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入社後に配属されたヘンテコ部署の件

少し前に書いた「32年前の今日は入社式でした」の記事の中で
最初に配属されたのはヘンテコな部署だったと書きました。
そのヘンテコな部署について少し思い出しながら書いてみたいと思います。

そこの正式な部署名は確か「研究実験第1部 車両実験第5課」でした。
これを略してJ15とか記してましたね。
Jは実験のローマ字・頭文字です(笑)
でも、これだと具体的に何を実験している部署だか分かりませんよね。
機密の意味もあるのか課までは単に番号を振ってあるだけでした。

普通だと“課”の中には幾つかの“係”があって
それぞれに“係長”さんがいるのでしょうが、
富士重工の技術部ではどういう理由か分かりませんが
その“係”に相当する部署単位を“担当”といい
“係長”に相当する人も“担当”と呼んでいました。

そのJ15の課の中には3つの“担当”がありました。

それが、「動力性能担当」「排ガス・エバポ担当」「高速開発担当」です。

「動力性能担当」は最高速とか加速性能とかを研究・実験・開発する部署です。
「排ガス・エバポ担当」排ガス耐久やエバポ規制対応の研究・実験・開発する部署です。
 ※エバポ規制…車両全体から出る燃料蒸発や有機溶剤蒸発などの規制のこと
「高速開発担当」は名前からすれば高速で走る車を開発する部署となるでしょうが、
これがボクが配属されたヘンテコな部署でした。

 

最初に自分の机はここだよと案内され、
そこにはティッシュで作った紅白のペーパーフラワーと
落書きよろしく色々書き込まれた模造紙が貼ってあって、
この風習って今でもあるみたいですが、、、まぁそれはおいといて

机の近くに置いてあるゴミ箱を見渡していてビックリしました。
※当時はゴミの分別なんて概念はなく各自が自分用のゴミ箱を置いてました。

見覚えのある名前が書かれたゴミ箱があちこちに置いてあるんですよ。

 

ボクは大学時代にはいちおう自動車部に入っていたのですが
それほど熱心にモータースポーツにのめり込んでいたわけでもなかったです。
それでも関心がないわけでもなく「プレイドライブ」や「オートスポーツ」などの
モータースポーツ関連の雑誌はだいたい目を通していましたし、
入社前からスバルは好きだったので海外・国内問わずに
当時のレオーネやジャスティなどのモータースポーツでの活躍には注目してました。

サファリラリーに出場している人、国内ラリー選手権に出場している人、
国内ダートトライアルに出場している人などなど
それらの人の名前が汚い古ぼけたゴミ箱に手書きで書いてあるのです。

えっ、この人もあの人もまたあの人も富士重工の社員だったの?
しかも、この部署にいるの? ボクの隣の席にも?
ってな驚きを持ったのがこのヘンテコな部署での初体験だったのです。

ただ、実際にはその直前に他部署に異動した人のゴミ箱が
まだ置いたままになっていたものも含まれていたんですけどね。

それと、(他部署の)オジサンがニヤニヤ笑いながらボクに声掛けてきて
「おまえ、普通はこんなところに新人は入れねぇんだぞー。どうしたん。」
というわけですよ。
「どうしたん」って言われても自分で決めたわけでも希望したわけでもないしねぇ。

それでも、なんだか他の部署とは違った
とんでないところに来てしまった感はすぐ悟りましたよ。

 

そんな「高速開発担当」の“担当”さんは自らのことを「親分」と呼ばせてる人でした。
ちなみにボクはいつも「担当」と呼んでいて一度も「親分」と呼んだことはありません。
だから可愛がられなかったのでしょう(笑)

その「高速開発担当」の中はさらに3つのグループに分けられてました。

ひとつは「モータースポーツ・グループ」で、サファリラリーなどの
モータースポーツに実際に参戦したりサポートしたりするグループです。

ふたつめは「シビア耐久・グループ」で、「シビア耐久」という
風変りな意地悪試験などをするグループです。
普通の耐久試験では20km/hほどで走る大きな凸凹の試験路を
80km/hとかでバカみたいにぶっ飛ばしたり、
急ブレーキ踏んでタイヤロックしたまま凸凹に突入したり、
バック走行60km/hとかでその凸凹路を走ったりと
要するに普通の使い方では絶対ありえないような走り方をして
クルマをわざと壊すようなことをしているのが「シビア耐久」でした。
これはラリー車を開発するための試験ではなくて
あくまでも量産車の開発のための試験というのが変なところです。

三つめが「高速開発グループ」でボクはここに入ってました。
名目上はモータースポーツ車両などの速く走る性能を先行開発するでした。
グループリーダーのSさんと他部署から異動してきた先輩との3名でしたね。

ただ、グループに分けられていると言っても
中身はただ「親分」のひと言で全員が右向いたり左向いたりの組織で、
サファリラリーの準備が佳境に入れば全員がそこに駆り出されるし
順繰りにシビア耐久もやらされるという具合でした。

 

そして、配属になって最初に新人のボクに与えられた仕事(?)
それが、毎朝始業時間前に担当内全員の机の上を掃除して雑巾掛けをして
各自のゴミ箱のゴミを捨てておくことでした(呆)

今なら絶対にあり得ないことですね。
始業時間前ですからサービス残業させられていることにもなりますし。
当時としてもそんなことをやらせている部署はそこだけでしたね。

それと、その「親分」とかいう人が「おい、お茶!」というと
人一倍大きな専用湯呑に特別に用意されているお茶を入れて
その人の机まで持って行くんですね(呆)

当時もお茶くみ女子社員はどの部署にはいませんでしたが
それまがいのことを強要されるんですから堪ったもんじゃありません。
しかも重役さんとかじゃなくて単なる係長クラスの分際ですからね。
まぁ陰では重役クラスと通じていたとか操っていたと噂のある人でしたが。

ボクは「お茶」と言われたら1回は聞こえないふりをするか
「えっ、何ですか?」とわざと聞き返してました。
そして、数秒くらいその時読んでいた資料を読み続けたり
書いていた書類を書き続けたりしてささやかな抵抗の態度を示してましたね。
それでも結局は渋々お茶いれてました。
ボクがやらないと周りの先輩が慌ててひやひやしてましたし(笑)

 

というヘンテコな部署の本当にヘンテコな部分というか
裏のトンデモな部分はまた気が向いたら記事にしたいと思います。

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コメント

当時の運動部系(?)部署は、どこの会社もそんな感じなんですね。皆、始業前の机ふきやお茶くみは、一番若いもんの仕事でした(遠い目)。続きも楽しみに待っています。

投稿: よっさん | 2018-04-15 02:34

>よっさん

ボクは他の会社のことはほとんど知らないのですが
どこでも似たようなものだったんですかねぇ。

投稿: JET | 2018-04-15 05:45

新人の一年間は担当内の机の上を毎日拭きました.お茶くみはなかったですね.親分の茶碗は大きくて趣味が悪かった記憶があります.
おなじテストコース内の部署でしたが,北フロアは実験=ブルーカラー,南フロアは研究=ホワイトカラーという感じでした.

投稿: shiba | 2018-04-16 09:45

>shibaさん

北フロアと南フロアの雰囲気というか風土の違いは感じましたね。
群馬と三鷹の風土の違いほどではありませんでしたけど。

※他の読者の方へ:ボクが居たのは北フロアでした。

投稿: JET | 2018-04-16 10:05

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