スバル

スバル車関係のネタ.たまに○秘ネタもあるとかないとか.

自分が欲しい ではなく友人に薦めたいクルマ

スバル(富士重工)に勤めていたときに社内でよく聞いたセリフに
「自分が欲しくない車を作っていては売れるわけがない」
というのがありました。
逆にいえば「自分が欲しい車を作ろう」ということでしょう。

これは買うお客さんの立場になって欲しいと思う車を作ろう!
というごもっともな意味にもなりますが、
自社の車が面白くないと思っている人が
愚痴るのに使われるセリフでもありました。

あるいは、
「自社製品を買って使ってみなければお客さんの気持ちは分からない」
というセリフも耳にしました。
これは、自社の新車をほとんど買わなかったボクに対して
当てつけに言われた言葉ではなく
あくまで一般論的な話として耳にしたセリフです。

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自爆営業ギリギリの紹介販売ノルマ

30年以上勤めていた会社には紹介販売制度というものがありました。
自社製品(スバル車)を買いそうな人の情報を販売ディーラーに連絡して
その紹介した人が成約してくれた場合には、
そのお客さんにはオプション部品購入や整備代金に使える商品券が贈られ
紹介した従業員にも僅かながらお金が支払われます。

もっとも数百万円もするようなクルマを購入しても
商品券は1万円分前後しか貰えませんし
紹介した従業員にも数千円しか貰えませんが。。。

それよりもその紹介販売をせよと半ばノルマのように迫られてました。
組合員(労働組合加入の一般従業員)なら最低1台/年の紹介・成約を
そして職制(課長クラス以上)なら最低2台/年の紹介・成約をという具合です。

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スバルでパワハラ・自殺などまさにブラック職場

パワーステアリング部品の品質問題で操業停止が続いているスバル、
それについても具体的に何が起きているのか
もう退職したボクにはまったく分かりませんが、
まぁありがちなのは部品メーカーもしくはその調達先などが
仕様変更したりして不具合を出したということなのかな思いますが……

その操業停止よりも目に止まったのはこんなニュースでした。(以下引用)

 SUBARU(スバル)群馬製作所(太田市)の46歳の男性社員=埼玉県=が2016年12月に自殺し、太田労働基準監督署が労災と認定していたことが24日、分かった。上司からの叱責や月の残業が100時間を超える長時間労働でうつ病を発症したのが原因としている。遺族の弁護士が同日、東京都内で記者会見して明らかにした。認定は昨年8月。

 上毛新聞の取材に対し、同社は「故人に深く哀悼の意を表すると共に、ご遺族の皆さまに心よりお悔やみを申し上げます。労災認定されるような事態を防げなかったことに対しては大変遺憾に思っている」とコメントした。
                                       (引用終わり)

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69D開発と併行していろいろ兼務してた 後編

前回の記事で25年ほど昔の69Dスバル・ドミンゴ(2代目)の操安乗り心地開発当時は
それと併行して以下のようないろいろな業務をしていたことを書きました。

1,台湾トラックの開発支援
2.サンバーのVA(コストダウン)と市場不具合対応
3.ステアリングホイールの慣性モーメント計測

4.横風安定性のシミュレーションプログラム制作
5.横滑り角算出プログラム制作
6.周波数応答試験結果からタイヤのコーナリングパワーを推定するプログラム

このうち、1~3まではその前回の記事の中で説明しましたので
今回は4~6についてちょっと説明していきたいと思います。
ただちょっと専門的な話にもなりますのでなるべく分かりやすく書きたいですが
小難しいと思われたならご勘弁です。

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ドミンゴ操安乗開発と兼務して色々やってた

前回、この記事で2代目スバル・ドミンゴ(開発コード:69D)の
操安乗り心地開発に携わっていたことを書きました。
1992年から1994年くらいまでのことなので
もうかれこれ25年ほど昔の話ですね。

その頃は69Dだけでなく他にもいろいろなことをやっていました。
69Dはいちおうフルモデルチェンジではありますが
5代目サンバー・ディアスをベースにしているので
それほどの仕事量があるわけではないこともあり
他のことも兼務していたりしました。

このころのスバル(富士重工)ではやはりレガシィやアルシオーネだけが
いわゆる花形車種みたいに扱われていたような雰囲気があって、
それらの車種開発には予算(開発費)も工数(開発人員)も多く
反対にそれ以外の車種はかなりぞんざいに扱われる風潮がありました。

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2代目ドミンゴの操安乗開発に携わった

前回の記事で、スバルの操安乗り心地を開発・実験する部署に異動しても
コロコロと担当車種が変わったり途中でプロジェクトが中止になったりして
腰を落ち着けて仕事をしている気持ちを持てずに
フラフラしていたことを書きました。

