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講談社現代新書「縄文の思想」を読みました

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講談社現代新書の「縄文の思想」 瀬川拓郎著 を読み終えました。
縄文時代の人々がどんな生活をしていたかは教科書などでは
さも定説が固まっているかのように書いてあったかと思いますが、
それとて最新の研究結果などからすると怪しいと言われ始めています。
ましてや縄文時代の人々の思想がどんなだったかについては
まだまだ色んな説があるようで、この本で書かれていることも
著者の研究の中から推定されたひとつの可能性の紹介となっています。

ただ、帯面に「縄文は、生きている!!!」と書かれているように
単に大昔の縄文人はかくかくしかじかの思想だったようだ、
ふーんそうなんですか、に終わるような内容ではありません。

大昔、日本には狩猟採取民族の縄文人が住んでいて、
その後農耕民族の弥生人が渡来してきて縄文人を駆逐して
弥生時代になってその後に古墳時代になった…
みたいなイメージでとらえている人が多くいるかもしれませんが。。。

確かに農耕文化は渡来人がもたらしたものでしょうけど
弥生人=渡来人ではなく縄文人が農耕文化を取り入れて
弥生人化していった、あるいはその過程で人口増加していったわけで、
一方で弥生時代でも古墳時代でも農耕文化を取り込まずに
縄文の文化・思想・生活を色濃く残し続けた人々もいるわけです。

同じようなことは最近の大規模な日本人・東洋人の
DNA研究の結果からも言われているようですし、
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以前に読んだこちらの本、ちくま新書「骨が語る日本人の歴史」片山一道著
の内容とも呼応しているように感じます。

そのような縄文文化が残る人々というのはアイヌであったり
南島の人々であったり海辺の昔は海民と呼ばれていた人であったりで
古墳時代では隼人とか蝦夷とか呼ばれた人々であったというわけです。

アイヌ語と似た言葉が南島や九州海岸とかにも方言や地名としてあったりで
実は縄文時代の日本人(日本各地に住んでいた人々)は
狩猟採集生活をしながらも海民として日本各地や大陸と
広範囲に交易しながらアイヌ語に近い言葉で交流していたというわけです。

そして、その思想としては例えば海辺の洞窟が他界への入口であり
山の頂とつながっていてその頂から再生される/天へ向かうとか、
その洞窟が男神であり山頂が女神であり、その両神が往復するとか、、、
それは縄文には海か山しかなく平野の概念がないからであり、
弥生時代の農耕民となると記紀にでてくる神話のように
その縄文の思想に平野が加わってねじ曲がったり逆転が生じたのだと。

上述のようなことが単なる著者の妄想・空想レベルではなく
様々な資料から多角的に検証されており説得力のある内容となっています。

 

この本、相当に面白かったですよ。
単に縄文の頃の人たちってこんな思想をもっていたんだぁ、
なんてレベルの話ではなく
日本の成り立ちを根底から考えるさせられるような
そんな壮大で深い示唆を含んだ本でした。

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