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富士重工時代に取材を受けたサンバーの記事

昨日の記事とのつながりというか、その前のこととして

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スバルテクニカインターナショナルに出向する前の
富士重工(現・スバル)時代として最後に雑誌などのメディアにボクが登場したのは
おそらくこのモーターファン・イラストレーテッド誌(Vol.114)が最後となったでしょう。

モーターファン・イラストレーテッド誌には4WD特集(かなり昔)で取材を受け、
FR嫌いなのになぜか後輪駆動(FR)特集でも取材を受け、
そして今度は軽トラでの取材です。

富士重工製サンバーが題材ですから今度はRRとも言えます。
実はボクはFFが一番好きなんですが、
残念なことにFF特集には縁がなかったですねぇ(笑)

雑誌発売からずいぶん経っているので営業妨害にもならないでしょうから
記事内容を少し多めに引用して紹介しておきましょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
以下引用です。

スバル・サンバー(旧型)

2012年に惜しまれつつ生産終了した直4・RRサンバー
今なお復活を求める声も大きい、唯我独尊のメカニズムと走行性能は
どのようにして形成されたのか。
驚天動地、抱腹絶倒のインタビューを特別編としてお届けする。
TEXT:沢村慎太郎(Sintarow SAWAMURA) PHOTO:富士重工業/MFi

 

「牛を載せたって言うんです。牛って……いったい何kgあるのか訊いたら500~600kg
だという。足一本あたり百数十kgだと、そりゃ凹むんですけど」
 

ある日、凹まないように荷台床の板厚を上げろという電話がスバル商品企画本部で
サンバーを担当していた宮 芳隆さんのところにユーザーから掛かってきた。理由を
訊ねたところ、そういう話だったのだ。
 

これまでの当連載で、軽トラック開発において過積載への備えは大前提であることを
記してきた。どのメーカーのどの開発担当者氏も、3倍積-法律上である最大積載量
350kgの3倍-は実験しますよと当たり前のようにおっしゃるのである。宮さんとともに
取材対応して下さった車両研究実験総務部(総括部ですよ)の桐生浩行主査も「我々
だと耐久性も操縦安定性も1tまでは視ますね」とサラリとおっしゃる。ちなみにハブや
駆動系など一発強度が要求される箇所ではさらにそれに安全率を掛けて視ていくそうだ。
法律がどうだろうと、軽トラックはそういう現実の中で買ってもらわなければならない商品
なのだ。アクティの場合はホンダの二輪販売店が納車でナナハン級のバイクを載せる。
サンバーの場合はそれが牛だったというわけだ。だからそこには今さら驚かない。それは
普通ではないと驚いたのは、チーフエンジニアのデスクにそういうナマのコンプラインの
電話が掛かってくることだった。さすがにそれは特別であり特殊である。
 

そもそも、今回のサンバー編が特別である。スバル・サンバーの車名で販売されている
車輛は2012年からダイハツ・ハイゼットのOEMとなった。つまり富士重工自身が開発
していたサンバーの歴史はそのときに終わりを告げている。現行の軽トラック取材は、
本当ならば、キャリィ、ハイゼット、アクティと続けてきた3回で終了なのだ。
 

にもかかわらず、過去の仕事であるサンバーの開発陣への取材を富士重工業広報部
に無理を承知でお願いしたのは、サンバーそのものが特別だったからだ。軽トラック
全車種がひとつ前の世代にあったころ、雑誌の企画でその全モデルの比較試乗を
行なった。しかも自動車インプレの聖地たる箱根ターンパイクで。
そのとき先代サンバーは図抜けていた。操安が音振が運転環境がどうとかの端的な
話ではない。サンバーは、何と言うか、機械として別の次元にいたのだ。なぜサンバー
だけがそういう軽トラックだったのか、その理由を探すことが今日の取材の最大の
テーマだった。

(中略)

しかし、そういう個々の事象よりも、開発スタンスそのものからしてサンバーは違って
いたのだ。それが取材でしみじみ理解できた。

何よりも驚いたのは桐生さんのこの台詞である。
「サンバーで他車との比較をしたことはないです」
 

3回の連載で裏書きされたように軽トラックは独特の市場である。基本的にはそれは
イメージだので売る軽佻浮薄な雰囲気商品ではなく、あくまで果たす機能で買われて
いく実用機械だ。軽の枠の中で荷台寸法も固定化していて空間レイアウトの改革は
不可能で、またコスト制約も厳しい。その中で、既存モデルがそれぞれに保守的な
ユーザーから成る商圏を核として押さえていて、新規参入はあり得ない。となれば
競合車を精査して、ほんの少しでも優位点を積み上げようとする地道な開発作業に
なるはずであり、実際にこれまでの3車の開発陣もそういう開発譚を聞かせてくれた。
だがサンバーだけは違っていたのである。宮さんは言う。
 

「販売現場からは廉く売り込んでくる他社の話も上がってきます。でも我々は、
そういうクルマはどう考えても作れないもんなぁ、と」

(中略)

