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入社後のヘンテコ部署の件 その3

前回のこの記事で、30数年前に入社後に配属された
ヘンテコ部署でのトンデモなことの一部を紹介しましたが、
今回はその続きのことを書きたいと思います。

その部署では「モータースポーツ」「シビア」「高速開発」の3つのグループがあり、
ボクはいちおう「高速開発」のグループだったのですが
その他のグループの仕事もかなり手伝わされたことは以前に書きました。
今回はその「高速開発」グループの仕事について書いていきます。

「高速開発」って要は高速で走る車を開発しましょうということですが
競技車両に通じるような技術を先行開発するという意味合いになります。
ただ、「モータースポーツ」「シビア」グループが実践重視というか
「とりあえずやってみる、走ってみる」という側面が強かったのに対して、
もう少し技術者らしく理論的に数値的に捉えようという役割を担わされていましたので、
例えば全日本ラリー優勝車の運動性能計測とかサファリラリー車の冷却性能計測とか
いろいろ雑多なこともたくさんやってました。

それでも、主に次の2つの先行開発テーマを持っていました。

 ①高横G(1.0G)挑戦
 ②Vmax250km/h挑戦

①の横Gとは旋回時にかかる限界横Gのことで要はカーブを速く曲がれる車ってことです。
普通の乗用車では0.8G(7.8m/s^2)ほどですしそれで十分なんですが
スポーツカー(スーパーカー)では1.0G(9.8m/s^2)に達する車もありますし
サーキットレースではラップタイムに直結する性能ですから重要になります。

当時のスバルはサファリラリーなど泥系の耐久性が求められるラリー以外の
モータースポーツはほとんど縁がなくて、
サーキットレースとかラリーでもヨーロッパのターマックラリーなどは
まったくといっていいほど参戦してませんでしたが、
チームリーダーも含めてそれじゃスバルのイメージアップには繋がらないから
ターマックラリーやサーキットレースでの速さの研究をしておかないといけないよね、
という意識を持っていてこのような先行開発に取り組んでいたのです。

ボクとしては具体的なレース参戦とかではないので
単にあれこれ改造して1.0G出すこと自体に意味はなく
基礎研究として技術的に理論的に研究したいと思ってましたから、
操縦安定性の実験部署の人にあれこれ聞いて
サスペンションのジオメトリーや剛性と運動性能の関係など
基礎から教えてもらって各種の計測などもやってみたりしてました。

そして、最期にはボディ剛性にも目をつけて
走行中のボディ変形を実測するなんてこともやってました。

ただ、例によってサファリラリーのように美味しい裏商売ができるわけでもないので
担当(親分)からはかなり冷めた目で見られてましたね(笑)

 

②のVmaxは最高速度という意味です。
当時のスバル量産車ではアルシオーネで
200km/hくらい出すのがやっとでしたが
250km/h出せる車を作ってみようという
ある意味では雑誌OPTIONのチューニングカー最高速バトルみたいなものですね(笑)

もちろん、これも250km/hを単に出せたらそれで終わりというものではなく
これまた基礎研究として技術的に理論的に研究したいと思ってやってました。
ですから、アルミ板によるフラット・ボトム車を自作して
空力の実験部署にお願いしてJARI風洞で空力特性計測したり
熱線風速計でボディ上面/下面の風速差を計測したりとか
やりたい放題やってましたね。

そしたら、ある日、担当が言うんですよね。
「最高速のためには軽量化しないとダメだ」と。
ボクがいくら走行抵抗式を持ち出して軽量化はほとんど効果なく
最高速には空力とエンジンパワーだと説明しても聞く耳持たずで、
「K,I.Tでカーボン製軽量化パーツを作らせたからそれらを装着しろ。
装着もK.I.Tに任せれば良いから試験車だけ運んどけ。
工事指令書は○○さんが書いてくれるから任せとけ。」とね。

アルシオーネのボンネット、左右フェンダー、トランクをカーボンで作ったものが
各々3セットづつ発注されてましたね、しかもかなり法外な価格だったような。
むろん、試験車に装着されてきたのは1セット分だけでした。
残りはどこにいってしまったんでしょうかねぇ。

そういえば、当時は上州オートクラブの千明選手が
アルシオーネでダートトライアルに参戦してましたが(汗)

 

さらに、そろそろ250km/h出そうだなとなってきたところで
滅多に自らハンドル握って運転することのない担当が
「ここはオレに走らせろ」と言いだして、走り始めました。
むろん当時はSKCもないので旧JARI(日本自動車研究所)の
高速周回路を貸し切っての走行だったんですが……

見事にエンジンブローさせて帰ってきました(呆)
いくらブーストアップしているチューニングエンジンとはいえ
ブロックから足(コンロッド)を出すような壊れ方はあまりに不自然なんですけど。

ボク的にはもう250km/h出たも同然のレベルだったので
これはこれで終了でいいかなとも思っていたのですが、
担当はエンジン部門に対して同様の新品のチューニングエンジンを作らせて
それをまたK.I.Tにて載せ替えして復活させてくれました。

復活したのはありがたいことですが
その次のJARI走行であっさりと250km/hは出てしまい、
このVmax250km/h挑戦の先行開発は終了となり、
さらにボクはSTI へ作業応援という形で異動となり、
この試験車も新品同様のチューニングエンジンもろとも
どこかに消えてしまいました(呆)
まっ、そういうことですね。

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コメント

AX7アルシオーネで250km/h出したんですね。すごいな、でも怖そう。

投稿: よっさん | 2018-05-20 23:23

>よっさん

オーバルのテストコースで走っている分にはあまり怖さは感じないですね。
というか、慣れるというかスピード感覚は麻痺してくるのでね(笑)

投稿: JET | 2018-05-21 05:24

なんとまぁ
今でしたら問題になるのでしょうけど…

中川郡の山の中には、
流石に残骸転がって無いですよね~

投稿: nasa | 2018-05-21 19:50

>nasaさん

まぁ当時でも表沙汰になれば大問題でしょうけどね。

中川郡はまだ使ってない頃ですから残骸はないです、
というかそういう残骸捨てるくらいなら売り払って金にしてるでしょうし(笑)

投稿: JET | 2018-05-21 23:48

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