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STIが創設30周年になりました

10年前の20周年の時にも記事にしましたが、
今日4月2日でSTI=スバル・テクニカ・インターナショナルが設立されて
30周年を迎えました。

その時の写真としては新たな掘り出し物はありませんから
10年前の記事のものを見ていただくとして、
でもここには初代社長の久世さんも常務だった高岡さんも写っていませんけどね。
撮影された場所は富士重工の三鷹製作所内の一角ですね。

そう、ボクはSTI創設時のメンバーの一人だったのです。
昨日の日記で、富士重工に入社していきなりラリーとかやってる
ヘンテコな部署に配属されたと書きましたが、
STI創設を機にSTIへと異動となったというわけです。

けれども、群馬でラリーとかやっていたヘンテコ部署の全員がまるごと
創設当初のSTIへ異動になったわけではありません。
それどころか、群馬からSTIへ異動となったのはボクだけだったのです。

どうしてボクだけが異動することになったのか、真相は分かりませんが
創設に当たって群馬側からも誰か一人は形式上でも関与させるという条件があった、
つまりまぁ人質みたいなものでしょうか。
あるいは上司にたてついてばかりいて面倒くさいヤツと思われていたから、
つまり厄介払いとか島流しみたいなものでしょうか。
おそらくその両方だったんだと思います。

あの当時のスバルのモータースポーツ活動は
群馬の小関親分+上州オートクラブ勢VS東京の高岡祥朗+チームスバル勢の
いわゆる派閥争いの様相を呈していて、
STI創設は色々な人の思惑で様々な力関係がうごめいていたので
上記のようなことにもなるわけです。

ですから、創設当初のSTIの業務は非常に限られたものでしかなく
ラリーなどの活動などは依然として旧来の枠組み=群馬主導で進められていました。
その創設当初のSTIの業務は次の3つほどしかありませんでした。

①レガシィ10万km速度記録挑戦へのエンジンセッティング
②量産リンクエンジン部門とFJ1600ベースエンジンの管理
③モトーリモデルニのエンジン開発資金援助とF3用エンジン検討

①のレガシィ10万km速度記録挑戦とは、
翌1989年初頭発売のスバル・レガシィの話題喚起および耐久信頼性実証のために
アメリカ・アリゾナ州で10万kmを走る平均速度で世界記録に挑戦しようという企画です。
その車両そのものは富士重工の技術部中心で進められていったのですが
そのエンジンの点火時期や燃料噴射量などECUの定数設定だけは
STIに委ねられていたのです。

エンジンやミッションのハードウェア部分は富士重工の技術部でやってますし
肝心のベンチ耐久試験などもすべて富士重工の技術部でやっているので
ECUの定数設定だけSTIでやる必要もないのすが、
いちおうSTIがなんらかの形で関与したという事実が必要だったらしいです。

というののも、STI創設の記念イベントとして速度記録挑戦を位置づけされていた
というのは表向きの理由であって
実は挑戦に失敗した時はSTIが独自に勝手にやったことなので
富士重工は知りません(スバルそのものは壊れませんよ)との
スケープゴードに用意されていたんですね。

それに、レオーネのラリー車のエンジンとかも
富士重工の三鷹の実験部でセッティングされていて
それをやっていた実験部の2人もそのままSTIに出向してきていましたし、
事務所も三鷹の実験部の一角をパーテーションで仕切っただけでしたから
彼らからすれば会社名や部署名が変わっただけで
やってることは一緒ということだったと思います。

じゃぁ群馬からSTIに行ったボクはそこで何をしていたかと言えば、
単にエンジンのセッティングの手伝いをしていました。
手伝いというより見習いで小間使いみたいなことしかしてませんでしたね。

そして、10万km速度記録挑戦ではボクは唯一のSTIのドライバーとして
ハンドル握ることになりましたが、
おそらくこれとてSTIの誰かが出場していたということが形式的に必要だったのでしょう。

けれども成功して速度記録を樹立しちゃったものですから
STIは表に出ることなく富士重工・スバルが記録達成したこととなりましたね。
なお、10万km速度記録挑戦の件については何かの機会に記事にしたいと思います。

 

②のリンクエンジンとは故障して載せ替えられたエンジンなどを引き取ってきて
オーバーホールしてきちんと動くようにしておいて、
別のクルマで故障したエンジンに載せ替えられるられるようにしておくことです。
これは普通にやられていることで、生産部門の中にもともとある部署でした。
それをSTIに委託して実施することにしただけのことです。
ですからもともと富士重工でリンクエンジンをやっていた部署ごと
まるまる作業場所もそのままでSTIに名前だけ変わっただけのことです。