RRだとスタビリティ・マージンがFRに比べて少なくなるだろうと実験担当の桐生さんに
突っ込んでみた。先代TT1系サンバーは、基準車TC仕様の車検証記載値だと
前410kg:後360kgで、実は前軸荷重のほうが多く、これは重心が軸距中心よりも
前にあることを意味する。だが重心とZ軸周りのヨー慣性モーメントは別個の物理概念
であり、お尻に重いエンジンがあればヨー慣性モーメントは増える。実際に先代サンバー
は、前荷重を意識しないと操舵の効きが甘く、また一気に強いヨー運動を起動させる
振り子のように後ろが外に出たがるというRRに特有の現象が観られた。操舵ギヤ比も
FR勢に比べて遅くそれていて、その点に充分に注意した仕立てであることが分かった。
だが桐生さんは「テストコースで振り回せばスタビリティ・マージンの件は確かにそうかも
しれませんが」と、RRサンバーの操安性の確かさに不動の自信を有して、こちらの疑念
を意に介さずに受け流すのである。

(中略)

実は、その赤帽がサンバーを理解するカギのひとつだった。事情を明かしてくれる宮
さんの台詞に、軽トラックという自動車の使われかたの現実を想い出しておく必要が
ある。これまでの取材で、農繁期などで年に一度か二度は件の強烈な過積載をされ
るが、残りの日々は日常のアシとして短距離だけ乗られることがほとんどであり、
平均的に走行距離が車輛寿命の10年ほどに対して計1万kmに達しないことを
聞かされてきた。
 

「そういう街乗りの軽トラックという市場が出来あがってきた。ダイハツさんやスズキ
さんと、サンバーがそこで競っても勝てなくなってきたとき、赤帽さんという新しいお
客さんに出遭ったんです」

(中略)

赤帽の要望とは、上記した軽トラックの使用状況とは極北の対照だ。宮さんが開発
をしていたころリサーチした話は壮絶である。
「一関から東京まで往復するお客さんがいらっしゃった。スーパーチャージャー仕様
をアクセル踏みっぱなし120km/hで走るんです。赤帽さんの年間の走行得距離
を伺うと15~20kmだともいう」

(中略)

かつて富士重工が作っていたサンバーという軽トラック。それは、ちょっと他とは
違う特別な軽トラックだった。なぜならサンバーはサンバーのことしか考えていな
かったからだ。それはスーパーカーまでが市場における競合車との相対性な立ち
位置をチマチマと精査しながら作られる味気ない現代において、奇跡の自動車
だった。群馬県太田市スバル町の群馬製作所本工場に出かけてお話を伺って
達したそれが結論である。そしてサンバーがハイゼットOEMとなった今、そうやって
作られていたころのサンバーを所望する人々は多く、走行距離1万km以下の先代
サンバーは中古市場で新車時と同じ値段を堅持している。それは恐らく必要に迫ら
れてのことであって、たぶん懐かしさからではない。言い添えれば、この原稿を起こ
すときには敢えて修正したが、宮さん桐生さんとも、富士重工製サンバー開発の話
は、過去形ではなく現在形の動詞を使っていた。おふたりにとってサンバー開発は
懐かしい昔話ではなかった。
 

2年前に日本の名車がひとつ静かに地上から姿を消した。ライトサイジングだ尿素
SCRだホットスタンプだと舶来の新技術が人の目を奪わんと居並ぶ本誌だから
こそ、皆さんにそれを知っておいてほしいと思う。

(引用終わり)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

まぁ、富士重工製サンバーは他の軽トラメーカーと違って
現在進行形で開発・製造されているわけではありませんから、
ある意味で言いたい放題言えるわけでして(笑)
なのでボクも部分的にはちょいと盛って喋ったのですが、
そうは言ってもウソはつけませんからここに書かれているのは真実ですよ。

ただ、これを読むとコスト度外視でやりたい放題という印象にも繫がりかねませんが、
実際にはボクがサンバーの操縦安定性・乗り心地を担当していたときには
徹底的にVA(Value Analysis:性能を落とすことなくコストダウンするの意)を
やりましたよ。金掛けて性能出すなんて誰でも出来ることですからね(笑)

また、他車比較なんてやらないとなってますがそれはトラックだけのことで、
サンバーにはサンバー・ディアスという軽乗用ワンボックスもあり、
そちらはプロユース向けではないですから当然のことながら
他メーカーとの商品力比較なんかもちゃんとやって開発してましたよ。

それに、ワンボックスの方が横風安定性とか耐ロールオーバーだとか
難しい課題が多いので、開発で苦労した想い出が多いのはこちらですね。
もっと言えば、サンバーをベースに7名乗りにしたドミンゴが一番苦労話が多いです。
なんせヨーロッパにも輸出してアウトバーンも全開で走られるんですからね。
まっ全開といっても130km/hくらいしか出ませんが…

それはともかく、記事の最期の一節はとってもグッときますなぁ。
ライターさんも凄くいい仕事してますね。

 

P.S. 
 取材場所は「群馬製作所本工場」じゃなくて
 「矢島工場」のビジターセンターでしたけどね(笑)

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コメント

SUBARUで一番難しいクルマはサンバーであり,サンバーの操縦安定性・乗心地が出来て初めて一人前と先輩に教えて頂きました.
550cc 4気筒サンバーディアスをレムニスケート曲線で90°ロールさせたことを思い出しました.

投稿: shiba | 2017-04-20 08:19

>shibaさん

ボクも北海道で90゜ロールさせちゃいましたorz

ミドリさんだったらもっと抱腹絶倒の話ができたかもしれませんね。

投稿: JET | 2017-04-20 08:52

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