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SUBARU 100周年 星団遥かなりの第二夜

A170331_3 最終日2017-3-31に撮影の群馬製作所本工場の正門と新西本館

昨日の日記に引き続き、昨夜も群馬テレビを観ましたよ。

「SUBARU 100周年記念特別番組 星団遥かなり」の第二夜。

それではその感想です。

「第二夜」は(初代)レガシィ以降のスバル車が中心となっています。
ちょうどボクが入社したころから今までと重なります。

(初代)レガシィでの10万km世界速度記録挑戦なども
取り上げられていて、一瞬ボクも映ってました。
と言ってもヘルメット被って運転している時なので
本人以外は絶対に分からないでしょうね(笑)

で、「第一夜」で感じたスバルの価値の掘り下げ不足については
やはり少々物足りない感じでした。
地元群馬・栃木の関連部品メーカーを取り上げる時間が多く
なんだか頑張れ群馬、頑張れ北関東みたいな
地場産業紹介番組みたいになってしまっていました。

まぁ群馬テレビなので仕方ないのでしょうかね。
この内容だとスバルファン以外の全国の視聴者に
向けて放送するのは難しいかなぁと思いますね。

全体的な内容としては社内から見ていた事実とほぼ相違はなかったと思います。
赤字連発となった原因も適正に触れているし、
負い目のある人員整理にも触れているところは
正直な内容になっていたかと思います。
さすがに○Rや贈賄事件はスルーでしたけど(-_-;)

ちょっと違うかなぁと感じたところは、
某部品メーカーの社長さんがリーマンショックの時に
5代目レガシィが大きくなって売れて助かったみたいな話をされたんですが、
リーマンショックは2008年9月からで5代目レガシィは2009年5月からなので
ちょっと時間差があるんですよね。

本当のところとしてリーマンショックの時にスバルを救ったのは
3代目のフォレスターだったわけです。
リーマンショックをものともせずに売れましたから。
ちなみにボクはリーマンショック後にこの3代目フォレスターの
BMC(ビッグマイナーチェンジ)開発に携わっただけなので、
自慢話にはなりませんけどね。

もっとも、4代目レガシィは日本国内ではCOTY受賞など評価されましたが、
スバルが袋小路に入ってしまった時代を代表する車種であったわけで、
それが5代目レガシィになって室内空間を広くして
海外市場でよく売れるようになったいう意味では
先の某部品メーカーの社長さんの発言は間違いではありませんね。

それにしてもなんとなくもやもやっとし内容で
終わっちゃったというのがこの番組の全体の感想です。
もう少し掘り下げた部分や将来の展望を感じさせて欲しかったなぁ。

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