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プラモ製作(63)スバル 55N 試験車

B180411_1
前作に続いてまたハセガワの1/24スケールの
スバル・インプレッサWRXを作りました。

前作のキットは1994年6月製造のものでしたが
今回のは再販された2018年3月製造の新しいものです。
箱絵の右上に LIMITED EDITION の文字が追記されてますが
中身は基本的に昔のものと変わらないようです。

ただ、面白いのは箱の側面の実車画像や組立説明書の実車画像には
右下に小さくPHOTO:FUJI HEAVY INDUSTRIES LTD.と記載されていたのが
新しいのはPHOTO:SUBARU CORPORATION へとしっかりと変更されてることです。
知的財産権などの問題がからみますからちゃんとしてないといけないんでしょうね。

キットの中身をよーく見比べると基本的には昔のと同じなのですが
ボンネット上面の熱気抜きアウトレットの裏面が塞がれていたりと
少し変更になっているようでした。

それでも昔の金型をそのまま使っているからかバリやヒケは多めでしたが、
一方でデカールは非常に貼りやすかったですね。当たり前ですが。

で、前作の単なるボディ色違いだけでは面白味がないので、、、
こんな感じに作ってみました(笑)

S11_1 S11_2
初代インプレッサの開発にはボクは直接関与してませんでしたと以前に書きましたが、
それでも2回ほど借り出される形でお手伝いをした記憶があります。

当時は操縦安定性・乗り心地の実験をする部署にいたのですが
小型系担当で初代レガシィの年次改良車やSVXの4WSの開発に携わった後に
軽系担当に異動して次期ジャスティ(日産マーチ・ベース)の構想・開発をしていました。
前述のようにインプレッサは小型系ではなく中間車種として軽系担当で扱ってました。

それと、この当時、富士重工は大幅赤字の連続で「現場応援」というのが行われてました。
これは開発部門の人も数ヵ月間順番で生産現場のラインで力仕事せよというものです。
ボクも現場応援行きましたが、ボクみたいなペイペイだけでなく
グループリーダークラスや担当(係長相当)クラスの人も対象となっていて、
たまたま初代インプレッサの操縦安定性・乗り心地の実験を任されいた
グループリーダーのTさんもある期間に現場応援に行くことになってしまったんですね。

インプレッサの操縦安定性・乗り心地の実験をしていたのは他には
他部署から異動してきたばかりのNさんひとりだけでしたから
いくら上司にあたる担当さんのGさんが支援するとはいっても
場合によっては手が足らなくなってしまうわけです。

 

そんなわけで、2回ほどお手伝いをすることになったわけです。
1つは轍ワンダリング性能を確認しようということで
当時はテストコース内に轍路もなかったので
東北地方まで轍路面を探しながら彷徨う出張をしてました。

もう1回はエビスサーキットでのタイムアタックでした。
当時は雑誌社主導の筑波サーキット・タイムアタック競争が盛んだったり
ニュルブルクリンク(NBR)タイムアタックが注目を集めていたこともあり
インプレッサWRXも開発中からサーキット走行性を意識してました。

ただ、筑波サーキットは機密保持の点で開発中の試験車を走らせるのは
いろいろと問題があったため、山奥(?)にあって夜間貸切りにできる
エビスサーキット(東コース?)を代わりに使ってました。
エビスに舗装のサーキットが出来て間もないころだったと思います。

そして、試験車は通常はボディ面にスポンジなどを貼り付けて
スタイリングが分からないようにするのですが、
サーキット走行となると支障があるのでこの当時は全面艶消し黒塗装にしていました。
今からシマシマや渦巻きなどのシールを貼るんでしょうけどね。
エンブレムなどは黒のビニールテープを貼って隠すのはどちらも同じです。

 

そこで、今回はこのエビスサーキットでタイムアタックしていた試験車を
当時の儚い記憶を元に後は雰囲気で盛って作ってみたわけです。

確かその時はエビスサーキットを速く走れるよう
ブレーキパッドとタイヤの選択をしようということで、
インプレッサの開発総責任者も立ち会いのもとでタイムアタックしました。
実際はタイムだけでなく官能評価もしながら技術的な分析もしますし
むしろ競争ではないので官能評価で限界を探り当てることで
それがタイムに反映されるということなんですけどね。

前述のGさん、Nさん、そしてボクの順でタイムアタックしていき
そしてこの順でタイムが上がる様相になっていたのですが、
タイヤなんかはタレてくるのでアウトラップ/インラップ含めて3周
つまり失敗の許されない一発勝負でのタイムアタックが続くわけです。

そして、タイヤは全員一致でヨコハマ・アドバン・グローバに決まりました。
やはりグリップ力、限界付近でのコントロール性、耐摩耗性など
ブリヂストンRE71とは雲泥の差がありましたね。

ただ、どういうわけか、その後しばらくして大どんでん返しがありましたが(-_-;)
まぁブリヂストンらしく購買戦略とか政治的なゴタゴタがあったらしいですが
ボクは直接の担当者ではありませんから声を荒げることもしませんでしたけどね。

S11_3
キットに付属していたタイヤはグローバでなくRE71でしたから、
サーキット走行後を模してトレッド面をささくれ立たせてみました(笑)

細かな芸としてホイールに装着位置を示す略号を手書きで入れてます。
FR=フロント・ライト(前右輪)の意味ですね。
それと、見辛いですがコイルスプリングはいかにも試作品らしく
識別ペイントなんかを適当に付けてみました。

あっ、それからブレーキパッドはユーリッド(JURID)が効き、耐フェード性で優れていて
確かその時のはバックプレートの色がデザートイエローだったおぼろげな記憶から
そんな色を模して塗ってみました。キャリバーの形状がどうも実車感ないですが。

そしてユーリッドは赤茶けたダストのイメージもありましたから
それも模してホイールを少し汚してみました。
まぁ、雰囲気だけですね(笑)

 

それから、ライトなどに赤いテープを貼ってあるのは
サーキット走行時には飛散防止をすることが要求されているので
そこを模してみたわけです。
走行会とかでサーキット走るのと同じですよね。

最後にはリアウインドゥに貼ってある稲妻マーク(?)ですが
ちょっとインパクト不足感があったのでノリだけで貼ってみました。
通常テストコース内で走行試験をするときには
走行方法を示す様々な独自のマークがありまして、
操縦安定性の試験のために車線変更やスラロームを連続してする場合には
この形のマークをビニールテープなどで表示するんです。
ですから、稲妻ではなくスラロームを象形化したマークですね。

なのでテストコースだけでサーキットを走る時には貼らないんですが、
まぁサーキットから帰ってきてからテストコース内で事後確認した場面と考えますかね。

 

とまぁかなりマニアックというかほとんど私的なモデルとなってしまいましたが
それ故にひとり悦に入るようなそんな出来に仕上がりました。

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コメント

夜中のエビス.
ローターがオレンジ色に光っていたのが印象的でした.

投稿: shiba | 2018-05-08 17:12

>shibaさん

エビスサーキットはダートコースも含めてあれが最後でした。
レース観戦も含めてあれ以来一度も行ってないのですが
今はどんな様子になっているんでしょうかね。

投稿: JET | 2018-05-08 17:26

私もGC8B48Pに乗っていました。
手放してしまったことを、今になって後悔しています(泣)。

投稿: よっさん | 2018-05-09 01:56

>よっさん

Pですか! ATですよね。
そりゃぁレア車ですね。

投稿: JET | 2018-05-09 04:52

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