自動車の開発はちょっと変だと思った
工業製品の開発というのは、一般的には
企画(または営業)→設計→試作→試験
という流れで進み試験結果が×ならそれが設計にフィードバックされて
設計変更→試作→試験を何回か繰り返して全ての試験結果が○になれば
製造工程へ移行していくというものでしょう。
ボクは大学で機械工学科だったので学生時代にもそう教えられてましたし、
学生時代に鉄工所でアルバイトしていた時にも
経験的にそのように理解していました。
でも、自動車メーカーのスバル(富士重工)に入社したら
どうもそれとは違っていてなんか変だなと感じました。
今日はそんなことを記事にしたいと思います。
ただし、いわゆる暴露ネタではありませんのであしからずご了承を。
もっともボクはスバルしか勤めていませんし、
自動車以外の業種も詳しく知りませんから
あくまでもスバルの場合ということしか言えません。
でも、他社との共同プロジェクトや技術交流、
あるいは部品メーカーや技術コンサルティング会社とのやりとりを通じて
他のメーカーでもそれぞれ違いはあるものの
大きな括りでみると似たようなところが多いのではないかと思っています。
先に、一般的には、企画→設計→試作→試験という流れと書きました。
もう少し説明を加えますと、
下請部品などの製造となると、企画というよりも営業(技術営業)を通じて
発注先メーカーから仕様書などが送られてくるでしょうが、
一般ユーザー向けの製品だと企画部門がどんな製品にするか
それぞれの仕様・諸元・機能・性能を定めるのがスタートになります。
その仕様・諸元・機能・性能に合致するように図面にするのが設計部門です。
単に絵にするのではなく原価、投資、質量などあらゆる要件を満たすように
様々な計算やシミュレーションなどをして設計されるわけです。
そして、図面ができあがるとそれに従って試作部門で試作品が作られます。
試作品が図面通りに作られているかどうかは
試作内で検査するか、設計で検査するか、その両方かはそれぞれあるかと思います。
ここでやっと実験(試験)部門の出番となって試作品を試験することになります。
企画で決められた仕様・諸元・機能・性能が設計部門の意図通りに
満たしているかどうかを試験をしてその結果を設計にフィードバックします。
その際、設計は企画部門からの要求を満たすべく設計しようとしたのですから
試験結果を見て○か×かを判断して×なら改善をしなければなりません。
というのがこれまた一般的な流れでしょう。
つまり、実験部門は試験してその試験結果を設計に伝えるだけで
結果の○×判定はしないというのが一般的だと思われるわけです。
さらには、試験方法や試験条件などについても設計から指示されることが
一般的なパターンではないかと思います。
ところで、ボクはスバルではほとんどの期間を車両実験部門に所属していました。
※車両と付いているのは車全体とPU(パワーユニット)に分かれていたからです。
“試験”と“実験”は微妙に違う言葉ですがまぁ傍から見れば同じでしょう。
とすると、試作されたものを決められた試験
もしくは設計部門から指示された試験をして
その結果を設計に伝えるのが仕事ということになるでしょう。
ところが、実際にはそんな単純な仕事ではなかったんですよね。
まず、変なのが、車の機能・性能の目標を実験部門が決めるんですよ。
形式的には実験が提案して企画が認めるということになってますが
カタログ燃費値や最小回転半径みたいな諸元値に近い項目以外は
実験だけで決めてそのままそれが「目標性能」というものになります。
次に、実験部門が決めた目標性能に従って設計部門が設計することになりますが、
目標性能を満たすような手法や要件を実験から設計に要求することがほとんどです。
実験でも設計図を確認してその設計で目標性能を満足できるかどうかを
確認することが必要とされてます。
そして、試作車が出来あがると試作、設計だけでなく実験も加わって
試作車が設計意図通りに完成しているかを確認します。
最後に、試作車を使って試験をするわけですが
これも実験部門が決めた方法や条件で試験します。
試験結果が目標性能を満たしているかどうかを判断するのも実験部門です。
目標性能を実験が決めたのですから当然の流れですけどね。
目標性能を満たしていない場合に設計に設計変更を要求するのも実験ですし
その際にどう改善すべきかのアドバイスも実験にも必要とされています。
ここで、ボクは実験部門は大変だということを言いたいのではありません。
実験部門が大きな顔をし過ぎている(発言権が結構大きい)のは変なのですが
そのこと自体が問題だと言いたいのでもありません。
