研究実験センター)の高速周回路は
200km/hオーバーでも難なく走れるようなテストコースになっていますが、
群馬のテストコースの周回路は設計速度が120km/hでガードレールギリギリですから
右ハンドル車は最高120km/hまで左ハンドル車は100km/hまでと規則で定められてましたが
その規則をやぶって160km/hも出そうというのですから誰にも言えるわけがありませんよね(笑)
ハイグリップタイヤを履いているインプレッサWRXなどでも160km/hで走るのはかなり大変です。
それをオールシーズンタイヤを履いたクルマでしかも片手運転で出そうというのですから無茶ですね。
しかもこのテストコースはバンク角45度超なので縦Gも横Gもかなり強烈にかかるし
路面も荒れていて(一説には設計ミスとか施工ミスとも)片手運転でスムーズに走らせるのは大変です。
ですから、ハイグリップタイヤに頼るのではなくその凹凸をしなやかにいなしつつ
大きな縦Gにも余裕で吸収できる懐の深いフラットライドな乗り味と
片手でも正確に微妙なハンドル操作ができるような操舵感が重要となるというわけです。
79Vは速く走ることを目指したクルマではありませんが
やはりある意味そういう極端なところでも安心して走らせることができるというのは
ひとつの指標としてあってもいいのかなと思ってましたからね。
さて、そんなこんなの79V初代フォレスターの操安性・乗り心地ですが
次回はその目標達成のために具体的に何をやったのかを思い出しながら書いてみたいと思います。
いつ記事にできるのかは分かりませんが(汗)、こうご期待を。。。
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コメント
初代レガシィ、初代インプレッサと同じプラットフォームを使って初代フォレスターを造っていたと思いますが……。その違いをどのように仕立てていったのか、次回の記事も楽しみにしています。
投稿: よっさん | 2019-07-12 20:30
>よっさん
このシリーズ(?)なかなか記事が書けなくてご期待に沿えないかなと……
こう見えても意外と気を遣って筆が進まないことが多々あるんですよね。
(もちろん、筆で書いているわけでないですが)
できるだけ早く書き上げたいのですが、、、タイトルで躓いてますorz
投稿: JET | 2019-07-12 21:16
ジェットさん、けっしてせかしているわけではありませんよ。
いつまでも楽しみにお待ちしています(笑)。
投稿: よっさん | 2019-07-13 00:34
>よっさん
大丈夫、せかされてるなんて思ってないですから。
なかなか筆が進まない自分に対して情けないなぁとね。
なんか集中力が衰えてきているような気がします。
投稿: JET | 2019-07-13 08:13