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「国体論 菊と星条旗」白井聡著を読了

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集英社新書の「国体論 菊と星条旗」白井聡著を読み終えました。

扱っている内容もちょっと重くて難しいものなんですが
ボクの知らない古今東西の著名人の引用が多用されていて
それらの文章もとても難しく感じるものが多くて
それを著者も「異様なまでに晦渋(かいじゅう)な用語」と表現してますが
その著者自身の文章も十分に難しい単語や比喩が多くて、しかも長くて、
さらにこの本自体が全350ページほどにもおよぶものでしたので、
読むのにはかなり骨折りました。
というかよく理解できなかった部分もたぶんにありました。

国体というと先ずはスポーツの祭典である国民体育大会かと思ってしまいますが、
もちろんここでいう国体はそれではなく国の体制みたいな意味かなというか
一般的な解釈では戦前の天皇を中心とした秩序(政体)のことを指すようです。

ですが、この本においては戦後の日本の秩序(政体)がどうなっているかについて
それをも国体として戦前の国体と比較して論じていくスタイルの内容です。
「菊と星条旗」というのは、戦前の国体が天皇=菊を中心とした秩序であるのに対し
戦後の国体はアメリカ=星条旗に従属した秩序であるということです。

戦前の国体については直前にこの本を読んでいたおかげで随分助かりました。
そして戦後の国体である対米従属については、
単純にアメリカが日本を属国化しているとかアメリカ陰謀論とかの話ではなく
日本の政治家・官僚・国民がなぜ対米従属体制を良しとして強化しているのかについて
考察論証されています。例えば、(以下引用) 

 かくして、安倍政権の「戦後レジームからの脱却」というスローガンとは裏腹に、自民
党政権がやっていることは、東西冷戦という基礎を失って宙に浮いてしまったレジームを
死に物狂いで維持することである。安倍晋三の自称する「保守主義」とは、この暗愚なる
者を二度までも宰相の地位に押し上げた権力の構造を、手段を選ばずに「保守する」とい
う指針に他ならなかった。     (中略)

 しかし、結局のところ、政治の次元で「戦争を終わらせる」試みのすべてが対米従属体
制の強化と帰結したことは、平成時代の政治の極度の不毛性を表している。
                              (引用終わり)

などと書かれています。あるいは、(以下引用)

 「戦後」が何であるのかわかってないのに、そこから「脱却」して、一体どこへ行こう
というのだろうか。「戦後」は終わっているはずなのに終わらない、終わっていないはず
なのに終わっている。という奇妙な時間感覚のなかをわれわれは生きており、それによる
平衡感覚の喪失は、右に述べたような空虚で禍々しい政治スローガンが可能となる基盤と
なっている。
 平成と「戦後」というふたつの終焉、そして「戦前」まで含めた日本近代史のひとつの
節目に直面するかたちで、「お言葉」は発せられた。そのことの意味は考え抜かれるに値
する。                            (引用終わり)

とも書かれています。なお、ここでいう「お言葉」とは上皇のお言葉をさしています。
つまり、象徴天皇と安倍政権(対米従属強化)の対立構図を明らかにしています。

 

そして、さらに、戦前→戦後で菊→星条旗へと中心は移ったものの
その構造は何も変わらず同じ変遷で繰り返されていると指摘しています。
どういうことかというと、(以下引用)

 われわれはここに、「国体の弁証法」を見ることができるだろう。
「戦前の国体」は、「天皇の国民」から「天皇なき国民」を経て「国民の天皇」という観
念に至ったが、同様に、「戦後の国体」は、「アメリカの日本」から「アメリカなき日本」
を経て「日本のアメリカ」へと至った。すなわち、「日本の助けによって偉大であり続け
るアメリカ」を生み出した。
 そして、「戦前の国体」が「国民の天皇」という観念によって支えられたことによって
自己矛盾に陥り、崩壊したのと同じように、「日本のアメリカ」もまた自己矛盾を深めて
きたのである。     (引用終わり)

ここでの「天皇の国民」は維新後の明治時代
「天皇なき国民」は大正デモクラシーの時代
「国民の天皇」とは軍国主義が蔓延った戦前昭和時代であり、
「アメリカの日本」とは戦後のGHQ統治時代
「アメリカなき日本」とは冷戦時代における高度経済成長
そして「日本のアメリカ」は冷戦後の現在の意味です。

なるほど、と思うところです。
このあとさらに、どうして自己矛盾を深めてしまうのかについても
奴隷の心理などを持ち出して論じられていますが
そこまで書くとネタバレ過ぎてしまいますし引用過多にもなってしまいますから
ここまでで興味を持った人はぜひこの本を読んで欲しいと思います。
少し難しい本ですが得る物も多いような気がしてます。

 

最後に、憲法改正論議について筆者の意見が書かれてます。(以下引用)

 しかし、本書の議論からすれば、「改憲か護憲か」という問題設定は、疑似問題にすぎ
ない。第五章で論じたように、最高法規であるはずの日本国憲法の上位に、日米安保条約
とそれに付随する日米地位協定および関係する種々の密約がある。そのような構造を放置
したまま、憲法を変えようが護ろうが、本質的な違いはない。
 とはいえ、憲法九条の存在のために、日本はベトナム戦争のごとき不義の戦いに参戦せ
ずに済み、イラク戦争においても部隊こそ派遣したがいわゆる戦闘行為には参加しなかっ
たことを、筆者は心底幸いであったと考える。また、日本会議のごとき愚劣きわまる右翼
勢力に主導された改憲という事態は、悪夢そのものであると確信する。
 しかし他方で、護憲派の「九条を守れ」という主張に、単純に声を合わせることもでき
ないと感じざるを得ない。            (引用終わり)

ボクなんかがこんなこというのはおこがましいところですけど
ボクのスタンスとまったく同じです。特に日本会議に関しては正に同じ心情です。

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