目標性能を実験部門で決めてそれを達成するのも実験部門の責任
ということになっている点が問題だよなぁということを言いたいのです。
なんでこんなことになっているかと言えば、
車の性能のこまかなところは結局は試験している実験部門でないと分からないし
競合他社の性能をきちんと把握しているのは実験部門ですし
その性能を得るための手法なども実際に車に接する機会の多い
実験部門が分かっていることが多いなどの理由があって
このように実験が目標性能を決めて
自分たちで達成の責任を負うことになったのでしょう。
でも、やはりこういうのって色々な問題を生じることになりますよね。
他人ではモノサシが分からないから
自分でモノサシ作って自分で測って自分で判断してねってことですから。
聖人なんて滅多におらず色んな人がいるように、部署によってそれぞれですが、
内向き(つまりお客さんそっちのけ)の甘い目標にして達成しやすくしようとしたり、
逆に必要以上に高い目標にして自己満足したり一部の人から評価してもらおうとしたり、
中には余裕を持たせた高い目標にして最初は作らせておいて
後から年改とかでVA(コストダウン)してノルマ達成しようと企んだりとか、
そんなことがどうしても起こりやすくなります。
また、目標達成が難しい状況になったときに試験そのものや
結果の判断に甘さが出やすくなります。
特に、官能評価といって試験者の感覚・感性で評価するものは
そういう状況では影響がでやすいでしょう。
目標達成には僅かに届かないなんて時に期限が迫ってきたり手詰まり感がでると
ややもすると誤差の範囲とか曖昧さの部分で×が○に見えたりしちゃうのでしょう。
目標性能の達成は実験部門の責任とか言われちゃうと
ついついそういう意識も出てきちゃうでしょう。
それと、目標を満足するのに必要だからとオーバーに盛って
設計部門に対して必要以上の仕様を要求する場合もでてきます。
オーバースペックなものにしておいて目標性能を達成できた方が
実験は楽できますからそんなことも起こりかねないわけです。
これが酷くなると今度は設計部門が目標性能に対して軽んじるようになってきます。
こっちは原価・型費・質量などでガチガチに締めつけられているんだから
目標性能達成は実験部門の責任でそっちでなんとかしてよという主張です。
ここまで行くともうどこを向いて開発してるんだよという状態になり
(むろん、本来はお客様を向いてないといけないんですが)
開発チームはバラバラとなってしまいますね。
もちろん、このようなことが起こらないように組織や開発手順の中で
チェックしたりするようなシステムにしていて
そのまま製品になるようなことはないのですが、
それでも開発中にはたびたび問題となって開発に影響が出てしまうんですよね。
もっとも、この実験部門が目標性能を決めて
それを達成させる最終責任を負うというのは
悪いことばかりでもなく良い面もあるわけです。
クルマはやはり(将来の自動運転は別として)人が運転して人が使うものですから
そこには人の感覚・感性に沿うものでないといけませんし、
それには単に物理値に表現できない官能評価の部分も重要になります。
そういう部分を目標性能に織りまぜてクルマに造りこんでいくには
やはり実験部門が主体とならざるを得ない部分が大きいと思います。
人の感性に訴えかけるクルマとか人の温かみが感じられるクルマを作るには
実験部門の造りこみが必要不可欠ですし
そのためにも実験部門が単なる試験しかしないというのでは
その実現はなかなか難しくなることでしょう。
それと、これはまったくもって個人的な立場での意見ですが
実験部門が目標性能を決める(正確には提案する)ってことは
実験にいたボクとしては自分の中のこういうクルマを造りたいという気持ちを
そこに反映することができるわけですし、
それをまた自分で実現できるように仕事をできるわけですから
まぁそれがやりがいになったというのは事実ですからね。
まっ、仕事をやりがいにするとろくなことがないというのも真実で、
そこの一線を超えないようにどう仕事をするかが課題なんですけどね(汗)
また、個人的な意見と言っていても
個人的な趣味でクルマを造ってるわけではないので
常にその一線を客観的に意識しないといけないですけどね。
と、今日はこの辺までとしましょう。
次回はもうひとつ「実験」というと誤解されやすい
テストドライバーという言葉について書いてみようと思います。
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コメント
普通開発部門とか営業がライバル企業の情報をとか踏まえて目標性能決めるんじゃないの?
