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「核DNA解析でたどる 日本人の源流」を読了

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河出書房新社の「核DNA解析でたどる 日本人の源流」斎藤 成也 著を読みました。

前回紹介の「人類進化の秘密がわかる本」の中でも少し触れられていたのですが
日本人はどこからどのような経路で日本に来て
様々な混血などを経て今に至っているのかということを
DNA解析を主として解明しようという内容になっています。

まぁボクも日本人ですから自分のルーツがどこにあるかということは
どうしても特別な興味を持っていますからね。

著者の斎藤氏は国立遺伝学研究所教授をはじめ幾つかの肩書を持ち、
人間だけでなく様々な生物のDNA解析をしている人です。
しかも、ミトコンドリアDNAやY染色体DNAだけでなくヒトの全DNA解析をしていて
それらの知見などから最新の情報からこの本を書いています。
ちなみに、この本の初版は2017年11月ですから
1年以上経ったますけど、まぁ最新と言っていいかな。

著者みずからの研究テーマを取り扱っているのでそれなりに専門的な内容ですが
定説になっている部分とまだ解明されてない部分と自分の主張を
きちんと整理して述べられているので比較的分かりやすく読みやすかったです。

 

著者の主張では、ヤポネシア人(日本列島人)は基本的には、
DNA解析される以前から定説とされてきた「二重構造モデル」に基づいています。
二重構造モデルとは、簡単に言うと、旧石器時代からの流れを汲む「土着縄文系」と
弥生時代以降の移住民との混血である「渡来弥生人系」の
ふたつがあるという考え方です。
土着縄文系が強いのがアイヌ人やオキナワ人であり
渡来弥生人系が強いのが九州・本州などというものですね。

この二重構造モデルは言葉はともかく概念だけはボクも知っていましたが
DNA解析の結果でもこれを裏付けるような結果が得られているとのことです。
ただ、現代のヤマト人(本州などの日本人)では縄文人のゲノムは14~20%で
残りは渡来弥生人系のゲノムという割合であるそうです。

個人的にはそれはちょっと想像できないのですけどね。
そんなに日本に大挙して渡来人が押し寄せてきたとは考えにくいです。
そんなに日本に大挙して渡来人が来たにもかかわらず
日本語が残ったというのも何か妙に考えられますしねぇ。
また、渡来系の遺伝子が強くて自然淘汰で多く生き残ったとも考えにくいです。
むしろ、定説では縄文系の遺伝子の方が免疫力が強いなんてことも聞きますからね。

 

ただし、この本ではその二重構造モデルから一歩踏み出していて、
チャイナ、韓国、タイ、マレーシアなどなどの東アジア各地域の人と
日本人のDNAを比べると、日本人のそれはかなり特異な特徴があるそうです。
また、特に出雲ヤマト人(山陰地方に住んでいる日本人)のDNAにも
かなり変わった特徴を有しているそうです。

それらについてはまだ研究途中でありどうしてそうなっているのかは
この本の中には答えは書いてありません。
けど、なかなか興味が湧いてくる話ですよね。

今後、できればボクが生きている間にこれらが解明されると嬉しいかなと思い
楽しみにしてようかなと思いました(笑)

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コメント

ちょうど半々くらいだと言われてたのが、最新では渡来系がそんなに優勢になっているのか?
結構やっぱり渡来系が強いのかもしれんなあ

投稿: deefe | 2018-12-03 19:54

>deefeさん

ボクも渡来系がそんなに強いというのはにわかには信じられないです。
どのくらいの期間に渡ってどのくらいの渡来人が来たのか、
縄文人との混血がどのように進んでいったのかなど
DNA解析だけでなくより多角的な検証が必要なのかなと思いますね。
 
ただ、渡来系が単に性欲というか子孫を増やす意欲が高かっただけかもしれませんが(汗)
でも、だとすると昨今の極端な少子化は説明つきませんが……

投稿: JET | 2018-12-03 20:10

戦争に強かったんじゃないですか?
人数を動員するのは弥生の方が得意なのかも

投稿: deefe | 2018-12-04 09:09

>deefeさん

日本列島ではさほど大規模な戦争や迫害があったという痕跡は残ってない
なんて云われてますし、実際に戦争という形で勝ち組が生き残ったのなら
もっと言語や風習が渡来系に置き換わっていてもいいのかなと感じてます。
どうなんでしょうかね。

投稿: JET | 2018-12-04 09:24

>そんなに日本に大挙して渡来人が押し寄せてきたとは考えにくいです。

誤解されてます。一般に考古学上の弥生時代の到来から終焉まで(BC10世紀~AD3世紀)1300年ほどの時間経過があり、その間徐々に渡来人が大陸から稲作を持ち込んで来たわけです。
大挙して押し寄せた…って、タンカーみたいな大型船舶もなかった時代ですから無茶な発想です。

そうやって千年以上の時間をかけて、数十人、数百人規模で増えっていって、縄文人を同化していったという見方が正しいのではないでしょうか?

投稿: | 2018-12-04 13:44

>名無しさん

コメントありがとうございます。

ただ、うーん、誤解してませんけど。。。
大型船舶もない時代だからそんなに大人数が渡来するのは難しいのでは
と思っているということです。
縄文人のゲノムが14~20%しか残ってないのだとすると
縄文最終期の人口が10万人弱だとしても単純な発想ではその5~7倍の
渡来人が来たのか?ということになるの1000年単位でも考えにくいです。

だから渡来人系のゲノムの多く残るような淘汰・選択が働いたのではということを考えたいと書いています。

投稿: JET | 2018-12-04 15:07

>縄文最終期の人口が10万人弱だとしても単純な発想ではその5~7倍の
>渡来人が来たのか?ということになるの1000年単位でも考えにくいです。

そこは考古学上答えが出ていますよね?
縄文人が伝統的に狩猟民族として『農業を受け入れなかった』とすれば、当然食糧生産性の勝る方(弥生人)が生存性が高いということです。

一気に弥生初期に仰せの数の何十万人もの渡来人が日本列島に来る必要はありませんよね?
食糧生産性の高い稲作を広め、定住化が進むことで、同化が進めばいいのですから。
1300年もあれば、どんどん混血は進んでいきますよ?

投稿: 連投すみません | 2018-12-04 17:20

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