テストドライバーという言葉への違和感
サラリーマン時代、仕事関係以外の人に
「スバルの実験部門で働いています」というと、よく
「テストドライバーですか?」と訊かれました。さらに、
「すごいですね、私もやってみたかったんですよ」なんていう人もいます。
まぁ社交辞令的に喋っているとこもたぶんにあるのでしょうけど
どうもその“テストドライバー”ってな言葉と
“憧れ”みたいな言い回しに違和感といいますか
何か誤解してるんじゃないかなという思いを毎回感じたものでした。
ちょっと前に、スバルの実験部門のドライバースキル向上の取材などが
メディアで取り上げられたりしたので知っている人もいるかもしれませんが、
スバルには“テストドライバー”という肩書の職種の人はいません。
そして、テストコースを走ってばかりいることを仕事としている人もいません。
他の自動車メーカーにはいるのかもしれませんが……
確かに実験するわけなのでテストコースで試験車を運転することが多いのは事実です。
でも、みんながみんな運転ばかりしているわけではありません。
車両を走らせずに台上の試験機を使って実験することも多いですし
車両ではなく部品単体を試験機で実験することも多いです。
そして、以前の記事で、実験部門の態度がでかいみたいな(?)ことを書きましたが、
実験は試験だけをしているのではなく
目標性能を決めたりその達成手段の提案をしたり改善案を提示したり
あるいは試験法や評価基準を設定したりとかしなければなりません。
ですので、テストドライバーというより実験屋なのですが
それもまた誤解されやすいので
単に技術者(エンジニア)というのが最も適しているのかなと思います。
もっとも、エンジニアなんてカッコつけて言いながらも
自ら車両を弄って部品交換とか整備とかもしているので
メカニック兼エンジニアなんですけどね。
少し脱線しますが、欧米のメーカーなんかはこのエンジニアと
メカニック(整備士?技能労働者?)の区別が明確になってることが多いですが
日本のメーカーは部品メーカーも含めて混然となっていることが多いですね。
以前、フランスの某M社タイヤメーカーと共同試験した時に
いつものようにタイヤ交換などを手伝おうとしたら
そこのエンジニアから「彼らの仕事を奪ってはいけない」と制止されました。
こっちは単に手持ち無沙汰で待ってるより
一緒に早く終わらせたいとの考えだけだったんですが、
こうも考え方が違うのかと思い知らされましたね。
さて、そんな自称エンジニアだったボクですが
それでも操縦安定性・乗り心地なんて仕事をしていた頃は
毎日のように(とまでいうと誇張ですが、それでも月の半分くらいは)
テストコースで走行していたのもこれまた事実です。
各種計測器を搭載してデータ計測することも多く
正確で精度の高いデータを取るためには
一定の速度を維持しながら定められた横G(旋回加速度)を発生させるとか
地味ですがそれなりに高度な運転技術が必要になってきます。
実は運転技術ってこういうことの繰り返しで鍛えられてくるんですね。
もちろん、データ計測ではなく官能評価といって
運転した時(助手席や後席も)の感覚などで評価することもあります。
また、必要に応じて最高速まで走らせたり
限界でのコーナリングや車線変更(危険回避)などすることもあります。
冒頭の「やってみたかった」とか言ってる人は
おそらくこの部分だけのイメージで語っているのかなと思いますが、
それはごく一部分だけのことでしかないということなんですね。
そして、官能評価というと非常に繊細な感覚というか
分解能を持っているかとこれまた勘違いされそうなんですが、
個人的には鈍感すぎてはダメですがそれほど繊細でなくても良いと思ってます。
だってほとんどのお客さんが気にならないような些細なことを取り上げて
優劣をつけても意味のない(お客さんには役立たない)ことですから。
それよりも、その感覚の違いがお客さんにとってどんな意味があるのかを
的確に判断できる能力が要求されます。
さらに、実験は改善提案などもしなければならないわけですから
単に感じた違いを言葉にするだけではなく、
その違いがどうして生じているのか原因は何なのかなど
分析ができなければなりません。
つまり、敏感さよりも判断力と分析力が必要ということです。
また、レースマシンの開発をしているわけでもないので
限界性能と称してサーキットなどを速く走る運転技能もそんなに必要ないです。
もちろん、そういう場面がまったくないわけではありませんが
量販車の開発ではそんなことは必要ないですしそのための訓練も不要です。
あっ、今のスバルではいちおう実験ドライバーのための
訓練プログラムがあるようですが
ボクがやっていた頃はそんなものはなく各自が日々の業務の中で
必要な運転技能や評価能力を身につけていくというだけでした。
個人的には量販車の開発ならそれで十分だと思いますけどね。
もっとも、超高性能車など開発しようとするならそれ相応の運転技能が必要でしょうが。
速く走らせる技能より必要なのは、そのような限界に近い領域でも
どんな操作するとどんな挙動になるかを毎回正確に再現できて
それがお客さんの使い方(危険回避などの異常時も含めて)の中で○×を判断でき
最後にそれが何が原因でどういうメカニズムで発生するのかを分析できることです。
ここを勘違いされることが多いようですね。
といいますか、以前にある先輩が(ボクに言ったわけではないですが)
「あいつはモータースポーツ経験がないからダメなんだ」ようなことを
言っているのを聞いて呆れかえりましたけどね。
まぁ、こういう履き違えちゃってた人もいたということですな。
単にマウンティングしたかっただけかもしれませんが。
というわけで、またもやまとまりなく長々と書いてしまいました。
要は、運転だけでなく他の業務も重要でエンジニアであると自覚していたし
イメージされるような感覚の鋭さや速く走らせる技能も追求していないので
テストドライバーという言葉への違和感を抱いていたという話でした。
違和感というより反発感だったのかもしれませんけどね。
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コメント
頷きながら拝読させていただきました。
生産技術でも基本的には似たようなものですよね。(当り前ですが)
量産条件の評価なんて、地味にデータ取りして分析して、条件仮決めしn増し評価して分析して、
いわゆるPDCAを何度か繰り返しながら決定しますし。
日本だと間接員と直接員の給与って大差無いですが、海外だと数倍差がある事を聞きましたし、
直接員の仕事は格下のごとくの扱いを感じたことも多いです。
ちなみにメーカーに就職するまでは、テストドライバーなる職業についての勘違いはありました。
新人研修で実験部にもお世話になり、大きな勘違いだったとすぐに理解させられましたが。
投稿: はら坊 | 2018-12-08 18:00
>はら坊さん
日本型のようにエンジニアと自称していながら(名刺の英文はその通りです)
テストドライブもしてさらにタイヤ交換など整備もしていると
欧米メーカーの人から見ると驚かれるだけでなくエンジニアとしての
信用にも疑問を持たれることもあるようですね。
投稿: JET | 2018-12-08 18:36
興味深く読ませていただきました。
私はもちろんテストドライバーではないのですが思うところは色々あります。おっしゃる通りの事もありますよね。
すいません、まだ差し障りがあるのでこの位にしときます。
投稿: TOMO | 2018-12-08 21:57
>TOMOさん
御社とは技術交流などほとんどなかったのでよく分からないですけど、
ニュルブルクリンクでのドライバー育成などは日本メーカーの中では
先頭をいっていたのではないですかね。
投稿: JET | 2018-12-09 06:40