今回はその後の昔話をしてみたいと思います。

幻の2代目ジャスティ(77S)の操安乗開発に携わっている時も
いちおうサンバー&ドミンゴの操安乗開発も兼任するという形でした。
ただし、その頃はサンバーは5代目が発売された後なので
フルモデルチェンジなどの企画もまったくない状況だったので
VAと市場不具合対応がメインの業務でした。
また、(2代目)ドミンゴの開発もまだ本格化していなかったので
ひとりで兼任という形でもそれほど大変だったわけではありませんでした。

ところが77S開発は1年ほどで中止となり
替わりに2代目ドミンゴの開発が本格化することになります。

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操安乗業務に異動後もフラフラしていました

以前の記事で操安乗業務へ突如異動した理由をボクなりに考えてみたのですが、
今日はその後の昔話をしてみようと思います。

フラフラしていたといっても何も仕事をさぼって
フラフラと遊びほうけていたということではないんですが、
ひとつの車種やプロジェクトを中心に腰を落ち着けて取り組むという
そういう状態にはなかなかならず、
「ボクの仕事はコレコレです」とか「コレをやりました」と
はっきり言えるものはほとんどなかったのです。

まぁ、ある意味丁稚奉公(でっちぼうこう)みたいなもので
何でもお手伝いさせられていた、ということですかね。
ただやっぱり達成感とかそういうものは得られなかったのは確かです。
まぁ仕事に達成感を求めると不幸になると当時から考えていたので
それほど嫌とは思っていませんでしたけど。

今日の記事ではそんな昔のフラフラしていた時代を振り返ってみたいと思います。

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スバル伊勢崎製作所のバスが消えてた!

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散歩で久しぶりに富士重工(スバル)の(旧)伊勢崎製作所の前を通りました。
今は桐生工業の伊勢崎製作所なんですけどね。

そしたら、なんと! 正門脇に展示してあったはずの
日本初のモノコック&RRバス(フレームレスリアーエンジンバス)
「ふじ号」が消えちゃってるじゃないですか!
ここにはこの時のようにバスが有ったはずなんですが。

もうここ伊勢崎製作所のバス事業部が事業撤退してから
ずいぶんと経っていますから
いつまでも昔のバスを展示していても意味がないということでしょうか。
それとも老朽化のために崩壊が酷くて
とうとう廃棄処分になってしまったのですしょうか。

いずれにしてもそれだと残念なことですよね。

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テストドライバーという言葉への違和感

サラリーマン時代、仕事関係以外の人に
「スバルの実験部門で働いています」というと、よく
「テストドライバーですか?」と訊かれました。さらに、
「すごいですね、私もやってみたかったんですよ」なんていう人もいます。

まぁ社交辞令的に喋っているとこもたぶんにあるのでしょうけど
どうもその“テストドライバー”ってな言葉と
“憧れ”みたいな言い回しに違和感といいますか
何か誤解してるんじゃないかなという思いを毎回感じたものでした。

ちょっと前に、スバルの実験部門のドライバースキル向上の取材などが
メディアで取り上げられたりしたので知っている人もいるかもしれませんが、
スバルには“テストドライバー”という肩書の職種の人はいません。
そして、テストコースを走ってばかりいることを仕事としている人もいません。
他の自動車メーカーにはいるのかもしれませんが……

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自動車の開発はちょっと変だと思った

工業製品の開発というのは、一般的には
企画(または営業)→設計→試作→試験
という流れで進み試験結果が×ならそれが設計にフィードバックされて
設計変更→試作→試験を何回か繰り返して全ての試験結果が○になれば
製造工程へ移行していくというものでしょう。

ボクは大学で機械工学科だったので学生時代にもそう教えられてましたし、
学生時代に鉄工所でアルバイトしていた時にも
経験的にそのように理解していました。

でも、自動車メーカーのスバル(富士重工)に入社したら
どうもそれとは違っていてなんか変だなと感じました。
今日はそんなことを記事にしたいと思います。
ただし、いわゆる暴露ネタではありませんのであしからずご了承を。

もっともボクはスバルしか勤めていませんし、
自動車以外の業種も詳しく知りませんから
あくまでもスバルの場合ということしか言えません。
でも、他社との共同プロジェクトや技術交流、
あるいは部品メーカーや技術コンサルティング会社とのやりとりを通じて
他のメーカーでもそれぞれ違いはあるものの
大きな括りでみると似たようなところが多いのではないかと思っています。

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