実験部門って情報収集できるの?
投稿: deefe | 2018-12-01 21:03
>deefeさん
実験部門といっても開発部門の一部ではあるんですが、、、
ただ、ライバル企業の発売済みの製品、つまり競合他社の車は調べますし
それは実験部門で性能計測したりして把握していますが、
これから発売される車の情報はあまりありませんし
特許や技術論文などや部品メーカー経由の情報などは
営業や企画部門よりも実験部門・設計部門の方が明るかったりしますね。
将来的な性能の予測というか動向などは推測で決めてましたけどね。
もっともスバルはかなり独自路線ですから
他社がどうするからとかのガチ勝負はあまりなかったですし、
ライバルと言える同じ土俵に上がることも少ないですけどね。
投稿: JET | 2018-12-02 02:05
会社が違うと色々違いがるようですね。
トヨタとの提携後でも変わらなかったんでしょうか?
投稿: はら坊 | 2018-12-02 08:29
>はら坊さん
トヨタの事情は、はら坊さんの方が詳しいかと思いますが……
トヨタと提携したといってもトヨタがスバルの組織にどうこうすることはありませんし、
86/BRZはスバルで開発していますが特にトヨタとのやり方で支障ないし、
スバルからトヨタに出向(という名の格安人材派遣ですが)している人の意見でも
特にスバルとトヨタの開発体制で大きな差はないようなので
ある程度は似たようなものかなと。
投稿: JET | 2018-12-02 10:44
初めまして.
現在でも車両開発の初期段階に実験評価部門が居て,各諸元等を企画や設計に提案する構図なのでしょうか.
また,JETさんはスカッフ変化を利用した過渡域での挙動改善など,かなり設計に近いこともやられていたと拝見しましたが,これもその構図故のことなのでしょうか.
投稿: 33 | 2020-09-07 17:50
>33さん
こちらこそ、初めまして。
少なくともボクが退社するまでは、実験部門から目標性能を提案して同時にその目標性能を達成するために手段も提案する形でした。
その手段の中に必要なら諸元も含まれています。
おそらく現在でもその形は変わっていないでしょう。
スカッフ変化だけでなくトー変化もキャンバ変化も設計が性能を見据えて決めるということはなかったですね。
実験から要求をするという形ですね。
もっとも設計者によってはちゃんと性能を考えている人もいましたけど。
投稿: JET | 2020-09-07 18:22
かなり設計に踏み込んだところまで対応されるのですね.
ちなみに,操安性や乗り心地の勤務地は佐野だと思いますが,設計側の太田とのやり取りはどのように行ってましたか?
私も操安の実験をやりたいなと思ってるんですが,社内でのSKCの立ち位置?みたいなのも出来る範囲で教えていただきたいです
(配属の参考にさせて頂いてます)
投稿: 33 | 2020-09-16 10:36
>33さん
あれっ新入社員ってことですか?
ボクが新車開発で操安乗り心地やっていた時(3代目レガシィ)まではまだ太田(本工場)が勤務地でした。
その後、先行開発などで佐野に通勤していた時期もありますが。
実験部門も太田・佐野ともに上下みたいなものはありません。
設計や企画とのやりとりではやはり距離が問題やハンデとなることは皆無ではないですけど
電話もEメールもリモート会議もあるのでなんとでもなります。
ただ、佐野勤務が開始しはじめの頃は過疎地でムラ社会化した部分はあったかなと感じていましたけど、
今はそんな雰囲気もないでしょうね。
投稿: JET | 2020-09-16 11:03
来年新卒で入ります。
前は操安は佐野ではなかったのですね.
色々思案した結果,操安の実験希望にしようかと考えています.
教えていただきありがとうございます。
投稿: 33 | 2020-09-16 16:29
>33さん
就職確定おめでとうございます。
次世代のスバルを担ってご活躍お願いしますね。
期待してますよ!(^^)!
投稿: JET | 2020-09-16 19:19