一方のFJ1600用ベースエンジンですが、
FJ1600とは当時の国内レースの入門カテゴリーであって
いつのまにやらスバルのEA71型(1600ccOHV)エンジンの
ワンメイク状態になってしまっていました。
でも、当時のスバルの量産車には後継のEA82型(18000ccSOHC)を
搭載するようになってましたからEA71型は細々と生産していました。
つまり、FJ1600に提供するためだけにリンクエンジンのオーバーホール同様に
細々と手組みで作られいたわけです。

誤解しないで欲しいのはFJ1600のレース用エンジンを
組み立ててチューニングしていたわけじゃないですよ。
あくまでもベースとなるエンジンを試作品レベルで手組みしていただけです。

ですから、リンクエンジンと同じ人たちがそのままSTIに移ってきただけなんです。

 

③のモトーリモデルニのエンジン開発については
プラモデルのジオットキャスピタの記事で少し書きましたね。
F1エンジンにもジオットキャスピタにもSTIの技術部も富士重工の技術部も
基本的には何も関与していませんが、
当時STIにいた高岡祥朗さん以下数名のスタッフは関係していました。
おそらくお金関係の調整とかなんとかでしょう。

なんとなくSTIも高岡さんもこれまた巻き込まれた感があるんですよねぇ。
前年に例の親分と言う人が、今度F1やるんだよと言いだしてましたが
いかにも「俺はそんなのに関わらない(関わりたくない)」って言い方してました。
おそらく能天気にやりたいと言う人がいないか探りを入れていたんでしょう(苦笑)

もうひとつのF3エンジン検討とは2000cc量産4気筒エンジンをベースにする
F3規定に合わせてレガシィ用EJエンジンが使えないかを検討していたんですね。
といっても、無限から転職してきて人がたった一人で設計検討してました。

その後、F3にEJエンジンが搭載されたということは聞かなかったので
検討だけで終わってしまったんでしょうね。
もっともF3マシンのシャシーを作っているのは限られてますから
変わった水平対向エンジン用のシャシーを作ってくれるところもなかったでしょうが。

 

そんなわけで(って、どんなわけか分かりませんが)
STI創設当初のSTIでは結局はほとんどレガシィ10万km速度記録挑戦の
エンジンセッティングしかしてませんでした、という話でした。

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コメント

毎度です。
公式サイトに当時のえがありますね~
https://www.youtube.com/watch?v=WTUkM7WSaEI

名前は、見当たらないけど
きっと映っているよね(笑)

投稿: nasa | 2018-04-03 19:45

>nasaさん

たぶん映ってないし喩え映っていてもヘルメット被っていて分からないでしょうね。

そもそも、極力映らないように冷やかにしてましたしね(笑)

投稿: JET | 2018-04-03 20:04

あら残念
それと気になったのが、
オーバルコースですよね?
時計回りに周回してるのですか?

この手のコースって
反時計回りって感じがするので…

と思ったら
ルマン24時間なんかも時計回りでしたね!!
どっちに回るのが正解なのかな

投稿: nasa | 2018-04-03 20:32

>nasaさん

アリゾナ・テスト・センター(ATC)は当時カルソニック所有だったかな、
で実施しました。まだ富士重工は日産系列でしたからね。

で、何故だか理由は忘れましたがあそこだけは時計回りでした。
いや、本来は反時計回りだったけど何らかの理由で時計回りにしたのかな。
レギュレーションの関係か左右重配の関係かも、、、忘れました。

大抵、オーバルのテストコースは反時計回りで、
いわゆるサーキット・レース場はほとんどが時計回りですね。

投稿: JET | 2018-04-03 21:05

”ECUの定数設定”ってECUのマップとか設定が出来るのでしょうか?
ちょっとECUのマップで困ってます。。。

投稿: misao | 2018-04-06 06:25

>nisaoさん

えーと、設定出来るかどうかって、ボク自身が出来る能力があるかどうかってこと?

基本となる考え方は理解できてますが、個々のクルマを弄ることとは出来ません。
そもそもツールも持ってないしエンジンベンチなど設備もないですし。
かといって、その辺のチューニングショップが適当に弄るのとは根本的に違いますしねぇ。

投稿: JET | 2018-04-06 06:31

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