変わるか? 変われるか?
ボクの勤めている会社では本日をもって希望退職される多くの方々がいて,
職場でも挨拶がありました.
希望退職と言っても,「スリム化」の一環,要するにリストラ策のひとつであり,
退職割り増し金が支給されるのでこれ幸いと喜んで退職されていく方もいるけど,
上司にネチネチと詰め寄られて泣く泣く退職されていく方も多くいるようです.
つい先日は筆頭株主の会社に出向されていく方の紹介・挨拶もありました.
次は関連下請け会社に出向している人の転籍だそうです.
転籍と言えば聞こえは当たり障りないけど,要はこれもリストラであり,首切りです.
そして,その次は我が身か?
それでも,この会社,赤字にはなっていない.株主配当もしている.
従業員だけでなく職制や役員もそれなりのボーナスもらっている.
社長は辞めない.不思議である.
とは言え,社内からでもどん底に落ちていることは分かる.
どん底ならこれから這い上がれそうなので,どん詰まりと言った方が適切か?
会社の大小に限らず,また会社に限らず,
人が集まって幾つかの組織を形成すれば組織間の確執が生まれるのは当然のことだろう.
楽園のようなところなら大した確執は起きないが,
環境が厳しくなるほど問題となってくる.
ましてや,能力主義と称して有意差をつけようとすればするほど
その確執は大きくなっていく.そうやって組織は腐っていくのだ.
するとそこにカルトが生まれる.
ボクがこの会社に入社して最初に配属された部署にはその教祖がいた.
入社前から名前は知っていて,それだけ外部メディアに対しては
そこそこ有名な人であったわけだ.
だが,その人はまさに教祖と呼ぶにふさわしい人だった.
日本中を騒がせたあの麻○とイメージも行動パターンも似ている教祖だった.
この人のために自殺に追いやられた人,全財産を失った人,会社を辞めた人…
噂は尽きない.
いや,もう本人も麻○と同じくまともな意識も無い人間になってしまっているので
いまさらとやかく言う気はないが,当然ボクは嫌われてましたよ.
でも,そういう教祖は居なくなってもまた別の教祖がそのうち出現するのだ.
案の定,今いるのだ.
そりゃぁ,時代も社会状況も変わったので前の教祖ほど大物ではない.
それでも,やっていることは同じだしその魂胆は一緒である.
自分より上に人間には媚を売って貸しを作ってネゴって,
時には手のひらを返して対応する.
が,自分と同レベル以下の人間には先ずは徹底的にけなし,ダメの烙印を押し,
その後にその人がコツコツとやってきたことをさも自分の手柄のようにして
大声でほら吹く.スイカ泥棒とも言う.
信者の前ではエエ顔をし,時には虚勢を張って神がかり的な作り話をして崇拝させる.
まだそれだけなら会社全体に及ぼす影響は少ないが,
自分の得意な分野に周りを引き込み,
と言うか低次元なところに全体を引きずり下ろしそこで小山の大将を気取る.
前の教祖も今の教祖も,運転が上手い(とされている)点では共通で,
会社の製品をその方向に捻じ曲げてしまうのだ.
それがサファリであるか,ニュルブルクリンクであるかの違いでしかない.
こうして「走りだ,走りだ」と小山の大将=新教祖がお経を唱え,
会社を混乱させ,資金・人を浪費し,環境にも社会にも人にも劣悪な製品を生み出し,
お客にはそっぽを向かれ,
挙句の果てにリストラされる多くの被害者を出すにまで至ってしまったのだ.
こういう教祖を何度も輩出してしまうのは,
それ相応の負の文化がこの会社にはあるのだろう.
とすると,今の教祖が居なくなってもまた次が現われる.
それは教祖になる人間だけの問題ではないのだ.
教祖を生んでしまう組織や信者となる人の側にも問題があるのだから,
文化を変えるしか手はないのだ.
リストラという文化はこの会社には今まで存在しなかったが,それが今やって来た.
大きな痛みと悲しみを伴う大きな変革である.
果たして,前述の負の文化も変えることができるのだろうか?
なーんてことを思ってみても,
ボクは明日から別の職場・別の仕事(会社は同じだけど)なのだし,
社内カルトや社内教祖の負の文化なんてかまってらんないのだ.
それより,明日から,ささやかでも正の文化を作ることに努めようと思うのである.
最後に今日をもって退職される方々へ,本当に長い間お疲れ様でした.
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