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歴史文化講座「群馬の古墳・第2回」を聴講

前回・6月に聴いてきた歴史文化講座「群馬の古墳時代」の
第2回目を前回と同じく赤堀公民館で聴講してきました。

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今回の講師は杉山秀宏氏です。
お題は「祭祀・石室・鉄製品からみた伊勢崎の古墳時代」となっています。

講師の方も冒頭に言い訳のような物言いで、
主催者側より伊勢崎の古墳についての話をしてほしいと言われたけど
実はあまり伊勢崎の古墳は知らないんですと言ってました。

伊勢崎の古墳とあまりに限定してしまうよりも
北関東の古墳時代というくらいにくくってみた方が
話が広がって面白かったのではないかと思います。

内容的には古墳・遺跡などからの出土品の紹介や解説、
石室や古墳の構築方法などの説明、
そしてこれまた出土品の鉄器(武具・農具・祭具)の紹介となってました。

個人的にはどうしてそのような特徴が見られるのか
その時代背景などまで考察が欲しかったのですが、
おそらくまだまだ定説などなく謎の部分が多くて解説まで至らないのでしょう。

群馬の鉄製品の普及は大和や九州・出雲など他地域より遅かったらしいですが、
それでも関東ではもっとも早かったとのことで、
しかも渡来系鉄製品が多く出土しているとのことでした。

では、その渡来系の人・物はどのルートで群馬にもたらされていたのですかね。
日本海から九州を反時計周りに回って四国・紀伊半島・伊豆を周って
東京湾から利根川を上ったとは思えません。
ボクは(佐渡)~新潟~信濃川~魚野川~谷川岳~利根川
ってなルートじゃないかと思ってます。

船でどうやって峠越えするんだと言われそうですが、

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この本「古代史の謎は『海路』で解ける」長野正孝著を読むと
意外にも古代では船は山を登るのが当たり前だったらしいので
あながちハズレてはないと思うのですよ。

だとすると、どうして関東地区で群馬が古代に栄えたのか
そんなことも見えてくる気がするんですけどねぇ。

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